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第27話 ヴァローナと仕立て屋


 ちょうど今しがた仕立てあがったばかりの服……果たして、服と呼んでいいのかどうかわからない帽子と上着、ズボンとグローブの一そろいを眺め、シマハは首をかしげた。


 モデルのかわりの人形に着せかけられたそれは、ゴワゴワした耐熱素材なのが災いして、着ぐるみのような仕上がりになっていた。

 見た目も、洗練という二字からはあまりにもかけ離れていた。

 狭い店内に所せましと置かれた鮮やかな布地や糸、既製服の中でも、一際、異彩いさいをはなっている。


「どんなに折りたたんでも、荷物になってしまいそうね。注文通りではあるけれど、これでよかったのかしら……」


 これは何をするためのものなのか、冒険者ではない少女には見当もつかなかった。

 そのとき、からん、ころん、と愛らしい音を立てて、扉が開いた。


「いらっしゃいませ……」


 店の入り口を振りむき、彼女は少しびっくりした。


 明るい表通りから、鎧の頭がこちらを覗きこんでいたからだ。


 冒険者の街に、鎧姿は珍しくはないが、衣類をあつかう店舗に全身甲冑でやってくる客は相当にめずらしいといえるだろう。

 けれど、シマハはすぐに笑顔をつくった。

 その兜頭が、きょろきょろと店の中を見回して、戸惑っているようにみえたからだ。


「どうぞ、おはいりくださいな」


 優しくうながすと、しばらく逡巡しゅんじゅんしたのち、具足を鳴らして店に入ってきた。

 鎧はがしゃがしゃと奥までやってくると、シマハが差し出した椅子を丁寧に断った。確かに、そのまま腰かけると、椅子が砕ける恐れがある。


「ふ、服を求めたい!」


 兜の向こうから、いさましい声がした。

 シマハは、どうしようか考えて、いつも通りにすることにした。


「どのようなものをお求めでしょうか?」

「ど、どのような、とは……」

「普段着でしょうか、それとも、よそ行き? 時間はかかりますが、夜会服も仕立てられますよ。色や柄の好みは……その前に、せめて兜を脱いでくださらないと。鎧に話しかけているのか、それとも、お客様に話しかけているのか、わかりませんわ」

「これは失礼した」


 両手が銀色の兜を外した。

 シマハははっとした。兜の下から、長くあでやかな黒髪が落ちたからだ。

 無骨ぶこつな防具の下には、白い肌と、暑さで赤く染まった頬、長いまつ毛にふちどられた濡れた瞳。少女の顔があった。


「私はヴァローナ。ヴァローナ戦士団の名誉ある団長である」


 名乗りを上げる姿は、毅然きぜんとし、そこらの男たちよりも堂々としている。

 けれど、ヴァローナはすぐに居心地いごこちの悪そうな心細そうな泣きそうな子供のような表情に戻ってしまう。


「その……私はあまりこういう買い物をしたことがなくて……でも、男たちと同じような格好をしているとナターレにむさくるしいだの隣を歩きたくないだのと馬鹿にされるし……それで、シビルにここを紹介されたのだ」

「まあ、シビルさんが」


 暁の星団の魔術師、シビルは、店を持つ前からの得意客だった。


「何も心配することはありませんよ。わからないことはちゃんとお教えしますから。それに、きっとなんでもお似合いになりますよ。髪も肌も瞳も、こんなにお美しいんですもの」

