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第23話 俺たちの戦いはこれからだ!




 オリヴィニスの街は煙に包まれ、冒険者の街から灰降る炎の街へと変わっていた。




 けたたましく鐘の音が鳴り響き、危機を知らせている。

 高台の神殿あとに逃げこんだ人々にとって、それは絶望の音色にしか聞こえなかった。街はすでに包囲されており、騎兵による突撃攻撃が失敗した今、逃げる場所などどこにもなかった。


 斥候の報告によると、冒険者ギルドに立てこもった冒険者たちを救出し、合流する作戦は当然のごとく敵に読まれ先回りされており、失敗に終わったらしい。

 高台からも、ギルドにこれ見よがしに立てられた敵の旗によって、それが確認できた。


 この未曽有みぞうの危機に集まった師匠連の面々は、戦いに敗れたギルド長マジョアを囲んでいた。


「――――えっ?」


 メルは何かに打たれたかのように我に返り、そこにいる顔を端から数えていった。


「ほんとに全員いるの? 全員たまたまオリヴィニスにいるときにこんなことが起こったとして、このうちの半分くらいは真っ先に逃げ出してるだろ? こんな退路もないところに固まって逃げこむなんてばからしい――」


 しーっ! と、誰かがメルに静かにしろ、とうながす。

 血まみれのマジョアがうっすらとまぶたをひらいた。


「……みんな。集まっているな? いいか……時間がない。異例ではあるが、わしが死んだあとの後継者として、メルメル師匠を指名する!」


 いきなり名前を呼ばれたメルは首をかしげた。


 なぜ、僕なんだろう。


 静かにしろと言われた手前、表立って意見は述べないが。


「一年中フラフラフラフラしおってからに、驚くほど適性はないが、後は頼んだぞ……!」


 やけに白々しい、お決まりのセリフを残し、マジョアは息を引き取った。


 ——何かがおかしい。


 メルは悲しみよりも深い疑問を感じ、さらに首を反対側に傾ける。

 しかし、それらしい答えはひらめかない。


「くそっ、いったいこれからどうすればいいんだ!」

「このままじゃ、戦えない人たちまで皆殺しよ!」


 指導者を失くした冒険者たちの視線が、メルに集まる。


 やはりこれも口にはしなかったが……そもそもこんなに状況が切迫するまでに白旗を上げておけばよかったのではないだろうか、とメルは悩んだ。


 オリヴィニスをめちゃくちゃにして得をする人がいるとは思えない。

 ここで戦っている冒険者たちこそが、町の財産なのだ。殺せば殺すほど損になる。

 略奪や非戦闘員の殺害を防ぐための交渉の余地はいくらでもあったはずだ。


「あいつら、迷宮洞窟の地下に召喚陣を置いて、強い魔物を呼びこむなんて……やることがえげつないぜ」

「せめて街の人たちだけでもなんとかできないか、メルメル師匠」


 案を求められ、メルは街の地図を眺めながらうーん、とうなった。


「えーと……街の北側を陣取っているのは、棲家を追い出された低級な亜人族がほとんどなんだよね。だったら、ここを切り抜けて、迷宮洞窟に潜ろう。いったんセハの三層まで降りてから抜け穴を通って白金渓谷に出るんだ。素人を連れてるとはいえ、冒険者は魔物相手の戦いのほうが得意だろう?」


 そう、南側を包囲しているのは武装した人間たちの軍なのだ。


 彼らは……彼らの正体は、なんだろう?


 うまく言葉にならない。


「なるほどな、さすがメルメル師匠!」


 そういうことになった。

 魔法使いたちの先制攻撃で魔物たちを蹴散らしたあと、攻撃力の高い戦士たちが切りこんで退路を開きつつ、市民らとともに洞窟をめざす。

 誘導を師匠連にまかせ、メルも戦闘に加わった。


「《暗い眠り》!」


 白っぽい靄が広がり、眠りに落ちたゴブリンを袈裟に切り下ろす。


 市民たちは悲鳴を上げて、煙の中を進む――最後列が遠い。

 限界まで荷は捨てさせたものの、市民たちはどうしても足が遅い。

 加えて魔物や敵兵士の襲撃を防ぎながらの後退をこなさなければならない。


殿しんがりは我らに任せよ! 新ギルド長、メルメル師匠よ!」


 重厚な鎧と盾で身をかため、黒髪をなびかせた騎士乙女が愛馬にまたがり、駆けてきた。

 ヴァローナが率いる戦士団が、追いすがってきた敵兵の魔法を防いでいた。


「助かるよ。ちょうど頼もうと思っていたところ……」

「皆までいうな! 我らは愛する街の人々のため命を捨てる覚悟はとうにできている。涙を流す暇があれば、魔物どもをかたきと思い切り捨ててくれ。では、しばしの別れ!」


 大げさに感動の涙を流しながら、少々熱っぽい乙女は駆けていった。

 戦力が減ることは痛手でしかないので、できれば洞窟を抜けるまでついてきて欲しいのだが……まあ、馬は洞窟には入れないしな。


「あぶない!」


 叫び声を聞きつけたメルメル師匠が防御姿勢を取ると、炎の塊が脇をかけぬけ、ゴブリンの群れを炭にかえていった。

 みると、シビルが杖を構えて目を血走らせている。


「あたしの修行の成果、みせてやるんだから! ――死んだアトゥのために!」

「あれっ、アトゥはお亡くなりになったの?」

「ええ、そうよ。宿を出るときに石につまずいて。ううっ、アトゥのバカ! 道具屋の娘さんと武器屋の未亡人に二股をかけるからこんなことになったのよ!」


 石につまずいて? しかも、後半はなんにも関係なくないか?


