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第87話 錬金工房



 移動の間じゅうずっと目隠しをされたヴィテスは、品物を入れた包みをぎゅっと胸に抱えて体を強張らせていた。

 ようやく目隠しを外されて一息吐く間もなく、射手の瞳はその視界に突然現われた巨大な装置に目を奪われた。

 形状は大砲に似ている。ただし、弾をこめる機構はない。巨大さは言うまでもなく、全ての部品が恐ろしく精巧にできている。


「よく来たな、ヴィテス……そこで待っていてくれ」


 背丈の三倍はありそうな装置の周りに組んだ足場の上に、紫のタイをつけた男がいる。それもかなり老齢の域に達していると思われるが、眼光の鋭さはただの老人のものではないと一目でわかった。

 錬金術師のヨカテルだ。

 鍛冶師兼射手であるヴィテスが品物を納品している武器屋にヨカテルがふらりと現れたのは、オリヴィニスで例の《大騒動》が起きてしばらくたったある日のことだった。

 ヨカテルはある意味、街の有名人だ。とっつきにくい人物の代表格である。

 彼は恐ろしく精巧な部品を注文し、困り果てた店主がヴィテスのところに恐ろしく精緻な設計図を携えてやって来たのである。


 それから七日後、ヴィテスはヨカテルの元を訪れた。


 そこで彼の部下たちに捕まり、何もわからぬままに連れて来られたのがこの場所である。


「これは兵器なのですか?」

「それ以外に何にみえる」


 ぶっきらぼうに返事してからヨカテルは眉間に深い皺をよせた。

 それが自分の発言に後悔してのことだということに気が付いたのは、三秒ほど後のことだ。


「そういや、この街には錬金術師はおろか帝国系の技師すらいないんだったな」


 オリヴィニスは中立の街で帝国にも王国にも与しない、というのは建前上は正しい。しかしどちらかといえば文化的にも歴史的にも王国に近しい街のひとつだ。

 とくに錬金術は帝国を根幹から支える技術だとして大陸の西側でお目にかかることはめったにない。

 ヨカテルは貴重な錬金術の使い手だが、あまり他者と馴染まない性格のため、オリヴィニスでも珍しい技術なのだ。

 ヨカテルはゆっくり足場から降りてきた。足が悪いようだが、背筋はピンと伸びている。

 注文の部品を矯めつ眇めつし、それから顔を上げた。


「フン、手先が器用だな。いい仕事だ。礼と言っちゃなんだが、商売道具を見せてやろう」


 正直に言うとヴィテスは一刻も早く帰りたかった。

 幸い酒のにおいはしないが、ヨカテルには良くない噂がつきまとっているし、工房の場所を隠すためとはいえいきなり目隠しをするなど常識外れだ。

 何より顔が怖い。

 街中だし、ギルドの仕事中でもないからとロングボウを持って来なかったことを心の底から後悔しつつもヴィテスはヨカテルに従うしかなかった。



*


「俺たち錬金術師は魔法使い連中と同じく、前に出て戦う力はからっきしだ。アホのセルタスを除いてな。パーティに力を貸せるとしたら、やはり技術だな」


 ヨカテルは大砲の横手に周り、錠を外して円形の収納容器を引きずりだした。

 容器に取りつけられた鍵を開けると、中には青い燐光を放つ鉱石が納められている。大きさは握り拳くらいだろうか。

 手をかざすと熱を感じる。


「これは?」

「所謂、《賢者の石》だ。聞いたことくらいあるだろう」


 ヴィテスが知っていることといえば、街の噂程度のことだけだ。即ち、ヨカテルが現役冒険者だった頃の噂話だ。そう言うと、ヨカテルは思ったよりも丁寧にくわしい話をしてくれた。


「まずはじめに言っておくが、賢者の石が何なのかは、帝国の錬金術師でも誰も知らねえことだ。研究はされているし大体こんなとこだろうって説はいくつかあるが、決め手がない。コイツは無限のエネルギーの源だ。まあ、無限ってのも、眉唾ものの話だがな」


 錬金術師は、錬金術師協会に加盟すると出所不明な未知の物質である《賢者の石》が分け与えられる。

 石は圧力をかけたり、衝撃を与えることによって一定のエネルギーを発する。その働きと時には魔術を駆使して兵器や機械を動かす。それがヴェルミリオン帝国の錬金術だった。


「本国では今でもコイツからより効率よくエネルギーを取り出す方法や、石の利用方法について盛んに研究されてる。この魔導砲は俺が作ったモンの中で最大の威力だ。一発お見舞いすりゃあ竜も吹っ飛ぶぜ。ただし、ダンジョンも吹き飛ばす問題児だが……」

「はあ……」


 それだけの威力なら、現役時代も使い道も少なかっただろう。

 ただしマジョアたちのパーティは冒険者の街の生ける伝説だ。例外もあったかもしれない。


「燃料を入れっぱなしということは、動かす予定があるということですか」

「大騒動があった後だからな。いざというとき動かない道具ってのはゴミとおなじだ。……もちろんもっと大人しい使い方もあるぞ」


 ヨカテルは腰のベルトに取りつけた箱のスイッチを押した。

 空中に召喚陣が展開される。箱には、砲に収納されているものよりもずっと小さな、小指の爪ほどの《賢者の石》が取り付けられている。

 冒険者仕事ではこの魔法陣から必要な兵器を取り出し、場面に応じて使う仕組みだ。


「提供される賢者の石は実績に応じて量がかわる。知恵と工夫が大事な職業でもあるな」


 先程開けた魔法陣からヨカテルは銃を一丁取り出してみせた。

 火薬式ではなく、これにも賢者の石が使われているという。

 大がかりな兵器よりも細かい細工仕事を得意とするヴィテスには、こちらのほうが興味をそそられる。


「あんたに頼んだのはこいつの部品だ。修理するから仕掛けをみていくかい」

「ええ、ヨカテルさんがよければ」

「隠居した身だからな、基本的にゃ暇なんだ」


 知的好奇心は《工房のある場所を知られるわけにはいかないから》という理由で拉致同然に連れて来られたことさえ忘れさせたようだ。

 ヴィテスは恐々と未知の工房の奥へと踏み込んだ。

 その背中を見つめながらヨカテルは不用意に錬金術師の話をしたことを自分でも意外に思っていた。マジョアたちと道が分かたれてからというものずっと、孤独な暮らしを続けてきた。自分の領域に客人を迎え入れたのは、いったい何年ぶりだろう。

 すっかり忘れていた感覚が蘇ってくるようだ。

 そう、それはまるで。


「茶でも出そう。俺は意外と茶道楽でな、茶葉はいいのが揃ってる。野趣あふれるヴェルミリオン帝国産か、どちらがいい――」


 どちらがいい、アラリド。


 そう問いかけそうになり、ヨカテルの言葉が不意に途切れる。


「いや、こういうときはオリヴィニス産だな……」


 取り繕う言葉に複雑な感情が混じる。

 ヴィテスが振り返り、不思議そうな表情を浮かべた。




*****ヴィテス*****


 弓術ギルドに所属するソロ冒険者。第69話『知恵と工夫』、第70話『水棲竜討伐』に登場。弓の腕前もなかなかだが、手先が器用でものづくりが得意。とくに金物の細工はお手のもの。

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