「美しい……? 私が?」

「はい。少し待っていてくださいな」


 シマハの頭の中には、彼女に似合いそうな服のいくつかのイメージが浮かんでいた。

 スカートがいいか、それとも動きやすい格好がいいか考えながら、採寸さいすんのための道具を取って戻る。

 ヴァローナは、見本として飾っていた藍色のドレスをながめていたようだったが、突然。


「や、やっぱり、私にはムリだ……失礼する!」


 そう言って兜をかぶり直し、止める間もなく店を出て行ってしまった。



 *



 シマハは店を早じまいにして、オリヴィニスのオリヴィニスたるゆえんであるギルド街へと向かった。


 冒険者と普通の人々が入りまじっている区画とちがい、冒険者ギルドの周囲はみごとに冒険者だらけだ。


 鎧姿のヴァローナも、ここでなら目立つことはなさそうだ。


 叔母夫婦からは、女子どもだけで近づいてはいけない場所だと何度も言いふくめられてはいるのだが、どうしてもヴァローナのことが気になった。

 冒険者のゆくえが知りたければ、ギルドに行くのがいちばんの近道だろう。


 頭の羽をストールを巻いて隠し、人に訊ねながら冒険者ギルドに入った。

 酒場独特の荒っぽく賑々しい雰囲気は、ずっと店で仕立ての仕事をしているシマハにとっては、異国に来たかのように感じられて足がすくんだ。


 けれどヴァローナもこのようにして慣れないところに来てくれたのだからと自分をふるい立たせ、奥のカウンターに向かった。


 双子のエルフから、戦士団が拠点にしている場所を教えてもらったシマハは、さらに見知らぬ地区に入りこむことになった。


 そこは屋台や宿屋のある通りからも離れ、どこかうら寂しい路地だった。


 途中で、何をするでもなく地べたに座りこんでいる男がいた。

 けがでもしているのか、病なのか。

 声をかけてやりたいが、見て見ぬふりをするしかなかった。


 さ迷い、シマハはやっとのことで戦士団の紋章をつけた石造りの家をみつけ、鉄の扉をノックした。

 内から出て来た冒険者は、あいにくヴァローナは出かけていると言う。


 どうしようかと悩みながら、近くの路地で帰りを待っていたが、じきに日が暮れはじめた。


 今日のところは、あきらめて帰ろう……。


 肩を落として踏み出したその腕を、不意に誰かが掴んだ。

 その腕はヴァローナのものではなく、分厚くて骨ばった男のものだった。


「おい、お前、ここで何をしてる?」


 きつく問いただされる。

 返事をしようにも、男が腰にびた武器を見たとたん全身がすくみ声が出なくなってしまった。


「なぜ顔を隠してるんだ?」

「やめてください……あっ」


 腕はスカーフを掴み、乱暴にはぎとっていく。

 隠していた先祖がえりの証拠をみられ、恐ろしいのと同時に無性に悲しくなる。


「何をしている、私の前で女子供への狼藉ろうぜきは許さぬぞ!」


 そのとき、鋭い声が路地をむちのように打った。

 鎧の少女、ヴァローナが、怒りに眉尻まゆじりを上げている。

 シマハがスカーフをはぎとられているのを見て、彼女はさらに激昂げっこうをあらわにした。


「貴様、彼女を侮辱ぶじょくしたのか!?」


 相手が有名な戦士ヴァローナとわかったからか、男のほうに、戦う意志はなさそうだった。

 シマハも、侮辱されたのではないという意味をこめて、首を横に振った。

 血が流れるのは見たくなかった。


 ヴァローナはなおも、腰の刃に手をかけたまま、男を睨む。


「さっさと立ち去れ。さもなくば戦士団を敵に回す覚悟をするがいい」


 男は言われた通り、スカーフを返して足早に立ち去った。

 シマハはほっと胸を撫で下ろす。

 ヴァローナはシマハを連れて拠点に戻った。

 同じ鎧姿の男たち、女たちが迎えに出て、彼女の鎧を脱がすのを手伝う。


「あの、ご迷惑をおかけしました……」

「ここは、街の娘がいていいようなところではない。送り届けるからもう帰りなさい」


 地味な黒の上下となった彼女は、戦士団団長の声でそう言った。



 *



 ヴァローナと、アフティという彼女の部下に連れられ、来た道を戻る。

 やはり、慣れないことはするべきではなかった……と、シマハはヴァローナに話しかけることもできずに、恥ずかしさに消え入りそうだった。


 先程みかけた、路地に佇んでいる男のところに差しかかった。


 ヴァローナはふたりに先に行くようにと言い、ひとり身動きしない男のところへと向かった。

 そして男のそばにしゃがみこむと、手を取って話しかける。


「……何をしているの?」


 訊ねると、アフティはおずおずと答えた。


「あれはたぶん、病気かケガか、どちらかで身を持ちくずした冒険者でしょう。ヴァローナ団長は、ああいう者を見かけるといつも拾ってきてしまうんです」


 そして食事や寝る場所を与え、必要があれば教会に届けて治療を受けさせ、それが済むと戦士団のもとで戦う訓練を積ませ、再びギルドに送り出すのだという。


「どうしてそんなことを……?」

「さあ、どうしてでしょう。一銭の得にもならないとは思いますがね、そうせずにはいられない性分なんでしょう。かくいう自分も、そうして戦士団の一員にしてもらったひとりです」


 アフティは苦いような、うれしげでもあるような、そんな笑みを浮かべた。

 拾い拾われ、その縁で団員は増えていき、戦士団は有名になっていったのだ。


「さあ、行きましょう」


 うながされたが、シマハは断った。


「もう少し、ここに」


 彼女は日暮れの差しこむ下で、ケガの様子を看る少女の姿を目に焼きつけた。

 そして店に戻ったら、新しい服を仕立てようと決めた。

 ヴァローナが眺めていた藍色のワンピース。

 丈に気を使って、動きやすく下にタイツを履いても様になるように。

 きっと良く似合うだろう。もしかしたら、ヴァローナは恥ずかしがるかもしれないが……。

 初対面のとき、彼女の容姿をほめるべきではなかったのだとシマハは思う。

 彼女は剣も鎧もなく困っている人に駆けよれる、強く勇気ある女性なのだから。




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