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第54話 100年の恋も冷めた

今回は、皆様の熱烈な要望により(誰もしてないけど……爆)、アントニアが去った後の辺境伯家が久しぶりに舞台となります。ざまぁ好きじゃないのを公言してますけど、今回はちょっと(?)ざまぁ回です。


ちなみに高齢出産と2人目以降の不妊について否定的な言及があります。作者の考えではなく、あくまでも作中の設定です。それと言動と行動の両面で少々(?)乱暴&汚い(お漏らし)シーンもあります。架空の設定でも受け付けられないと思われる場合は、ブラウザバックを推奨いたします。


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 アントニアとの離婚後すぐに、アルブレヒトはジルケと子作りを再開したが、3人目の子供は離婚から4年経ってもできなかった。その上、爵位返上せずにジルケと再婚するためには彼女を貴族の養女にしなければならないのに、それも叶わず再婚できていない。しかもルドヴィカはいつまで経っても継母アントニアを慕って実母ジルケに懐かず、6歳上の実姉フランチスカとも打ち解けなかった。そんな問題が山積みで、アルブレヒトとジルケの仲は次第に悪化していった。


 それに輪をかけてアルブレヒトとジルケの仲に打撃を与えたのが、後継ぎ問題だった。シュタインベルク国王ヴィルヘルム4世は以前、辺境伯家の後継ぎ問題に大した関心もなさそうだったのに、一転して王命を出して一門会議で推薦する後継ぎを一門から迎えることになった。


 それを聞いたジルケは、アルブレヒトの執務室に怒鳴り込んだ。ジルケにはちょうどよいことに――アルブレヒトには不幸なことに――いつもアルブレヒトの傍にいる側近のペーターは使いに出ていて留守だった。


「ちょっと! アルブレヒト! どういうこと?! なんで赤の他人を後継ぎにするのよ!」

「おい、ノックぐらいしろ!」


 アルブレヒトは眉間に皺を寄せた。若かりし頃、行儀作法に縛られず自由奔放なジルケに惹かれたものだったが、仲が険悪になりつつある今となっては、自由奔放というよりも、自分勝手で横暴、粗野にしか見えなくなってきた。


「そんなこと、どうだっていいでしょ?! それより後継ぎのことよ!」

「よくない! 俺は辺境伯だ。来客中に不躾に執務室に侵入されたら、恥をかく!」

「『不躾に侵入』?! 何言ってるのよ! 緊急時にはそんなこと言ってられないわよ」

「ノックしなくてもいいほどの緊急事態じゃない」

「十分緊急事態よ! 赤の他人が後継ぎになるのよ!」

「赤の他人じゃない。一門の遠縁の少年だ。王命なんだ、仕方ないだろう。君が息子を産めなかったんだから」


『君が産めなかった』という言葉を聞いてジルケはアルブレヒトをキッと睨んだ。涙が溢れそうになったが、非情な事を言う長年の内縁の夫に悔しくてそんな表情を見せたくなく、ぐっとこらえた。


「若い間に頑張っていれば、できたかもしれないのに! あんたが意気地なしで結婚できなくて子作り禁止されたからじゃないの! どうしてくれるの?! 私、もう40歳になっちゃったわよ!」

「そ、それは……すまない。でも仕方ないよ。諦めよう。その少年は養子になる。だから彼を息子と思ってかわいがろう」

「何が『かわいがろう』よ! 赤の他人の子なんてかわいくも何ともないわよ!」


 ジルケは激昂してアルブレヒトに詰め寄り、彼の襟をぐいっと前に引っ張った。アルブレヒトが止めてもジルケは更に襟を引っ張るので、シャツの1番上のボタンがはじけ飛んだ。それを見た途端、アルブレヒトの理性もはじけ飛び、ジルケを平手打ちして突き飛ばした。怒りのあまり、力の加減をしなかったので、ジルケは床にたたきつけられ、悲鳴をあげた。


 ジルケは、しばらく床の上に横たわって顔を下に向けたまま、肩を細かく震えさせていた。やがてゆっくりと顔を上げ、アルブレヒトを大声で詰った。


「……ヒヒヒヒ……フフフフフフ……ハハハハハハ! よくもやったわね! この暴力男!」


 顔を上げたジルケの頬には赤い痕がくっきりついていた。ジルケは髪を振り乱し、涙と鼻水が顎まで垂れて目が据わったまま、アルブレヒトを睨んだ。その異様な様相にアルブレヒトは思わず怯んだ。


