レアとカフェで話してから数日後、ラルフは妻ゾフィーのぎこちない態度を心配しながらも王都郊外に移った実家へ向かった。
実家に着いたラルフの顔を見た途端、母カタリナは欲しい物をねだった。
「ラルフ、いらっしゃい。今日は頼んでたジュエリーを持ってきてくれたの?」
「そんな訳ないでしょ。ゴットフリートがこの家の
「ゴットフリートはケチ過ぎて1シーズンに2着しか買ってくれないの! しかもレベルが落ちる仕立て屋のドレスよ! 私はコーブルク公爵令嬢だったのよ。息子の貴方も次期コーブルク公爵なのよ! こんなみすぼらしいドレスとアクセサリーじゃ社交に励めないわよ!」
「何十年前の公爵令嬢ね。誰も母上に社交を期待してないから大丈夫。それより兄上に話があるからもう行くね」
「ちょっと! ラルフ! この親不孝者!」
「子不孝って言葉はないのかなぁ……」
激昂した母カタリナが背後でギャーギャー喚いている中、ラルフは聞かない振りをして独り言で愚痴を言いながらゴットフリートの部屋へ向かった。
「兄上、ちょっと話したいんだけど時間ある?」
「ああ、あるよ。何?」
「アントニアが去年離婚して今は聖グィネヴィア修道院にいるって知ってる?」
「あ……あ……そ、そうなの?!」
ゴットフリートはアントニアの名前が出た途端、ラルフから視線を外して挙動不審になった。
「兄上は彼女と結婚する気ある? もしあるなら俺
「け、け、結婚?! ア、アントニアと?! でも彼女とは……もう10年も前にうちの没落で縁は切れたんだ。彼女の両親が俺と再婚するなんて許さないだろう?」
「彼女は修道院にいるから、再婚に両親の許しはいらないだろう?」
「そんな訳にはいかないよ。それに俺はもう結婚はいいよ」
「結婚っていいものだよ。俺は伯父上の持ってきた縁談に最初はびっくりしたけど、今じゃ結婚して幸せだよ。兄上も自分の幸せを考えてもいいんじゃないかな? 父上と母上のことなら、俺も協力するから」
「いや、こんな家に嫁に来てもらう女性がかわいそうだから、俺は結婚する気ない。お前は自分の家庭のことだけを考えて。子供も生まれたし、公爵家の仕事で忙しいだろう? 今までお前に頼り切りだったんだ。これからはせめて自分だけで家の仕事と両親の事は対応するよ」
「こんな家っていうけど、兄上だって王宮で働いているし、父上と母上が無駄遣いさえしなければ、そう酷いとは思わないけどな」
「後継ぎの心配をしてるのか? それなら養子を考えるよ。お前に2人目が生まれて子供自身が将来この家を継いでもいいって言うなら、そうしてくれてもいいし」
「アントニアとの結婚は後継ぎの問題で勧めているんじゃないんだ。彼女は辺境伯家に娘さんを置いていかなければならなかったそうなんだけどね、2人目以降が望めないって診断が出て離婚したそうだ。だから純粋に兄上がアントニアをまだ好きなら、結婚を考えてみたらどうかなって」
「ア、アントニアを、す、好き?!」
「うん、相思相愛だったじゃないか。彼女だって今でも兄上の事、絶対に辺境伯よりは好きなはずだよ」
「そ、そんな訳ないよ。俺が彼女と婚約してたのは大分前のことだし、こんな家に来てもらう訳には……」
「アントニアにとっても兄上と結婚するのはそう悪い話じゃないと思うけどな。娘さんを引き取るのは多分、辺境伯が許さないと思うけど、修道院にいるよりは兄上と結婚してこの家にいる方が娘さんと交流できるだろう?」
「そうかな……でも俺は正直、家の立て直しとお前の結婚生活のほうが大事だよ。俺の結婚の事は考えなくていいからね」
結局ラルフは兄を説得できなかった。
ラルフは帰宅途中、兄が挙動不審になった時の様子を思い出し、アントニアに手紙を出すことを決意した。