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第22話 愛人と継子の嫉妬

 アントニアがペーターと侍女の密会を見てしまった翌日、自室から出ようとすると護衛騎士を引き連れたジルケが現れた。


「あんたは当分、アルの閨に呼ばれないわよ。って言うか、二度と呼ばせないわ。辺境伯家の後継ぎを産むのは私よ!」

「そうですか。私は粛々と王命に従うのみです」


 冷静なアントニアにジルケはますます苛立った。


 アントニアが本邸に戻ってから1週間ほど経つが、アルブレヒトとの次の閨がいつなのか侍医から聞いていない。それどころか当分ないと聞いてアントニアはむしろほっとした。


「あんたはんだから、屋敷の中でもフラフラ出歩いてもらっちゃ困るの」

「私はこの通り、健康ですけど」

「侍医の診断書まで王家に提出してあるのよ。意味、分かるわね?」


 アントニアの産後の肥立ちが悪いという偽の診断書を侍医に書かせ、閨の義務を果たせないとアルブレヒトは王家に報告した。だが診断書の捏造と偽造妊娠がばれたら辺境伯家に罰は免れないだろう。世事に疎いアントニアはそう思った。でも実際には、この年、第一王子マクシミリアンの廃嫡、国王フリードリヒの退位と第二王子ヴィルヘルムの即位が重なり、王家にとって前王フリードリヒが命令した辺境伯の結婚がうまくいくかどうかなど、さして重要ではなくなっていた。


 そんなこととは露ほども知らないアントニアをジルケは部屋に押し込み、戻って行った。アントニアの部屋の前にはジルケが連れてきた護衛騎士がいてアントニアが部屋から出ようとすると押しとどめた。


 それ以降、見張りがアントニアの部屋の前から途切れることはなく、アントニアは1年近く屋敷の中から一切出してもらえなかった。自室から出る際は見張りがぴったり背後に付いてきて、ルドヴィカの部屋以外の所に行こうとすると、行く手を阻まれた。一度、夜に人目を忍んでペーターがやって来て外出させてあげると言われたが、アントニアは断り、ペーターはその後二度と来なかった。


 そんなアントニアの唯一の楽しみは、ルドヴィカと会うことと、乳母を通じて誰かが手配してくれる小説を読むことだった。


 いつものようにアントニアが自室でルドヴィカを抱いてあやしていると、部屋の前で騎士と誰かが言い争っているのが聞こえた。


「うるさい! 私はこの家のお嬢様なのにあんたは私の命令きけないの?!」


 ノックもせずに乱暴に扉を開けて入って来たのは、アルブレヒトとジルケの長女フランチスカだった。まだ6歳で本当なら愛らしいはずの顔は憎しみで歪んでいた。


「あんたがママからパパを盗んだの?」


 そう言い終わるか終わらないかのうちにフランチスカは、ソファに座るアントニアに近づいて顔を叩こうとした。でも後少しのところでフランチスカの手は届かず、アントニアの膝の上で抱かれているルドヴィカの身体に当たり、ルドヴィカは火が点いたように泣き始めた。


「止めて、危ないわ! この子は貴女の妹なのよ!」

「うるさい! そんな悪い子、私の妹じゃない!」

「悪い子なんかじゃないわ」

「悪い子よ! ニナが言ってた! あんたがママからパパを盗んでこの赤ん坊ができたって! 悪いことしてできた子は悪い子だって!」


 ニナというのはフランチスカの乳母で、かつてジルケと同じ娼館で働いていた。惚れこんだ客の子供を妊娠したら、その客がぱったりと来なくなり、働けなくなって困っていたところ、ジルケに乳母として雇ってもらった。フランチスカが乳離れした後も、ジルケのとりなしでフランチスカの専属侍女として辺境伯家に勤め続けられた。そうでなければ幼い子供を抱えて夫も実家の後ろ盾もないニナはどう生活できたのかわからず、ジルケに多大な恩を感じて心酔している。


 ニナにはもちろんルドヴィカの出生の秘密を知らされていないので、彼女はルドヴィカをアントニアの実娘だと思い込んでいる。ニナは、我儘いっぱいのフランチスカの唯一の理解者という立場を得て偏見たっぷりの偏った見方をフランチスカに吹き込んでいる。アントニアと滅多に会う機会はないものの、彼女への対応が唯一改善していない使用人である。だが彼女なしにはフランチスカの癇癪が酷くなるので、黙認されている。


 アントニアは部屋の前にいる騎士にフランチスカを引き取ってくれるように乳母から伝えてもらった。


「お嬢様、行きましょう」

「やだ! この女とガキにもっと文句言うの!」

「さあ、ニナが待ってますよ」

「やだ! 離せぇー!」


 騎士に抱きかかえられたフランチスカは暴れまくり、振り回した腕と脚が騎士の頭や身体に当たった。だが庶子であっても当主の娘であるフランチスカに騎士が手荒なことをできるはずもなく、殴られたり蹴られたりするまま、フランチスカを運んでいった。

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