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第9話 おとぎ話


 街の入り口でおとなしそうな少女が立ち尽くしている。


 歳は十七くらい、華奢きゃしゃな手足で、頭はストールでしっかりと隠していた。

 彼女の髪には、白い羽の束がふわりとまじって生えているのだ。


 冒険者の街で魔物との混血や先祖がえりはめずらしくもないが、今日だけは別だった。


 今日はオリヴィニスの祭日で、街では様々なもよおしが行われ、屋台が並び、いつもは見かけない行商人が行き交っていた。

 見物人もひっきりなしに訪れる。

 そういったよそ者たちは、少女のようにはっきりとわかる特徴があると、奇異な目で見たり陰口を叩いたりするのだった。


 ひっそりと物かげで一時間ほど待っただろうか。

 人を満載した駅馬車が到着した。


「シマハねえちゃん!」


 転がり落ちるようにふたりの兄妹が降りてくる。

 シマハは大きく腕を広げて、ふたりの突進を受け止めた。


「シシーナ、ミシャ、元気にしていた?」

「うんっ」

「うん、シマハねえちゃんは?」


 輝く笑顔を二つ受け止めて、シマハは「元気よ」と返した。


「俺、ねえちゃんにおみやげ持ってきた!」


 ミシャは荷物から括った糸束を取り出した。

 明るく鮮やかな青に染められた糸束には|艶《》があり、少年の笑顔のように輝いていた。


「まあ、ミシャが染めたの? 素敵、いい色ね。これならお客様の仕立てものにも使えそうだわ」


 ミシャは精いっぱい得意げに胸を張る。

 弟の姿にまだ幼さと、知らないうちに大人になっていく頼もしさを同時に感じ、シマハは眩しそうに目を細めた。


「さあ、疲れたでしょう。何か食べてから街を案内してあげようね。シシーナは何かほしいものはある?」

「あのねえ、シシィはねえ、えっと……」


 おっとりしたシシーナはシマハに手を繋いでもらいながら、ほしいものについて考えをめぐらせている。


「ねえちゃん、俺も俺も」

「もちろんよ」


 三人はオリヴィニスの街をめぐり、日頃は珍しい菓子やおもちゃを買って、夕方頃シマハが下宿する叔母夫婦の家に戻ってきた。



 *



 陽が落ちてから、叔母夫婦は観劇のために出かけて行った。

 複数の劇団によって夜に上演される英雄劇は祭の目玉で、このために見物人が街に詰めかけ、宿という宿をいっぱいにするのだった。


「あたしも劇を見に行きたかったなあ……」


 妹が不満そうにするのを、シマハは申しわけない気持ちで見ていた。


「ごめんなさいね、シシーナ。夜になるとね、子供と女性だけで出歩くのはとても危険なの」

「ねえちゃんを困らせるなよ、シシィ。俺が大きくなったら、三人で観にいけばいいんだから」


 一緒の布団に入りながら、シシーナとミシャは昼間の興奮のせいか、なかなか寝つけないでいた。

 黙っていると、遠くから劇を見ている観客の歓声やどよめき、音楽が聞こえてくる。

 そのたびに、弟妹ふたりは興味深そうに耳をそばだてるのだった。

 シマハはくすくす笑い、そうね、と切り出した。


「じゃあ、おねえちゃんが話してあげましょうね。オリヴィニスの英雄の話を」


 わあい、とシシーナがうれしそうな声をあげた。

 ミシャもわくわくした表情を浮かべている。


「昔々……この街には英雄と呼ばれた、偉大な冒険者たちがいたの」


 シマハはお客さんや街で耳にした話を、思いつくままに語る。


 はるか昔のことだ。


 オリヴィニスはおびただしい数の魔物がそこらじゅうをうろつきまわり、街などどこにも見当たらない不毛の土地だった。


 それというのも、このオリヴィニスの地に邪悪な魔物の王が巣食っていたのだ。


 これを倒すために、様々な勇者がオリヴィニスを訪れた。


 大陸一の剣の腕前を持つ戦士。


 生まれてすぐに呪文を唱え、魔物を殺したという魔法の天才。


 獣と言葉をかわし、必中の弓を携えた狩人。


 捕えられ、死罪のかわりに送りこまれた大盗賊。


 拳ひとつで竜を倒した格闘家。


 女神からの神託を受けて旅立った神官。


 仲間を守って息絶えた騎士。


 みんなみんな、はげしい戦いの後に死んでしまった。


 だが、彼らが知恵と勇気をふりしぼり、闇の王に与えた七つの傷は、ついに彼のものに死をもたらした。

 七人の血と肉、そして闇の王の死によって、冒険者の街オリヴィニスは生まれたのだ。


 犠牲となった彼らは七英雄と呼ばれ、冒険者たちの永遠のあこがれであり、各職能ギルドの象徴にもなっている。


「七人の戦いが終わったあと、女神さまは、迷宮の奥でさ迷う彼らの魂をひとつにされたの」


「ひとつに?」とシシーナが訊ねる。


 ミシャはその隣で、すやすやと寝息を立てていた。


「そう……女神さまのお力を持ってしても、七人を現世にもどすことはできなかったのね。だから、七つの魂をひとつの体に入れたの」


 それは女神の慈悲だった。

 死者復活の禁忌きんきをおかした彼女は、そのひとりの目覚めと同時に眠りについた、というのが英雄物語の幕引きだった。


 祭日は七英雄をたたえるためのもので、夜になると彼らの人生を七つの劇にして上演することになっている。


「その人はどこにいるの?」

「それは誰にもわからないのよ」

「七つも魂があったら、ケンカしない?」

「そうね……きっとすると思うわ。七人もいたら、気に入らない人もいるものね。喧嘩して……まざりあって……でも」


 シマハは、得意客のひとりを思い出していた。

 街で見かけると笑顔で、いつも楽しいことを考えている。

 そんな冒険者のことを。


「きっと冒険が楽しくて、たまらないんでしょうね……」


 気がつくと、シシーナも眠りに落ちていた。

 ふたりに毛布をかけてやり、シマハは明かりを持って階段を下りる。

 家主の夫婦が帰ってくるのを待ちながら、両親からの手紙を開いた。


 手紙には離れて暮らすシマハを心配していると書かれていた。

 辛いことがあったらいつでも帰ってきなさいと……やさしい言葉がいくつもかさねられている。


 けれども先祖がえりのシマハがもどれば、家族は困るだろう。

 シシーナやミシャも、村の子たちからいじめられてしまうかもしれない。


 だからシマハはオリヴィニスで生きることを選んだし、これからもそうするつもりだ。


 両親のことはなつかしい。

 明日、弟や妹と別れなければいけないのは悲しい。


 しかし、この街で生きて行くことは、不思議と寂しくはなかった。



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