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第5話 ジルケの幸運と受難

 アルブレヒトの愛人ジルケは、辺境伯領内の辺鄙な村の貧しい家で生まれ育った。村一番の美少女だったことは利点ではあったが、彼女に不幸も呼んだ。金遣いの荒いろくでなしの両親は、美しい娘が金になると踏み、たった13歳で領都の娼館に売った。器量よしのジルケは領都でも一番の高級娼館に売られた。そのことは後の出会いを考えると、不幸中の幸いと言ってよかったのかもしれない。


 ジルケは、成人になる15歳まで客を取らなくていい代わりに、娼館の主人は元より、娼婦のお姐様方にもこき使われた。しばらくすると要領がよくなって別の下働きの少女達にうまく仕事を押し付けることができるようになった。もちろん彼女達には嫌われたが、そんな立場の弱い者達に嫌われたところで痛くも痒くもない。上の立場の人達の機嫌を取った方がずっとよい。彼女は要領よく表と裏の顔を変えた。


 15歳で店に出るようになってから1年ほどで運命を変える転機が訪れた。いかにも遊び慣れていない世間知らずのお坊ちゃまが来館したのだ。ジルケは天性の感で彼がただのお金持ちのお坊ちゃまではなく、高位貴族の令息であろうと嗅ぎ取った。彼にちょっと身の上話をして同情を引いて健気でかわいそうな少女を演じ、彼を慕う振りをした。後は指名されて身体の関係を持てば簡単にいった。


 ジルケと彼の仲は徐々に深まり、やがて彼は辺境伯嫡男のアルブレヒトと身の上を明かした。そして彼が娼館に行けない日でも、ジルケが他の客を取らなくて済むように毎日その分の料金まで払うようになった。そうなるとすぐに辺境伯の知る所になり、別れるように圧力をかけられたが、アルブレヒトはどこからか金を調達してジルケを水揚げしてくれた。アルブレヒト22歳、ジルケ18歳の時だった。


 貴賤結婚すると、この国の決まりでアルブレヒトは爵位を継げなくなってしまうので、彼女をどこかの貴族家の養女にしようと彼は頑張った。でも両親と一門に強硬に反対されて結婚は暗礁に乗り上げ、彼女はアルブレヒトと結婚しないまま水揚げから10年も経ってしまった。


 最初は馬鹿なお坊ちゃまを利用して娼館を脱出してちょっと贅沢させてもらうだけとジルケは割り切ったつもりだった。でも親に弱くて少し頼りなくても、自分と結婚するために頑張ってくれて一途に愛してくれる彼と別れがたくなってしまっていた。


 6年前にアルブレヒトの父親の先代辺境伯が亡くなり、後を追うように母親も死んだ。これで結婚話が進展すると思って子供まで作ったのに、結局彼は一門の反対を撤回させることができず、それどころかジルケの王子様は王命で別の女と結婚してしまう。


 ジルケはこの10年はいったい何だったのかと腹立たしい。いくら娼婦上がりでも10年前なら、まだ若くて子持ちでもなく、貴族の妻は無理でも金持ちの男と結婚できただろう。今やアルブレヒトの愛人を10年もしていることは有名な上に子供までいて、いくらまだ美しいともてはやされても容色はこれから衰える一方だ。


 アルブレヒトは結婚してもジルケとの関係は変わらないし、と言って暗に本妻を抱かないかのように匂わせる。でもジルケは、彼が内緒にしている結婚の条件を知っている。王命には本妻との子作りも入っている。ジルケはまだ女の子しか生んでいないのにアルブレヒトと2人目以降の子を持つことを禁止されてしまったことも既に知っている。アルブレヒトが結婚すると聞いてから嫉妬と焦燥でどうにかなりそうだった。

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