ルビノが師匠について唯一……いや、ふたつかみっつめに理解のできない趣味を上げるとするなら、登山だ。
メルメル師匠はときおり、なんの依頼もないときでも目についた山にふらっと分け入ってしまう習慣みたいなものがあった。
目先の楽しさに流されやすい性格のメルなのに、わざわざ好き
「誰も見たことのない景色、吸ったことのない空気、名声を追ってどこまでも……どうしてこの
ふうう、とメルは切なげな溜息を吐いた。
「僕も高いところが好きな
「とかいって、ときどき
痛いところを的確に突いたらしい。
メルは「うっ」とうなって黙りこんだ。
体が小さいことが有利に働くこともある。だが、その逆もある。
ぴいひょろろ、と名も知らぬ鳥の鳴き声が、沈黙の間抜けさをよりかき立てるようだった。
「……それはそれ、これはこれ」
「何がどれで、どれがそれなんすか」
メルは口の減らない、
「人里離れたムニェカ山の山頂付近は幻獣たちの稀少な生息地だ。もし見かけたら
「はあ……」
ルビノは気の無い返事をして、師匠が差し示す方向にそびえた、道とはとても言えなさそうな
*
快晴の空の下、絶景を
「いやあ、景色がきれいだなあ。こんな風景が見られるなら、ここまでの苦労も忘れちゃうよね。地図を読み間違えたのが誰か、とか……」
「メルメル師匠……」
「とっておきのご
足下の風景一面を覆い尽くす雲海を前に、メルは知らないふりをした。
確かに風景は見事なものだった。
宝石のように輝く夕陽が空と雲の境界線に沈んでいく。
その
「……仕方ないっすね、まったく」
自らの足を動かし、苦労しなければこんな景色は見られなかった。
それに、とルビノは思う。
その心のうちに何があるかは、
もしも望めば、メルは誰にも何も告げずに、消えるようにいなくなることもできたはずだ。だが、そうはせずに、見た目だけはいつも通りに振る舞っているのだ。
なら、水に流すべきなのかもしれない。
中身は大人のくせに大人げない師匠のかわりに弟子が大人になったそのとき……。
「あれえ、兄さんら、どっから来たの」
腰の曲がった
何故、こんなところに人が? ふたりは仲良く首をかしげる。
「寒いのに大変だねえ、うちで茶でも飲んで行きなさいよ」
指で示した方角には、畑と、
煙突から煙が立ちのぼり、生活の営みが感じられる。
「おじいさん……まさか、こんな
「そうだねえ、少し不便だけど、なんとかなってるよ。最近じゃ、麓から荷物を運んでくれる人もいるんだよ。ヒッポグリフ便、とかいって」
誰が思いついた商売か、飼いならした幻獣たちが荷物や人を山頂まで、人の足で歩くよりよほど少ない労力と時間で運び上げてくれるのだという。
「……秘境、大自然の神秘……」
ルビノはそう
メルも、これまでの苦労が水の泡になったようで、渋面になる。
「……でも、ヒッポグリフ便、ちょっと興味あるな……」
帰りはヒッポグリフ便に下ろしてもらいますか、とルビノが訊ねると、メルは苦渋に満ちたような、好奇心でわくわくしているような顔をまぜこぜにして深く悩み始めた。