セルタスはギルドの屋根裏部屋で目覚めた。
明かりとりの窓から落ちる日の光と影をみると、既に正午を回っている。
コナの姿はなく、シマハの店の手伝いにでた様子だった。朝食の用意がしてあるが、いまはとても腹に何か入れようという気にはならない。
水差しを取ろうと身じろぎすると、体の上からずるりと毛布が落ちた。
硝子のコップに澄んだ水を注いで飲み干し、頭の奥に居座る鈍痛を堪えながら昨晩何があったのか少しずつ思い出そうとする。
確か、昨日はアトゥたちと打ち合わせがてらギルドの酒場で飲んだはずだ。途中でメルと合流し、河岸を変えてみみずく亭に行った。
そこでも杯を重ね、看板をしまった後も顔なじみが残って飲んでいた。
ひとつ、思い出せるのは……。
鈍痛の向こうに、赤い布がちらつく。
そうそれは、確かルビノが出してきた装備のひとつだった。
不思議な衣服で、上着ではあるのだが袖がない。赤と朱色の刺繍が差してあり、金属の釦は使われておらず、左右の袷を腰の帯で閉じるようになっていた。
炎の精霊の加護がこめられていて、精霊術師でなくとも、触れるとぬくもりを感じる逸品だ。
それはメルメル師匠がどこかの遺跡から見つけ出してきたもので、確かに珍しい品ではあるものの、いらないから弟子に押し付けたのは明白だ。
ルビノが「袖が無いから寒いし、虫に刺されるから今一つ使いどころがない」と言う。その感想ももっともなものだが、メルはむっとした表情を浮かべた。
「そこがいいんじゃないか、格闘士が着る服に袖なんていらない。あってもろくなことにならない」
とかなんとか、ムチャクチャなことを言い出した。
それで、ルビノとあと二言三言やりあったあと、いきなりルビノの両袖を掴んだ。そしてそのまま懐にもぐりこんで、肩越しに思いっきり投げ飛ばしてしまったのだ。
ほんの一瞬のことだった。
誰もがよっぱらっていたので、本気ではなかったと思う。しかし誰も止めなかったし、止めようがなかった。
起き上がったとき、ルビノの目は明らかに怒っていた。
それで「袖がないのに、襟があるのは意味がわからない」というようなことを言って、後ろからメルに組み付くと右手で襟を取り、絞め技をかけはじめた。
傍からみると、ひどくくだらない争いだった。
あれから、どうなっただろう?
二人はちゃんと仲直りしたんだっけ?
セルタスはぼんやりと、光の中を埃がキラキラ輝きながら落ちていくのを見つめていた。
そのうちに段々と全てのことがどうでもよくなり、青年魔術師は毛布の中に再びもぐりこんでしまった。