白磁の
エカイユは困り顔で目の前の冒険者を見つめた。
すらりと上背が高く、ふわふわした猫っ毛の余ったのを青いリボンで適当に結んでいる。アイス・ブルーの瞳は冷たい印象どころか好奇心できらきらして、年齢よりだいぶ若くみえた。手も足も長く、しっかり筋肉がついて、健康で、指先にまで生命力が満ちている。
長年、カウンターに座り、多くの冒険者たちを見て来たエカイユにはわかる。
彼は強い。そして運に恵まれ、女神に祝福されている。
まるでギルド長マジョアの若い頃を見ているかのようだ。
タイプはまるで違うけれど、並外れた才気を感じるのだ。
若者は取り急ぎ手に入れた平服姿で、きょろきょろあたりを見回していた。
いつものように足をぶらぶらさせようとして、床につっかえるのがおかしくて堪らないらしい。まるっきり子供のようだ。
ついさっき
「さっきはどうも、すみませんでした。……あの、今日はなるべく出かけないで、できれば冒険者ギルドのそばにいて頂けませんか?」
「できればすぐに稼ぎに出たいんだよね。もともとそのつもりだったし」
「生活費くらい、お貸ししますから」
「お金の貸し借りはしない主義だ」
エカイユは頭を抱えた。タイミングが悪すぎる。
「うーん、でも、君がどうしてもというなら、金貨を一枚借りようかな」
「金貨を!?」
ものの価値、というものを理解して言っているのだろうか、と不安になる。
「大丈夫、すぐに返すよ」
エカイユの心中を知ってか知らずか、彼はにこやかに返し、ギルドの金庫から輝く黄金の貨幣を一枚あずかった。
そしてその足で酒場のスペースに行き、金貨を高々とかざしてみせた。
派手なわけではないのに、不思議と人目を引く出で立ちである。
「誰でもいい、剣の腕に覚えがある人はいない?」
何人かが立ち上がり、エカイユの
*
近くの村から野菜を売りに来ている中年の男は、旬のものをあれこれと
「勝負に勝ったら、金貨をくれてやる……と、その見慣れない冒険者とやらがまた滅法強いらしくて、ギルドにいた連中はみんな、いいようにやられちまったらしいよ。レイピアでも、サーベルでも、剣でも槍でもなにを持たせても使いこなすし、金に目にくらんで二人がかりでかかっても敵わなかったらしい」
「ふうん。たまたま、人がいなかっただけじゃないっすかね……」
「そりゃそうよ」と、男の妻が横あいから口を挟む。「ルビノちゃんがいたら、一瞬でこてんぱんよ」
それはさすがに、とルビノは苦笑する。
たとえ新顔でも、腕に覚えがあってオリヴィニスにやって来る者はごまんといる。
ギルドで賭け試合をしたという無法者も、おそらくはそういう連中のひとりだろう。
ルビノは野菜を受け取り、代金を支払って、みみずく亭に戻った。
路地裏のこじんまりとした店は、冒険者ではないときの大事な居場所である。
一階が店と厨房、二階が住居。
店は夕方から開け、客が途切れるまでが営業時間だ。
厨房に入ると、店側の戸を叩く客がいた。
「へいへい……お客さん、悪いけど」
まだ仕込みも終わっていない、と言おうとして、彼は眉をしかめた。
扉の向こうにいたのは、見慣れない冒険者だ。
ルビノより一回りは年上だろうか。
派手な上着を数枚、肩にかけ、小脇に剣や防具を抱えている。
どれも男の体格や容姿には似合わず、ちぐはぐな印象を受ける。
ルビノは、こいつが賭け試合で大勝したとかいう噂の新顔冒険者だとすぐに気がついた。剣やら服やら装飾品は、賭け試合に夢中になった連中の持ち物を身ぐるみはいできたのだろう。
いったい、こんなところに何をしにきたんだろうと意図をはかりかねていると、彼はおもむろに片手を持ち上げ、ルビノの頭を二回、ぽんぽんと叩くようになでた。
「この姿なら、僕のほうが君よりよほど大きいだろうと思って来てみたけど、それほどでもなかったね」
そしてぐしゃぐしゃとかき乱した。
その感覚と、目の前の男の氷色の瞳に、覚えがある。
「…………もしかして、メルメル師匠?」
「うん。大きくなったね、ルビノ」
ルビノは腰をぬかすほど驚いたのを、何とか耐えた。
聞くと、いつもの姿からかけ離れたその姿は、《事故》によるものらしい。
冒険者ギルドでは、依頼の受付と報酬の支払いを行う。
報酬には、最初に定められた現金だけでなく、場合によっては依頼先で入手された珍しい動植物、鉱物、道具や武器、遺跡から出土した品物なんかも含まれる。
その際、冒険者はギルドに、持ち帰った品物がどういった来歴のものか、価値があるものか、はたまた妙な魔術がかかっていないかなど、鑑定を依頼して調べることができるのである。
今日、エカイユが受けつけたのは、誰かが古代遺跡から持ち帰った陶器の壺であった。
彼は用心に用心をかさね、この壺を鑑定室に運ぼうとした。
その途中で不幸にも手を
そこに偶然、居合わせたのが、メルである。
「どうも、
古代の遺跡からは、ときどき、そういうわけのわからないなりに現代では全くどうやっているのかわからないような魔法がかかった品物が発掘される。
「居合わせたのが僕とエカイユでなかったら、おじいさんになっていたか、へたをすると死んでいたかもしれない」
エカイユは長命なエルフであるから問題ないが、人間にとっては大問題だ。
分析の結果、月がのぼる頃には解ける魔法だということだが、心臓に悪い
「最初は要領がつかめなかったけど、いやあ、大人っていいな。この姿なら、重たい武器も楽々持てるしね。魔法もなんでも使えそう」
メルは普段、短剣を主に使っている。盾もほとんど使わない。
才能も技術も並外れてあるのだが、体が軽くて俊敏で、他の面子と組むとどうしても斥候役に回ることの多いメルには、あまり求められていない技能だからだ。
もしも年相応に成長していたら、どんな冒険者になっていただろう……と、ときどき想像する姿が、目の前にあった。
なんともいえない気持ちになり、ルビノは話題を変えた。
「で、どうして賭け試合なんか始めたんです?」
「僕は永遠に大人にならないらしいからね。今日中にオリヴィニス中の冒険者たちのうらみを買うだけ買って稼いだとしても、明日にはこの町から消えている、という寸法さ」
メルは、
「さあ、噂が街を駆けまわっているうちに、もう一回りしてこようかな」
放っておくと、言葉通り、オリヴィニス中の冒険者のうらみを買うことになりかねなさそうだ。
「それより、その格好で俺に
メルはどうしようかなあ、と言って空を仰いだ。
どちらが楽しいか、考えているいつもの顔だった。
大人の姿になっても、中身はまったく変わっていないみたいだ。
やがて、いいねと答えが返ってきた。
「でも、素手で戦ってみせたら、もっと盛り上がるかもしれないよね」
このあぶなっかしい人を、野放しにはできない。
ルビノはため息を吐き、店の扉に本日臨時休業の看板をかけたのだった。