ジルケは使用人に気さくに振舞い、物を気前よくあげることから、彼らに慕われている。どうせ自分の懐は痛まないのだ。一門が敵だらけなら、別の所で味方を作る。使用人と一門の貴族では残念ながら力の差は歴然としているが、利用できることもあるかもしれない。その最大の機会がアルブレヒトの結婚だった。
アルブレヒトは緘口令を敷いてジルケに結婚相手の詳細が耳に入らないようにしていた。でも普段の関係がモノを言う。『旦那様の結婚相手が気になって……』と言ってオヨヨと涙を見せれば、お人好しな使用人はペラペラと口を開いた。なんとか似姿まで入手させてアントニアとかいう結婚相手の容貌をジルケは見た。アルブレヒトの結婚相手は地味な栗色の髪と瞳を持つ痩せっぽちな女性で、これと言って取り柄のない外見をしており、ジルケはあっけにとられた。容色だけで言えば負ける気はしない。アントニアの勝つ所は伯爵令嬢という地位とジルケより8歳下の20歳という若さだけだ。
それでもジルケは実物を見たくてアルブレヒトに結婚式に参列したいと頼んだ。
「……どうしてそんなものを見たいんだ? 俺は愛する君に別の女と結婚する所など見せたくないよ」
「だったらどうして結婚するの?! 私という恋人も子供もいるのに!」
「済まない、本当に不本意なんだ。信じてくれ。陛下の命令で仕方なく……臣下として断る術はなかった……」
「せめて貴方の正妻がどんな
「止めてくれ。お願いだ。陛下の名代も来るんだ」
「保身で私の出席を拒否するのね」
「違うよ、俺が他の女と結婚する姿を見せたくないんだ」
「そう……分かったわ」
「分かってくれたならよかったよ。愛してるよ……」
そう言ってアルブレヒトはジルケにキスをして押し倒した。いつものように優しく愛撫してくれてジルケが達するまで身体を繋げない。その優しさは嬉しいけれど、もうすぐ他の女と分かち合わなければならないのかと思うと辛く、抱かれている間も快楽に没頭できず頭は冴えていた。
翌日、ジルケは一番仲良くしている侍女を泣き落として侍女のお仕着せを入手した。
結婚式当日、その侍女はジルケの侍女姿を見て仰天した。
「ジルケ様、髪型とお化粧が……その、ちょっとだけですけど……侍女にしては派手かもしれません」
「えっ?!そうなの?地味にしたのに……」
「でももうこのまま行きましょう。時間がありません」
「え、大丈夫かしら?」
「大丈夫でしょう。どうせ侍女は注目の的にはなりませんから」
だが侍女達の中にジルケがいるのを護衛騎士達が気が付かないはずはなかった。皆、一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに知らぬふりをしてくれた。
教会に父親と入場してきたアントニアは、辛気臭い地味な顔をしてブカブカなウェディングドレスを着ており、ジルケには彼女がますます悲惨に見えた。アルブレヒトが彼女を思いやる様子も見受けられず、ジルケは留飲を下げられたが、それでも誓いのキスのセレモニーはある。ジルケは教会入口近くから新郎新婦を凝視した。アルブレヒトが寸止めして新婦にキスをしなかったのを見てジルケはほっとした。その一方でキスぐらいでこんなに心が乱されるなんて自分も焼きが回ったと自嘲した。
アントニアがアルブレヒトにエスコートされてジルケの目の前を通り過ぎた時、ジルケは彼女が憎くて仕方なく、つい凝視してしまった。そんなに見たらバレるとか、そういうことは頭からすっかり抜け落ちていた。アルブレヒトはジルケがいることに驚き、慌ててこっちを見るなと目で合図してきた。でもジルケには、アントニアがあんな地味な女の癖に堂々として見えた。なのにジルケが目を逸らしたら、女の戦いに負けたような気がしてアントニアの顔から視線を離せなかった。
結婚式の後、ジルケは着替えて招待客の振りをして宴に出席した。アルブレヒトや一門の人達も彼女に気付いたが、王の名代の前で騒ぎを起こす訳にいかず、知らない振りをしてくれた。
ジルケは新郎新婦から離れた席に座り、2人を観察した。2人が結婚式の正装で並んで座っているのを見るのは胸が痛かったが、アントニアがろくに気を遣われていないことに気付いてまた留飲を下げた。アルブレヒトはアントニアに話しかけもせず、招待客達も挨拶以外の会話を彼女としないので、彼女は退屈しているように見えた。
宴もたけなわの折、アルブレヒトが退出するのを見てジルケは急いで後を追い、人影のない廊下で彼に話しかけた。
「アルブレヒト!」
「ジルケ、済まない……今晩だけは君の所へ行けない……」
「どうして? 彼女を愛する訳じゃないんでしょう? それなら抱く必要はないわよね?」
アルブレヒトは今になっても結婚の条件を誤魔化そうとしていた。ジルケはそのことに苛ついて、アルブレヒトに初夜遂行の義務があると知っててわざと煽ってみた。
「……いや……その……王の名代が……今夜、
「つまり、彼女を抱かなきゃいけないのね」
「済まない……」
「ねえ、その前に私を抱いて」
「駄目だよ。時間がない。それに君を抱いた後にあの鶏ガラを抱ける気がしないよ」
「だからよ」
「できなかったら、陛下に俺が不能だって伝えられて、もしかしたら赤の他人を後継者に指名させられるかもしれないんだぞ?」
「大丈夫よ。私は貴方を信じてるわ」
訳のわからない理屈なのにアルブレヒトはジルケに抱き着かれてキスされて、すっかりその気になってしまった。
「閣下……」
いつも影のように付いている侍従のペーターが咎めるようにアルブレヒトを呼んだ。アルブレヒトはよい夢を途中でぶった切られたかのように感じて眉間に皺を寄せた。
「おい、無粋だぞ」
「閣下もお分かりでしょう。時間がありません」
「すぐに戻る。お前はあいつの侍女達の所へ行って準備の時間を引き延ばすように言っておけ。その後、宴に戻って陛下の名代を引き留めておくんだぞ」
ペーターはもう何も異論を挟まず、『承知しました』とだけ言ってアルブレヒト達の側から離れていった。アルブレヒトはそれを見届け、ジルケの腰を抱いて自分の寝室へ向かった。