市に立つ店の数は数えきれないほどだ。
服飾に関する店もさすがに多く、山のように積まれた布や糸、こまごました
キレスタールは町そのものが明るい活気に満ちていた。
見渡すかぎり冒険者、といったオリヴィニスとちがい、商人や職人、女たち、旅人たちがひしめきあっている。
「なぜこんな格好をしなくてはならんのだ……」
ヴァローナは難しい表情をしている。
キレスタールに入る前にヴァローナはほとんど無理やり、シマハが仕立てた藍色のワンピースに着替えさせられたのだった。
甲冑を
「似合うじゃない。あなたの甲冑姿、ここだとすっごく目立つのよ」
「この街にだって冒険者くらいいるだろう」
もちろん、荷運びの護衛や商会に雇われる冒険者たちはいくらでもいる。
「そうね。でも今日、行くところは別よ。護衛として雇われたのは私なんだから、そっちは任せておいてちょうだい」
ヴァローナはシビルの言うことにも一理ある、という顔でため息を吐いた。
どうせ城壁に囲まれている町に入ってしまえば、気をつけなければいけないものはスリや詐欺師連中だけで、立派な剣や鎧が役に立つことはほとんどないのだ。
女校長のつとめる学校は聖堂広場から近い場所にあり、女校長の書き置きを見せればすぐに中に入ることができた。
そこが想像をはるかに超える立派な場所だと気がつくのにさほど時間はかからなかった。古い貴族の邸宅を改装し、学校として利用している建物は広々として迷子になりそうなほどだ。
品評会は大広間で行われ、出品されたドレスが人台に着せかけられてずらりと並んでいた。
「うわあ……」
シビルの声は、感嘆というよりは圧倒されすぎて肺から押し出されてきたうめき声に近かった。
並んでいるのはどうみても実用にはほど遠い、絹やびろうどや金糸に銀糸、目もくらむ輝きの宝石をふんだんにちりばめた
「まあ……これは……」とシマハも言って、頭からかぶったストールの内側でうつむいた。
シビルはなんと声をかけていいかわからず、ただ戸惑うしかなかった。
町の仕立て屋でしかないシマハにこういったきらびやかな世界は縁がなく、また豪奢な服しか出品されない、などという発想もあろうはずがなかった。
係員からあいている人台に出品する服を着せるよう指示されたが、シマハはわざわざ目立たないところを選んで服をかけた。
白い鳥の羽に見立てた上着と、ワンピース。
藍色のものと同じに、シマハがヴァローナのために仕立てたものだ。
体のラインがきれいに出るよう、縫製は
「あなた、どちらからいらしたの?」
見知らぬ人々ばかりの会場で、不意に声をかける者がいた。
みると、お針子の制服を着た少女が立ち、シマハの服に品定めの目線を送っていた。
彼女は鮮やかな黄金の髪をした少女で、佇まいにはなんともいえない気品がある。お針子というよりは、どこぞの貴族の令嬢といった雰囲気だ。
そして驚くべきことに、彼女は高慢さを隠そうともせずシマハの仕事を鼻で笑ってみせたのである。
「校長先生が旅先でおもしろい仕立て屋に会ったとおっしゃっていたけれど、伝統ある品評会に恥ずかし気もなくそんな服を持って来るなんて、しょせん田舎育ちね。都会じゃ、あなたの下品な服を着るのは、せいぜいお猿さんくらいなものだわ」
いきなりぶつけられた悪意のある言葉に、シマハは何も答えられず、悲しそうな表情を浮かべて戸惑うことしかできなかった。
*
「――と、いうことがあったのよ。信じられないでしょう」
シビルがかいつまんで説明すると、非常に素直な性格をしたアトゥは、真っ先に怒りを表明してみせた。
「なんだそれ、俺たちが田舎者だってか!?」
シマハだけでなく、オリヴィニスからやってきた自分たちまでバカにされたと思ったのだろう。
拳をつくってテーブルをたたくと、皿に乗った料理まで跳ねた。
幸いにして、ちょうど食堂に楽団がやってきて陽気な音楽を奏ではじめたところで、周囲の注目を引くことはなかった。
それにくらべ、いささか冷静な調子でルビノが訊ねる。
「それで、言われっぱなしになっちゃったんすか?」
「いやあまあ、それがその……」
シマハは確かに言い返さなかったし、依頼人が黙っている以上シビルもそうするしかなかったのだが、モデルとしてついてきているヴァローナはちがった。
恥ずかしげもなく悪口を浴びせかける娘をひと睨みで黙らせると、言ってのけた。
「ほう、都会じゃ猿まで服を着るのだな、まったく上品なことだ。自分じゃ人間だと思っているらしいが、ずいぶん下品な口をきくものだ」
コルセットでしめつけておいたらどうだ、とまで言ったらしい。
もしかすると育ちのよさそうなお嬢様は、そんなふうに言いかえされたこともなかったのかもしれない。
アトゥとルビノはけらけらと笑っている。
ヴァローナも、黙って酒の杯を飲みほした。
これくらいの罵倒の応酬は、彼らにとっては何でもない日常なのだ。
だがシビルは、彼女ともめたことが少しだけ気がかりだった。
もしも彼女がただの街の娘ならともかく、本当に貴族の娘だったとしたら、報復を考えるかもしれないと思ったのだ。
「少し、外の空気を吸ってきます……」
先ほどからあまり食の進まない様子だったシマハは、立ち上がり、人の間を縫って外に出ていった。
*
食堂を出て行ったシマハのあとを、メルは音も立てずについていった。
シマハは明かりに照らされた石畳と、行きかう人たちをぼんやり眺めていた。
メルはそんなシマハに、優しい声で語りかける。
「品評会でのこと、嫌だった?」
「……ちがうんです」
シマハはゆっくり、考えながら思ったことを言葉にしていく。
「あそこに並んでいた服は、すごく立派で……それに全然、見たこともなくて……なんだか胸がいっぱいで、気を抜くとすぐにそのことを考えてしまうんです」
「わかるよ」と言って、メルは微笑んだ。「知らないものをみると、この先に何があるんだろうって、わくわくするよね」
シマハは目を丸くして、メルを見つめる。
それは自分の想いとはまるで正反対だったからだ。
知らないものを知ることは、ときに怖い。自分の力不足を感じると、他人がうらやましく、
けれど、メルのアイスブルーの瞳は、心のよどみに捕らわれることなく、その先にある楽しいことだけ、誰も見たことのない景色だけを追いかけようとしている。
いまの自分にはそういう気持ちがあるだろうか、とシマハは考える。
「……メルさんが来てくれてよかったです」
「僕は何もしてないよ。今のところはね」
メルは何でもないように言って、どこかから取り出したパンをかじっていた。