7歳のルイトポルトが婚約者としてパトリツィアと初めて対面した時、ツェーリンゲン公爵令嬢パトリツィアは生まれてまだ数ヶ月の赤ん坊だった。きょうだいのいないルイトポルトは、赤ん坊に興味津々で目の前のゆりかごの中を覗いた。
パトリツィアの父である宰相ベネディクトは、ルイトポルトに話しかけた。
「この子が殿下の婚約者パトリツィアです。かわいがってやって下さい」
「『こんやくしゃ』?」
「国王陛下と王妃陛下のように将来結婚する約束をした男女の事です」
父王アルフレッドと母の王妃マレーネはお互いに愛人を持っていて公式の場で夫婦として取り繕っているだけであり、息子に無関心で理想の両親とは程遠い。結婚したらそんな両親のようになるのかとルイトポルトは子供ながらに思い、急速に目の前の赤ん坊への興味を失った。ベネディクトはそれに気付いたのか、ルイトポルトの目を再びゆりかごの中へ向けさせようとした。
「殿下、パトリツィアの手を見て下さい。こんなに小さくてかわいいでしょう?」
ルイトポルトが渋々もう一度パトリツィアを見ると、パトリツィアはキャキャキャと笑い、何かを求めるかのように両手を上に上げた。その瞳はガラス玉のように澄んでいて青空のようだ。
「抱っこをせがんでいるんです。抱っこしてみますか?」
「え?! い、いいよ。落としちゃうかもしれないから怖い」
「大丈夫ですよ。乳母が抱き方を教えてくれます――ナディーン、パトリツィアを抱き上げてくれ」
ベネディクトの妻エリザベートは産後の肥立ちが未だによくなっておらず、ベネディクトはこの場に妻を伴っていなかった。その代わりという訳ではないが、乳母ナディーンを連れてきており、同じ部屋の壁際に控えてさせていた。
ナディーンに抱き上げられたパトリツィアは、ルイトポルトの方に手を伸ばした。ルイトポルトも思わず手を差し出すと、小さな紅葉のような手がルイトポルトの指を掴んだ。その時初めて、この小さくて弱い存在を守らなくてはいけないとルイトポルトは思った。それ以来、ルイトポルトの心はパトリツィアに囚われたのだ。
ルイトポルトは両親から愛情を得られず、一人っ子ゆえにきょうだいもなく親しい友達もその立場では簡単に作れずに孤独であったから、しょっちゅう王宮にルイトポルトを訪ねてくるパトリツィアが大切な存在になるのは自明の理だった。年齢差もあったから、ルイトポルトはさながら妹を溺愛する兄のようになった。