余所から来た少年ヤンにクッキーをもらった日、ペトラはいつもの寝場所に戻って来なかった。ペトラの兄貴分のヨルクは貧民街中を探し回ったが、ペトラは見つからなかった。ペトラに最後に会った時、彼女は占い師のおばあの所へ行くと言っていたから、本当なら最初におばあに聞くべきだったのだが、ヨルクは彼女と因縁があり、避けていた。でももうそんなことを言っていられない。ヨルクはおばあの掘っ立て小屋に向かった。
ヨルクは掘っ立て小屋の前に着くと、建付けの悪い木の扉を乱暴に叩いた。
「おい、婆さん、いるんだろ?」
何度かバンバン扉を叩くと、軋んだ音をたてて扉が開いた。
「そんなに乱暴に叩かなくたって聞こえるよ」
「そうかよ。てっきり耄碌して聞こえてないかと思ってた」
「そんな悪態つきに来ただけだったら、もう帰りな」
おばあは機嫌を悪くして扉を閉めようとした。老婆にしては予想外に力強く、ヨルクは押し出されそうになったが、すんでの所で足を隙間に入れて扉を閉めさせなかった。
「そんな馬鹿力で押さないでくれよ。ボロ扉なんだから壊れちまう」
「そんなことより、ペトラをどこにやった?」
「扉が壊れるのは死活問題なんだけどねぇ……」
「ペトラをどこにやった?!」
目を三角にして怒鳴るヨルクの剣幕におばあはため息をついて『やれやれ』ともう1度口を開いた。
「あの子をずっとこんな所に押し込んでいていいと思っているのかい?」
「答えになってない!」
「入りな。軒先でこれ以上口論したら目立つ」
ヨルクは渋々掘っ立て小屋の中に入った。
「あの子は賢い子だよ。亡くなった母親にもあの子の将来を頼まれていた。もうここから羽ばたかせてあげてもいいんじゃないかい?」
「だからってアンタ達の活動に巻き込むのは止めろ!」
「巻き込んでいないよ。今はね。とりあえずアレックスに奉公先を紹介してもらった。彼女が私達の活動に共感すれば活動に参加するだろうし、共感しなければ普通の使用人として働く。彼女の選択次第だよ」
「アレックス? あの親父だってアンタ達の仲間じゃないか。そんなの詭弁だ!」
「あんたもここを出て働きに出るかい?」
「誰が! アンタ達の手先にされるのは真っ平だ!」
「だからそれはあんた次第。私達は強制しないよ。とにかくペトラはここに戻るつもりはないようだよ」
「くそっ!」
「あんたがここを出るつもりがあるなら、3日後、ここに来な。だけど、あんたがペトラと同じ屋敷に勤められるかどうかは保証できないのは承知しておいてくれよ」
「だったら意味がないじゃないか!」
「意味はあるさ。チャンスがあるだけあんたは幸運なんだよ。さあさあ、もう帰りな。これから占いの仕事に出掛けるんだ」
おばあは問答無用にヨルクを掘っ立て小屋から追い出した。
3日後、ヨルクは迷いつつも結局おばあの所に来た。だがアレックスに連れられて向かった貴族の屋敷にはペトラはいなかった。