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第10話 ばれた覗き見*

脇役同士の交接場面があります。


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 仕事で独り立ちした後のある日、ペトラはリネン室で乾いた洗濯物を収納していて誰かが入って来たのに気付いた。入って来たのは、若い男女2人で1人は良い身なりをしており、もう1人は侍女のお仕着せを着ていた。


「新しく入って来た下女はどうだ? 任務に向きそうか?」

「物覚えが良くてすばしっこいので、向いているとは思います。でも容姿がちょっと目立ちますので、隠密行動には向かないかもしれません」


 声がエレナのもので、しかも話題が自分の事だと分かり、好奇心に駆られたペトラは物陰に隠れて息を潜んで続きを聞いた。


「そうか。使えるかどうか、まだ様子を見よう。ところで、あいつの様子はどうだ?」

「はい、もう少しで旦那様の……」


 男はエレナに全部言わせずにいきなり口づけた。同時にスカートの中の太腿を撫で、手を上に動かしていった。普段少女のように無垢な笑顔をするエレナが打って変わり、頬を染めて呆けた表情で愛撫に喜んでいる。ペトラはその様子から目が離せなくなった。


「もうビチャビチャだ。無垢な振りをしている癖に淫乱だな」

「ああ……若旦那様……」


 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。男が壁に向かって後ろ向きになったエレナと身体をぴったり重ねて動き始めると、彼女は思わず嬌声を漏らした。


「声を抑えろ」


 男はエレナを振り向かせ、再び口付けて彼女の口を塞いだ。


 男が一瞬ペトラの方を向き、ペトラは目が合ったような気がしてビクッとした。だが男は次の瞬間、既に視線を背けていた。男女の事を全く知らないペトラには刺激が強く、また目が合ったらどうしようとは思ったものの、興味津々で目を離せなくなった。


 彼はその後、数回動いて小さく呻いた後、エレナから身体を離した。どろりとした液体が壁を伝って床に落ちていき、ペトラの嗅いだことのない妙な匂いがリネン室に広まっていった。


 男は綺麗に洗って畳んである布巾をすぐ横の棚から取り、体液で汚れた局部を拭った。ペトラはせっかく洗ったのにと一瞬声をあげそうになったが、すんでの所で耐えた。


「ああ、若旦那様……」


 エレナは情事が終わってしまい、未練がましそうだった。


「あの……噂を聞いたのですが……婚約されるって本当ですか?」

「ああ。私ももう22歳だからね」

「そうですか……では私とはもう……?」

「私も次期伯爵、王太子殿下の側近として身分に合う女性を娶らなくてはならないのだよ。分かってくれ、私も辛いんだ。でも君がよければ、結婚後もこの関係を続けよう」

「そんな……私に愛人になれっていうんですか?! 若旦那様に全てを捧げてきたのに……」

「私は国と王太子殿下に全てを捧げているよ。でも君の事は大事に思っているし、頼りにしている。ただ、結婚はできないというだけだ。これからも私の力になってくれるよね?」

「か、考えさせて下さい……」


 エレナは消沈してリネン室から去って行った。


「……のめり込ませ過ぎたな。本当は結婚なんてまだまだしないんだが、どうしたものかな」


 エレナが去った後、男が何かつぶやいていたが、ペトラには聞こえなかった。だがその後すぐに突然はっきりした声で話しかけられ、ペトラは仰天した。


「そこに隠れているんだろう? 出てきなさい」


 仕方なく、おずおずとペトラは男の前に出た。目の前で見ると、ペトラにはなぜか男に既視感があったが、彼をどこで見たことがあるのか思い出せなかった。男はブルネットの髪で鼻筋の通った美丈夫だが、薄暗い部屋の中でも灰色の瞳が酷薄に光っていてペトラは恐ろしく感じた。


「人の情事を覗き見するなんて、中々いい趣味しているね」

「私が先にここに来ていたのに、貴方達が後から来て勝手に盛ったんでしょう?」

「強気なのも中々いい」

「何言ってるんですか?」

「訓練を受けた訳でもないのに、結構うまく気配を消してたよ。褒めてやろう。でもエレナは誤魔化せても私は誤魔化されない」

「私に気付いていたのにあんな事を続けたんですか? 訳が分かりません」

「分からなくていいよ。明日から下女の仕事はしなくていい。エレナについて侍女の仕事と読み書きを覚えるように。ああ、それからこの布巾を片付けて壁も拭いておいてくれ」


 男は床に落ちている布巾と体液で汚れた壁を指さし、言いたい事だけを言ってリネン室を去って行った。


 ペトラは仕方なく新しい清潔な布巾を棚から取って壁を拭き始めたが、染みも匂いも取れなかった。それどころかその辺りの壁に古い染みをいくつも見つけてしまってそれが何なのか想像できて寒気がした。その後、ペトラは顔をしかめて鼻をつまみながら、臭い布巾を渋々拾い上げ、リネン室を出て行った。


 翌日からペトラはエレナの下で侍女見習いを始め、夕方はエレナから読み書きを習った。だが、親切だったエレナの態度は徐々にとげとげしいものに変わっていった。しかも突然侍女見習いに格上げされたペトラにかつての下女仲間達も嫉妬して陰険ないじめを仕掛けてきた。


「どうして貴女が若旦那様に目をかけられるのよ!」

「若旦那様ってあの男性ですか?」

「貴女、仕えているご主人様のご家族の事も知らないの? 全くなぜこんな子を気にされるのかしら……忌々しい」

「そんな事を言われても……」


 辛く当たられる日々を送る中、やっと分かってきたのがあの男性がマンダーシャイド伯爵嫡男アントンだということだった。

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