「彼はルビノ君。若手ではいちばん伸びしろがある有望株です。冒険者の仕事に専念してくれるといいんですけど……いてて」
手指に消毒薬を塗りたくられながら、ロジエは簡単に紹介を済ます。
邪魔な大木が無くなって、空き地はきれいに
あとから現れたルビノによると結局、ここに手を入れたのは師匠連だろう、とのことだった。
「師匠から、おふたりにこれを返すよう預かって来ました」
そう言ったルビノから預かったのは金貨がぎっしり詰まった革袋だった。
「ギルド新設に向けての軍資金が必要なはずだから、とのことっす。他にも冒険者仲間が集めた金をギルドに預けてあるっすよ」
革袋の中身はロジエが師匠連を
結局のところ、ギルド新設の提案はそう悪いものではなかったのだ。
試験は合格。彼が携えてきた革袋にはそういう意味がこめられていた。
「なによ、まだるっこしい。だったら最初から賛成してくれたらよかったのに……」
「まあまあ、彼らにも体面というものがあるでしょう。でもこれで、彼らに認められた、ということでいいんですね」
憤慨するミリヤを
ルビノが黙ったままうなずくと、杉の木に体当たりしたこと以外は陽気で理性的に振る舞っていた青年の表情に、何か複雑な感情が走ったのが見てとれた。
それから治療が済むまで、ルビノもロジエもじっと黙っていた。
ロジエは不意に立ち上がると、かたわらの斧に手をやった。
「昔、ぼくはルビノ君のことが
こみ上げてくる感情をこらえるような声音だった。
「貴方はこの街に必要な人だよ。この光景を見たら、きっとそう思ってくれるわ」
ミリヤは夜を
おかみさんたちから迅速に工事を進めるよう焚きつけられ、親方たちが
資材は潤沢にあり、手伝いを申し出てくれる冒険者もちらほらと現れつつある。
「そうですね。そうだといいなと思います」
返事はどこか寂しそうなものだった。
ルビノもまた、どこかやり場のない空気をまといながら、目の前の景色に見入っていた。
*
ルビノとロジエのふたりがはじめて会ったのは、メルが不在の折、マジョアに誘われた茶会の席でのことだった。
ルビノはまだ十代で、ロジエもそうだった。
その頃、戦士カルヴスはまだ存命だった。彼はメルの技を受け継ぎ、頭角を現しはじめたルビノの実力を見込んでパーティに加え、よく一緒に行動していた。
茶会そのものは退屈で、けれどもそこで起きたことはそうそう忘れられるものではなかった。
「ロジエ、お前はまたギルドのやり方に口を挟んでいるらしいな」
と、突然、カルヴスが険のある声で言った。
そうして無言で立ち上がると、ロジエの頬を平手で打ったのだ。
「知らない世界のことに口を挟むな。お前がしていることは、私の子のすることではない」
マジョアはふたりをくらべて苦々しい表情を浮かべていたと思う。
ルビノは驚いたまま動けなかった。人格者として知られていたカルヴスが暴力に訴えるところをこれまでに見たことがなかったからだ。
頬を打たれたロジエはまなざしに怒りをこめ、父親を睨んでいる。
冒険者として成功した父親と、ひ弱な息子。
親子ながら、両者はあまりにも見ている世界が違っていた。
だがロジエが街に出てあれこれと気を配っているのは他ならない父親のため、祖父のため、冒険者たちのためだ。
しかし、カルヴスが冒険に連れて行きたがっていたのは自分ではなく息子ロジエのほうだということも、ルビノは薄々知っていた。
もしも天がロジエに強さを与えてくれたなら、ふたりはごく当たり前の親子のように振る舞えたのかもしれない。
確かな血のつながりには、時として人のあり方さえ変えてしまい、どうしようもなく苦しめてしまう、そんな力があるのだ。
その後、カルヴスは惜しまれながら亡くなった。
以来、ルビノは心のどこかでロジエを避けていた。
ただ――……血で
明日になれば本格的に飼育舎の建設がはじまる。
コルンフォリやヴェルミリオンでは飛竜を用いた騎兵団という考え方が一般にも知られるようになっている。馬に限らず、珍しい騎獣を扱えるようになれば、きな臭い情勢の中でも有利に振る舞えるはずだ。
おそらくオリヴィニスの風景も変わる。
偉大な戦士のことが過去になる日も近いだろう。