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第30話 品評会 《下》

 審査はとどこおりなく終わり、最優秀賞はシマハをさんざんけなしたあの少女のドレスに贈られた。

 だが、シマハ自身は結果に納得しているようだった。

 それどころか惜しみなく賛辞を送り、相手を拍子ぬけさせたほどだった。

 シマハがその後もずっと会場で見たどのドレスが素晴らしかった、あの縫製技術を試してみたい、などと楽しげに話しているところをみると、キレスタールを訪ねたことは無駄にはならなかったらしい。


 こうして予定はすべて済み、あとは来た道を帰ればいいだけだ。

 一行は慣れない旅で疲労が溜まっているシマハをねぎらい、オリヴィニスの近くの村の宿に一泊することにした。


 夜明け近くのことだ。


 誰かが廊下をひっそりと近づいて来る……。

 その気配に一番先に気がついたのはメルだった。


 侵入者は十分慎重に気配を殺していたが、用心に用心を重ねて張りめぐらされていた罠の糸には気がつかなかったようだ。


 それは、もともとシビルが言い出したことだった。

 ヴァローナが表立って言い返したあの娘が、何か剣呑けんのんな方法で報復に出るかもしれない——と。


 他の者たちはそれは杞憂だと笑い、万一のことがあっても小娘の考える復讐など大したことはないと高をくくっている様子だったが、メルが念のために罠をめぐらせておき、就寝した。


 よって男が武器を持ち、宿の鍵を壊して踏み入ったときには、既に冒険者たちの応戦の準備は整っていた。


 気配を殺して近づいてきた男たちが扉を開けた瞬間、闇を裂く火炎が飛び出してきた。男を吹き飛ばし、壁に叩きつける。

 炎の下を掻いくぐったルビノが、二人目のみぞおちに拳を沈める。

 襲撃者は鎧を着ておらず軽装で、魔物を一撃でほふる冒険者たちの技の前には無力だった。


 けれど、敵は思いのほか用心深かった。

 村のそばの森にひそんでいたらしい応援の者たちが次々に姿を現し、松明たいまつをかかげて宿に近づいてくるのが窓から見えた。


「数が多いな。小娘の復讐にしちゃ、妙じゃないか?」とヴァローナが言う。

「逃げるぞ!」


 アトゥの決断もまた、速かった。


「ルビノ、ヴァローナと行って馬と荷を頼む。メルメル師匠、窓の外に速射、シビル、援護してから降りてこい。俺は退路を確保する。このままオリヴィニスまで走って逃げ切るぞ」


 歴戦のパーティをまとめているだけあり、素早い号令でそれぞれが動きだす。


 後から応援に来た者たちはそれぞれ武器を持ち、鎧を身につけていた。

 それぞれバラバラの特徴のない品ばかりだが、明らかにそれは偽りの姿だ。

 宿の正面に回ったアトゥは、メルとシビルの援護を受けて走りだす。


 敵が掲げる松明の明かりの下で、二振りの刃が飛燕となって抜き放たれる。


 剣の軌跡はよどみない銀色の弧となって松明のあかりを切り捨てていった。

 明かりが消えた闇の内側から、くぐもった男のうめき声がもれ聞こえた。



 *



 村を出た一行は夜通し走り続けた。

 襲って来た連中は馬の頭をそろえて追いすがって来る。


「私は一足先にオリヴィニスに戻りギルドに一報を入れる。武運を祈る!」


 ヴァローナは自分の馬を駆り、単騎で敵の中に駆けこむと、二、三騎に剣を浴びせ、乱暴に引き倒し、十分にかき回してから馬車を追い抜いて行った。

 敵も相手が手錬れだと知っているからか、不用意に近づいては来ない。

 しっかり間隔をあけて弓矢や魔法の届かない距離を保っている。


「あいつらの目的はいったい何なの?」


 荷台の上でシマハを守りながら、シビルは混乱した表情をみせた。


「わからない。けれど、どうも野盗とかではないみたい」

「メルメル師匠に同意だ。あいつら、絶対に訓練された兵士だぜ」


 ときどき来る矢から手綱を握るルビノを盾でかばい、アトゥは呻くように言った。

 やっとオリヴィニスが見えてくる。

 その前の平原で、遠くから盛大に砂埃を立ててやってくる軍馬の一団が合流しようとして来るのが見えた。

 追いつかれたら、荷馬車など簡単に押しつぶされてしまいそうな勢いだ。

 そのとき、自然のものではない風が冒険者たちに声を届けた。


『止まらず走りなさい!』


 聞き覚えのある声だった。

 オリヴィニスは門を開けている。

 その前に見覚えのある魔術師が立ち、杖を振り上げていた。


『風の精霊よ、呼び声に来たりて我が肉を切り裂き、何があるかを見るがいい。私はお前たちに命令を下すもの、恐怖によって支配し罰を与えるものである』


 詠唱の声が届く。

 風が巻き起こり、空の青空にぽつんと黒い雲が現れた。

 雲は急速に成長していく。晴天の大きさに比べれば卑小であっても、雷雲はあっという間に追っ手を覆い尽くす大きさとなり、容赦なく雷を降らした。雷電は彼らの視界を白く染め上げ、地面を抉り火花を散らして草を燃やす。

