ペトラは、アントンの父マンダーシャイド伯爵のタウンハウスで下女として雇われた。連れてこられた時、まだ子供じゃないかと雇用を渋られたのだが、3歳サバを読んで成人済みの15歳と言い張った。ペトラは、元々自分の誕生日もよく覚えていないから、満更嘘ではないと思っている。職業斡旋所経営者のアレックスが直々に連れてきたため、何とか雇ってもらえた。
ただ、ペトラは自分がルイトポルトにほんのちょっぴり近づいたとは気が付いていなかった。下働きの者が主人家族を見かけることはほぼなく、アントンが貧困街に来た時は変装していたこともあって、ペトラは自分の仕える主人の息子アントンがヤンと呼ばれた少年――実はルイトポルト――にあの時付き添っていたとは露とも思っていなかった。
ペトラがマンダーシャイド邸に到着した当日は仕事の説明と住み込みの部屋の入居だけで終わり、労働を免除されたが、翌日からはそうはいかなかった。ペトラは貧困街にいた時に掃除はおろか、洗濯もほとんどしたことがなかったので、当初失敗ばかりして先輩達を驚かせたばかりでなく、苛つかせた。
「あんた、昨日入った……名前何だっけ?」
「ペトラです」
「じゃあ、これ洗っといて」
「え?!」
先輩下女に洗濯籠を押し付けられ、ペトラは呆然とした。昨日、洗濯場を案内はされたが、どういう風に洗えばよいか聞いていない。もっとも庶民だったら子供の頃から家事をやっているので、ペトラぐらいの年齢でも洗濯はできるはずなので、先輩下女が特別不親切という訳でもない。ペトラが貧民街出身だと言えば、洗濯の仕方を教えてくれたかもしれないが、差別が怖くてペトラは打ち明けたくなかった。
ペトラがなんとか洗濯を終えて洗濯物を干した後、洗濯を押し付けた先輩下女がやって来た。
「何だよ、これ! べちゃべちゃじゃないか。もっと絞らなきゃ乾かないだろう? で、こっちはアイロンかける物だよ。乾かす前にアイロンかけなきゃ皴になっちまうじゃないか!」
そこに突然、下女とは違うお仕着せを着た若い女性がやって来て2人に声をかけた。
「後は私が教えておきますよ」
「うわあ、びっくりした! エレナさんですか。突然声をかけないで下さいよ、寿命が縮まる思いをしましたよ」
「すみません。でも後は私に任せて下さい」
「でもこれは下女の仕事で……」
「新しい使用人の教育も若旦那様に任されているんです。それが侍女でなくて下女でも同じことです」
「そうですか。そこまで言うなら……じゃあ、頼みますね」
その女性は下女とは違うお仕着せを着ており、エレナと名乗った。小さな鼻とそばかすがかわいい少女のような容貌に反して、女のペトラでもつい目を向けてしまう程、お仕着せの胸がパツンパツンに張り出していた。ペトラはその時知らなかったが、彼女が着ていたのは侍女のお仕着せだった。エレナは本来、侍女の仕事でない下女の仕事もペトラに親切に教えてくれて数日後には飲み込みの早いペトラは仕事を1人前にできるようになった。