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第32話 レアのお節介

 ラルフとレアは、貴族街の商業地区にあるレストランを出て近くのカフェへ向かった。路上でラルフは一瞬、どこからか視線を感じたが、振り返った時には何も見当たらなかった。


「ラルフ、どうしたの?」

「いや、何でもない。それよりこのカフェでいいかな?」

「ええ。ここにしましょう」


 レアはカフェに入ってすぐに個室が空いているか尋ねた。ラルフはレアを止めようとしたが、レアにアントニアのことだからと言われ、個室の利用を渋々了解した。本来なら、夫婦や家族、婚約者でもない異性が2人きりでカフェの個室を利用するのは好ましくないのだが、レア達は他の客に聞かれたくない内容を話したいので仕方ない。


 2人が案内されたカフェの個室には、テーブルを挟んで壁側にソファ、入り口側に2脚の椅子が置いてあり、一応4人座れるようになっているが、実際に4人で利用すれば少々狭苦しい広さだ。個室の家具や天井、壁の腰板は全て白色に塗られ、壁紙は桃色で花柄が入っている。入口側の壁の扉の左右には窓がついており、そこから室外の光が入ってくる。でも窓にはレースのカーテンが下がっているし、窓は壁の上の方にしかないので、個室は灯りを点けなくては薄暗く、廊下を通る人間には個室の中は見えない。


 レアはキョロキョロと中を見渡し、ラルフの妻ゾフィーに対して罪悪感を覚えた。ラルフには事前に今日の相談のことを伝えていないから、万一ラルフがゾフィーに誤解を受けるようなことがあったら申し訳ないと思った。だがレアは、自分の夫にはこの相談のことを事前に伝えてあり、彼は親切心でお節介を焼いてしまう妻を心配しながらも理解して応援してくれる。


「なんだかデート仕様の個室みたい。私なんかと使うことになってごめんね」

「仕方ないよ。どこから噂が広がるか分からないから」

「そうよね。アントニアにあれ以上、傷ついてほしくないもの。彼女が去年離婚したのは知ってるわよね?」

「ああ。辺境伯には愛人がいてそっちにも子供がいるんだよね? 離婚してかえってよかったのかも」

「でも娘さんを置いて出て行かなきゃいけなかったのよ」

「そうか……今は実家にいるの?」

「実家には帰れなかったのよ。聖グィネヴィア修道院にいるわ。しばらく前から文通してるの」


 レアは、夫の親戚が辺境伯家に勤めているので、アントニアの離婚の経緯を知った。アントニアが2人目以降の子供を望めないので離縁したいと辺境伯アルブレヒトが国王ヴィルヘルム4世と教会に願い出て許され、1年前に離婚して聖グィネヴィア修道院にいるという。


「ねえ、ゴットフリートは今でもアントニアのことを想ってる?」

「うーん……兄上は何も言わないからなぁ……あの歳まで結婚していないのも俺と同じで家の事情だったと思う」

「アントニアにゴットフリートと再婚を考えられないかって聞いてみたの。そしたら自分は初婚のゴットフリートに相応しくないからそんな事は考えられないって返事が来たわ。でも『相応しくないから』ってことは、相応しいんだったら再婚したいってことよね?」

「ええ?! そうかな? ちょっと飛躍しすぎじゃない?」

「あの子は大人しいから遠慮してるんだと思う。だから前夫にもあんな目にあわされたのよ」


 レアが親戚から聞いたアルブレヒトのアントニアへの仕打ちを語ると、ラルフはアントニアに同情した。


「ねえ、ゴットフリートの気持ちを聞いてくれない? もし彼がその気なら、私達が2人の仲を取り持ちましょうよ」


 レアはテーブルの上に乗り出してやる気満々でラルフに話を持ち掛けた。ラルフは彼女のあまりの勢いに戸惑ってしまった。


「え、まぁ、兄にその気があるのならやぶさかではないけど……どうしてそこまでするの?」

「ゴットフリートが寄宿学校に入った後、私、ちょっとアントニアに……ツンツンしてたわよね……もうちょっと仲良くできたらよかったって今でも後悔してるの」

「ああ、アントニアが俺と話すと君が焼きもち焼いてたこと?」

「ちょ、ちょっと! 黒歴史なんだから、はっきり言わないで! 今は旦那様命なんだから!」

「い゛、痛っ!」


 レアにバシンと肩を叩かれ、ラルフは叫んだ。


「とにかくゴットフリートの気持ちを確かめてね」

「わかったよ」


 ラルフがゴットフリートにアントニアと縁を結ぶ気があるかどうか聞くことになり、2人はカフェを出て解散した。

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