ルイトポルト達が貧民街を去ってから、お菓子をもらった少女ペトラと同じような格好をした薄汚れた子供達が通りに現れ、ペトラが大切そうに胸に抱くクッキーの包みに手を伸ばした。
「これはあげないよ!」
「ケチ!」
「何とでも言え! やらないものはやらない!」
ペトラはクッキーの包みを抱えたまま、通りを走って逃げた。しばらくして栄養状態の悪い子供達は、足の速い彼女を追いかけるのを止めたようだった。ペトラは、誰もついてきていないのを確認して走る速度を緩めて歩き出した。
「ペトラ! これやるよ。食べな」
「今日はいい物もらったんだ。兄さんにもあげる」
フェルトのように固まった焦げ茶色の髪に鳶色の目をした浅黒い顔の男の子がペトラに近づき、硬くなったパンを差し出した。ペトラはクッキーの包みを開けて彼に三分の一を渡した。
ペトラは十代半ばから後半ぐらいの彼を『兄さん』と呼ぶが、実際には2人に血縁関係はない。ペトラの母が数年前に亡くなった後、食べ物を調達できなくてフラフラだった時に彼がペトラに食べ物を分けてくれた。貧民街は弱肉強食で他人同士が食べ物を分け合う事は滅多にない。それどころか奪い合いだ。なのに彼はペトラに食べ物を分けてくれて野宿しても比較的安全な場所も教えてくれた。それ以来、ペトラは彼を兄のように慕っている。
「これ、随分高級そうなクッキーだね。どうしたの?」
「兄さんと同じぐらいかちょっと年下の男の子にもらったんだ。ここで見たことない人だったよ」
「ふーん。こんな高級そうなクッキーを惜しげもなくくれるのは、もしかして意識が高いお貴族様だったのかもね」
「『意識が高い』?」
「ああ、俺らを哀れがって救おうとする人達のことだよ」
「『あわれ』?」
「うん、かわいそうって思われてるってこと」
「それは頭にくるけど、救うってここから出してくれるってことでしょ? なら何を思われても構わないよ」
「駄目だよ! アイツらと関わり合わない方がいい!」
「どうしたの、兄さん? なんでそんなに怒るの?」
「あ……ごめん。怒ってないよ。ちょっとお貴族様にはいい思い出がないから興奮しちゃっただけ」
ペトラはクッキーをくれた少年の正体をどうやったら知ることができるのか、義兄に聞こうと思っていたが彼の興奮具合を見て諦めた。その代わり、貧民街で『おばあ』と呼ばれていて何でもよく知っている占い婆さんの所へ行ってみようと思いついた。
「おばあの所へ行ってくる!」
「……俺は行かない。いつもの寝場所で待ってるよ」
ペトラの亡き母は、占い師のおばあと親しくしていた。おばあは、義兄ヨルクのように積極的にペトラを助けてくれる訳ではないが、ここぞと言う時に助かるアドバイスをくれる。だがヨルクはおばあを嫌っていて滅多におばあの所へ一緒に来ることはない。
おばあの占いはよく当たると評判で、貧民街の人達も占ってもらうが、彼らは料金を払えないので占いの対価として食料や衣類などの物品をおばあに献上している。だからおばあの占いの稼ぎはほとんど貧民街の外から来ている。彼女は王都のそこかしこで神出鬼没なので、おばあに占ってもらえること自体が幸運だと王都民には噂されている。
ペトラは、おばあの住んでいる貧民街の端の方に向かった。しばらく歩いて隙間だらけの今にも倒れそうな掘っ立て小屋の前に着くと、何も言わずに入っていく。するとすぐに仕切り代わりのボロ布の向こうからしゃがれた声が飛んできた。