 シビルの言葉は、涙にさえぎられた。

 その肩を、盾をかついだ大男、ヨーンがそっと抱き留める。


「そのことはもう言わない約束じゃないか。よその街に行って、ふたりでのんびり暮らそうよ!」

「ええ、そうね。リーダーのことは忘れましょう」


 ……まあ、そういうことなんだろう。

 二人は置いておいて、メルメル師匠は先頭の様子を見に行った。

 オリオの大門を抜けたあたりで、列はすっかり止まっていた。


「何があった――?」


 目の前で爆発が起こり、メルはとっさに転がって破片を避ける。

 見上げると、空を騎竜が舞い、爆弾を投擲してくる。

 メルは矢筒から二本の矢を引き抜き、爆撃を避けながらねらいを定める。

 連射された矢は竜の眼球と火を操る騎兵の手元を同時に射抜いた。

 竜の断末魔の悲鳴と騎手の姿が爆炎に消えていく……。


「フフフ、やるな……」


 背後から声が聞こえ、メルは振り向き様に三本の矢を射かけた。

 黒い衣に身を包んだ女は、放たれた矢をすべて掴んでいた。——あらかじめ準備しておいた矢を、さも飛んできたのを捕まえましたとばかりに握りしめて現れたのでなければ――なるほど、すさまじい技量である。


「何者だ!?」


 メルではない誰かが叫ぶ。

 メルは、あまり知りたくないなと思った。


「フフフ、よくぞ聞いた。私こそが闇から生まれた闇精霊術師!」


 闇精霊術師ってなんだろう。

 メルは段々、首をかしげるのも面倒くさくなってきていた。

 確かに暗闇を好む精霊族もいるし、それを用いる精霊術師もいる。

 だが闇精霊術師、というくくりは存在しないし、なんだかすべてが適当すぎる。


「私の究極魔法でここにいるやつらを皆殺しにしてやるわ!」

「いったい、なんのために?」


 メルの呟きは、疑問というよりはひとり言だった。


「来たれ! 闇の大精霊よ!」


 女が杖を振り上げると、背後の暗がりから得体の知れない触手のようなもの――タコに似てる――が這い出して来た。


「させませんよ!」


 そこで、聞き覚えのあるセルタスの声が聞こえてきた。


「やあ、セルタス。君には先頭をまかせたと思ったんだけど」

「もしかして見せ場なんじゃないかなあ、と思って戻ってきたんです。いざ!」


 宝石のはまった杖を振り上げ、呪文を唱え始める。

 その瞳が紫色に輝きはじめる。

 セルタスは精霊術師たちの中でも特異で、魔物まじりである体質を生かして上位精霊を身に降ろしながら魔術を行う。


「退避! よくわかんないけど、この場を離れろ!」


 メルは必死に叫んだ。

 風、というより嵐が巻き起こる。天候が瞬く間に悪くなり、雷が鳴り始める。

 彼の本気の魔術と膨大な魔力によって、空にドブ色の召喚陣が浮かぶ。

 そしてそこから、この世のどこか……たぶん地獄のようなところから呼び出された魔物……巨大なむしたちが召喚されてくる。

 大きな口とキバを持つ蝉のようなものから、長く何体も連なったハネアリの軍団、それから目玉がいくつもあるムカデ……。


「さあ、今のうちにおはやく! まだまだ戦いははじまったばかりですよ!」

「もうすでに逃げてるよ!」


 おぞましい異形のものたちと、タコの足が戦いはじめた。

 もう、なにもかも無茶苦茶だ。



 *



「う~ん……うう~ん、めちゃくちゃだよ……やめ、やめてくれ……虫はしまっておいてくれ……えっ……いきかえった……? アトゥが……?」


 メルは赤い顔をしてひどく苦しげな寝言をもらした。

 場所はみみずく亭だ。

 酒瓶を抱えたまま、冒険者は机に突っ伏していた。


 皿には内陸では珍しいタコの干物を炙ったものと、虫の佃煮つくだにが置かれていた。

 酒を飲まされ、寝入った師匠を見つけ、みみずく亭の主、ルビノはまなじりを吊り上げた。


「あっ、誰ですか。師匠には飲ませるなって言ったっすよね! 今度こそ出禁にするっすよ!?」


 その日はちょうど、メルにゆかりのある冒険者が集まっていた。

 ヴァローナやアトゥ、シビルにヨーン、師匠連のセルタス……ギルド長までいる。


 なんでもできるくせに酒だけはとことん弱い、でも下戸の酒好きでもあるメルに飲ませるのはおもしろくてたまらない――集まっていた冒険者たちは、そっと目をらした。

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