 追っ手は逃げることを選んだが、雷雲は彼らをしばらくの間追っていた。


「ギルドからの依頼は果たしました。マジョアがお待ちですよ」


 敵が散ったのを見届け、緑の髪をなびかせた魔術師、セルタス師は門のそばで待っていたメルとシマハに声をかけた。



 *



「いやぁ、まったく……なんと言えばいいやら……」


 隻眼の剣士にして、冒険者ギルドの長マジョアは揃って不審げな表情を浮かべるメルたちに、上等のお茶を勧めた。

 ギルドの奥深く、ギルド長の部屋まで入るのは、シマハにははじめてのことだ。


「今回のことは不幸な事故だったのだ。タイミングが悪かった、というべきか。これは他言無用に願いたいのだが……コルンフォリで近々政変がある、というのは、誰か噂でも知っているかね」


 全員首を横に振る。


「ま、よくある後継者あらそいじゃな。第一王子が王位を継ぐことに不満があるやからが、王の隠し子を対抗馬に立てて派手にやろう、という」


 それは辺境の冒険者の街には何ら関係のない、権力者たちの争いだった。


「……で、キレスタールの洋裁学校の、ミモザ校長が、一時期コルンフォリ王と極めて親しい関係にあった……という話を知っている者はおらんかね。彼女がわしのところに来てな、面倒事を頼んで来たのだ。彼女と……王との間の……王子について」


 アトゥが勢いよく茶を噴き出した。

 シビルは迷惑そうな顔。

 メルは比較的平常心を保っているが、内心はみんな一緒だ。


 つまるところ、コルンフォリ王家のお家騒動とオリヴィニスを訪れた女校長とを結びつけたところに、今回の騒ぎがあるのだ。


「まさか、女校長は、争いの火種を生みかねない子をヴェルミリオンに隠したの?」


 シビルがおそるおそる問いかける。

 無言の肯定が返ってくる。

 今度の政変に際してオリヴィニスにやってきた女校長は、マジョアに息子の護衛を頼んだのである。

 当然のことながら、マジョアはギルド長として、コルンフォリとヴェルミリオン両国との微妙な関係を鑑み、これを拒否した。

 話はそれで終わるはずだった。

 だが、女校長は帰りぎわに妙な置きみやげを残して行った。

 何を考えてか、シマハを品評会に誘ったのだ。


「彼女の息子と、お嬢さんはなんとなく背格好が似ていてな。何かたくらんでいるかもしれんと、アトゥに同行を頼んでおいたのだ」


 全員の視線が、二刀の剣士に向けられる。

 アトゥはあわてて言い訳をする。


「いや、言っておくが詳しい事情は聞いてないぞ。シビルについて行け、と言われただけだ。ギルド長に命令されたら断れないだろ」


 マジョアの読み通り、騒ぎは起きた。

 おそらく宿に忍びこんできたのは、野盗を装いシマハが王の隠し子かどうかを調べにきた第一王子側の兵士なのだろう。

 思わぬ反撃に遭い、正体もわからないまま引くに引けなくなった彼らが、オリヴィニスまで追いかけてきた、ということらしい。


 メルはめずらしく申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「僕が面白半分について行かなければ、注目を引くことも無かったかもしれないね」


 少女ひとりに、偶然とはいえ腕利き冒険者の数が多すぎた。


「それはどうじゃろうな。数を絞っていたとしても、敵の目をあざむくためと思われたかもしれんし、女校長が偽の噂を流せばやはり追われるハメになった。今頃、本物の王子はどこへやら……」


 ギルド長は、穏やかな表情でお茶を飲んでいる先祖返りの少女に声をかけた。


「怖い思いをさせてしまいましたな、お嬢さん」


 いいえ、とシマハは微笑んだままだった。


「みんなが守ってくれると信じていましたもの。まるで冒険劇をみているようでした」

「ええ、うちの面子の実力は保障しますよ、何しろ王子の兵士たちに一歩も引かぬほどだ。連中がまだこの町にちょっかいをかけようというなら、また少しばかり遊んでやらなければなりませんな」


 言葉とは裏腹に、マジョアは深いため息で締めくくった。

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