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第11話 幸せな頃の象徴

 アントニアはいつまでも寝台に座らないペーターを不思議に感じ、思い当たる節を片っ端から弁明していった。


「あ、あのっ、寝具は侍女達を拝み倒して変えてもらいましたから、汚くないです!そ、それともちょっと低いですけど、ローテーブルに座りますか?多分ペーターさんが座っても壊れないかと……ちゃ、ちゃんと拭いてありますよ!あっ、でも、ちょっと待って下さいね。テーブルの上を片付けます!」


 ペーターが目をやると、古びたテーブルの上にピンク色のガラスペンと色あせたピンク色のレターセットが置いてあった。アントニアは彼の目線に気付き、言い訳じみた事を口にした。


「ああ、これ、昔いただいた物で……実家に置いておいたら、多分捨てられてしまうと思って持って来たんです。未練がましいかもしれませんが……」

「未練って……もしかして元婚約者からのプレゼントですか?」

「ええ、あ、でもレターセットの方は彼の弟からです。あ、あの……閣下には内緒にしていていただけますか?あの、夫以外の男性を慕うとか、そんな大それた事はありませんけど、閣下に知られたら捨てられてしまうかもしれませんので……」

「……そこまでして守る甲斐のある物ですか?」

「え?!」


 ペーターが低い声で意外な事を言ってきたので、アントニアは驚いた。


「お言葉ですけど、その元婚約者の方はアントニア様がこんな状況でも助けられるような甲斐性のある方ではありませんよね?」

「な、何を言いたいのですか?! これは私の幸せだった子供時代を象徴する物なんです!私の思い出を侮辱しないで下さい!ゴットフリート様はもう私の婚約者でも何でもないのですから、助けていただかなくてはならない義理もありません! ……それに! 『助ける』って何ですか?!まるで私が不幸だとでも言うような……そんな言い方……!」

「……アントニア様、申し訳ありません。言い過ぎました。出過ぎた真似をお許し下さい」


 ペーターは確かに初夜の儀でアントニアに優しくしてくれたし、敵ばかりの婚家で唯一アントニアの味方になってくれているから、彼女は彼に少し気を許し始めていた。それでも思い出のに土足で踏み入れるような真似はしてほしくなかった。それに同情されるような惨めな状況にあるのは自分でも分かっていたものの、改めて他人に言われるともっと惨めな気がするので、誰にもその事に触れてほしくなかった。


 ペーターは内心、自分こそがアントニアを救う白馬の騎士だと己惚れている。だが自分の驕りにはまだ気付いておらず、普段穏やかなアントニアに怒鳴られて驚き、輿入れからたった2ヶ月で得られた彼女の信頼がこんな事でぐらつきそうなのを悔しく思うばかりだった。それと同時に今でも何もせずともアントニアにそこまで慕われている元婚約者ゴットフリートに無性に腹が立った。


「いえ、分かっていただけたならいいんです。テーブルに座りますか?」

「いえ、テーブルを壊すといけませんから、寝台に座らせていただきますね」


 そう言って寝台に座ったペーターは、アントニアから少し離れた所に腰掛けたが、本当は押し倒したい気持ちを抑えるのに必死だった。


 やっと本題を切り出したペーターから、泊りがけで遠方の孤児院に慰問に行けると聞いてアントニアは喜んだ。でも自分の顔を外に知らせたくないアルブレヒトがよく許したものだと不思議に思った。


「あそこは泊りがけでないと行けないような遠方で忘れられていた所なんです。これからも旦那様が慰問に行くことはないでしょう。それで大変申し訳ありませんが……アントニア様は旦那様の親戚の女性という立場で訪問していただくことになります」


「……そうなの……仕方ないわね。外出できるだけでもうれしいわ。でも誰が私に付いて来てくれるのかしら?馬車を自分で動かせる訳でもないから流石に1人では行けないわ」


「私がお供いたします。私が御者も護衛もいたします」

「貴方が? 侍女は誰を付けてもらえるのかしら?」

「申し訳ございません。侍女は連れていけません」

「えっ?! 貴方と2人きり?!」

「申し訳ありませんが、アントニア様と私は夫婦という設定で訪問することになります」

「でも……夫婦でもない男女が2人だけで泊りがけだなんて……」

「大丈夫です。旦那様も私を信頼してくださってます。は何もいたしません。ご安心下さい」


 アントニアは『いいのかしら』と何度も繰り返したが、彼女の不安はペーターに押し切られ、2人で慰問へ出掛けることに決定した。

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