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第31話 元婚約者同士

 アントニアが離婚してから1年ほど経った頃、コーブルク公爵家一門の次期当主が集まる毎年恒例の昼食会が、その年も貴族街のレストランで開催された。そこにはゴットフリートの弟でコーブルク小公爵ラルフや、夫の代理で出席したラルフの元婚約者レアの姿もあった。


 ラルフは、伯父コーブルク公爵の養子となって亡き従兄ルドルフの元婚約者ゾフィーと結婚、数か月前に長男ミハエルが生まれたばかりだ。


 レアは、家が没落したラルフと婚約を破棄した後、コーブルク公爵家一門の伯爵家の後継ぎと結婚し、2人の子供の母親となった。だが2年前から夫が病に臥せっていて後継ぎのする仕事を彼女が代行しており、夫の病が中々治らないのは悲しいものの、仕事にはやりがいを感じている。


 男尊女卑の伝統が強く残るシュタインベルク王国では、貴族は元より、平民でも富裕層の人々も女性が仕事をする事に否定的だ。レアの実家の両親もそういう考えだが、夫や義両親はレアのやる気に理解があり、レアが次期当主の会合に出席するよう勧めてくれる。レアは、会合の保守的な雰囲気に接したり、実家の両親が出しゃばり過ぎではないかとレアに苦言を呈したりする度に結婚後の家族に恵まれたと感謝している。


 その日の会合でも出席した女性はレア1人だった。レアは前回も出席したが、ラルフ以外の他家の後継ぎとも積極的に情報交換をしようとしても、話が広がらず、距離を感じた。仕事とはいえ、よその奥方とあまり親しく話をするのは不謹慎だと思われているのではとラルフは言う。夫の開明的な考えに慣れてしまっているレアは、その保守的な考えに驚いた。


 ラルフは多分気を遣って言わなかったのだろうが、女だてらに意見を出すことが生意気だと思われているようにもレアは感じた。会合中にレアが発言すると何かにつけて義父や夫の意見はどうなのかと聞かれたからだ。義両親と夫はレアに全幅の信頼を寄せているし、レアはその場で判断できないことは家に持ち帰って彼らに相談することにしている。だから彼女の言うことは、彼女の家の意見とみなしてもいいのに周囲の男性はそう見ない。


 その日の会合もまた同じような展開で終わりそうでレアは徒労感を抑えきれなかった。また義父や夫の意見を問われた時に、レアが代行として出席している以上、彼女の言葉が家の意見だとラルフが庇ってくれてそれだけが唯一の救いだった。


 会合が終わると、それぞれ親しい仲の者同士しばらく話をしてから帰宅の途につくが、レアはラルフ以外と話す相手がなく、前回は別れの挨拶をしてすぐに帰宅した。だが、この日はラルフに頼みたいことがあり、気もそぞろですぐに帰りそうなラルフに話しかけた。


「ラルフ、息子さんの様子はどう? かわいい盛りでしょう?」

「ああ、ありがとう。本当にかわいいよ」


 結婚から月足らずで生まれたラルフの息子ミハエルが亡きルドルフの忘れ形見かもしれないとか、反対にラルフが結婚前に妻ゾフィーに手を出したのかもしれないとか、レアは両方の噂を聞いたことがある。でも真面目なラルフが結婚前にゾフィーと関係を持ったとは思えない。かと言って貞節が重要視される貴族令嬢のゾフィーが、侍女と心中した生前のルドルフと子供の出来るような事をしていたとも思えない。でもレアにとってそれは重要ではないし、元婚約者で今は友人のラルフを傷つける気はないので、噂を知っているというのをおくびにも出すつもりはない。


「ちょっと相談があるの。この後、時間ある?」

「ここじゃ話せない?」


 ラルフは、まだ会場に残っている会合参加者の好奇心に満ちた視線を感じて居心地が悪く、場所を変えての元婚約者との内緒話に少し罪悪感を覚えた。


「ええ。ちょっとアントニアのことで。話が長くなりそうだし、彼女のプライベートなことだから」


 レアが声をひそめてラルフにそう伝えると、ラルフは納得し、近くのカフェへ移動することにした。



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