「あ……わ、悪い……そ、そんなつもりはなかったんだ……」

「じゃあ、どんなつもり? お詫びにフランチスカをその少年の婚約者にしなさい!」

「そ、それは……」

「じゃなきゃ、アントニアを妊娠させなかった意味がないでしょっ!!」

「な、な、な、何?! そんなのは王命違反じゃ……ひいっ! や、止めろっ!」

「ルドヴィカの出自を偽装しておいて今更、何言ってるの!」


 ジルケは電光石火の勢いで机の上のペーパーナイフを取って机に突き刺した。それは微かにアルブレヒトの指を掠り、傷口からつうっと血が滲みでてきた。その恐怖でアルブレヒトは知らず知らずのうちに椅子の上で股間を濡らしていた。


「フン、情けない男ね。そのぐらいでちびって。辺境伯の名前が廃るわ!」

「……あ、あ、あ……こ、これは、違う!」

「いいわよ、言い訳なんかしなくて。100年の恋も覚めるってこういう事を言うのね。でも私は出ていかないわよ。私は死ぬまで貴方の『愛妾』よ。もうしょんべん垂れ親父なんかと寝るつもりは毛頭ないけどね」

「しょ、しょ……?! このくそババア、言うに事欠いて何言うんだ!」


 アルブレヒトが激高してジルケを罵ると、ペーパーナイフが再び彼の指を掠ってドスッと音がし、股間の染みがじわじわと広がった。


「撤回しなさい! しょんべん垂れクソ親父!」

「ひいいっ、わ、分かった、す、すまないっ」


 アルブレヒトは、情けないことに鬼気迫る剣幕のジルケにすっかり怖気づいてしまい、最早彼女に罵り返せなかった。


 ジルケのアルブレヒトへの愛はここの所、大分すり減っていて今日の事で消え去った。だが、それとここを出て行くかどうかは別問題だ。ジルケは、売春しか金を稼ぐ術を知らない。でも身体を売る商売は大分ご無沙汰しているし、40歳になったジルケは昔のように身体を売って稼げる自信がなかった。


 ジルケはペーパーナイフを机の上から抜いてもう一度机にぶっ刺した。ペーパーナイフは、アルブレヒトの別の指を掠ってまた傷を増やし、アルブレヒトの股間の濡れは尻の下の椅子のクッションにまで染み出てきた。


「……ひいいっ、止めてくれぇー!」

「あら、まだ全部出しきってなかったのね。臭いわよ」

「こ、これは、ただの水だ!」

「いい加減、認めなさいよ。大の大人がちびったって」


 ダン!と大きな音を立ててペーパーナイフがまた机に刺さった。アルブレヒトは涙と鼻水を首まで垂らし、シャツの襟まで濡れた。


「は、はい!ち、ちびりました……すみません……」

「ハハハハハハ! 何なの、これ! 20年前は美青年だったのが、今はしょんべん垂れ親父! 笑えるわね!」


 ジルケは机に刺さったペーパーナイフを握ったまま、アルブレヒトを威嚇した。


「さっきの返事は?! フランチスカを後継ぎの婚約者にしなさいよ! じゃなきゃ、あんたの指、切り落とすわよ!」

「ひいいっ、や、止めてくれっ! ぜ、善処する。でも……婚約者は俺の一存では決められない……」

「それをやるのが当主でしょ! この役立たず! いいわね! やらなきゃ、あんたの指は次の日、減ってるわよ! それともそのしょんべん垂らすだけの役立たずのモノを切り落としてやろうか?」

「ひいいっ、や、止めてくれっ! こ、婚約、さ、させるからっ!」


 ジルケは机の上にもう一度ペーパーナイフを思いっきりぶっ刺して執務室の扉を乱暴に開けて出て行った。アルブレヒトはその姿を見送って大きな長い溜息を吐き、クッションが濡れた椅子の上を滑り落ちた。


 その後、アルブレヒトはジルケの寝室と繋がる夫婦の寝室と自分の寝室を放棄し、遠く離れた客間で寝起きするようになった。


 ジルケとの約束通り、アルブレヒトはフランチスカをその後継ぎの少年と婚約させようとした。だがフランチスカは庶子の扱いで正式には平民のため、爵位継承者の少年の婚約者にはできなかった。そのため、フランチスカを一門の貴族の養女にしてもらおうとしても、素行の悪い彼女を養女にする家はなかった。


 仕方なく、アルブレヒトはルドヴィカを少年の婚約者として推薦しようとしたが、ルドヴィカとうまくいっていないジルケは反対し、ルドヴィカも成人後すぐに辺境伯家を出るつもりで婚約を了承しなかった。



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