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第23話

突然私の身に起きた謎の嘔吐感の原因は、テオドール殿下が私に毒を盛ったから…ではなかった。



「恐らく…殿下の乱暴な転移魔法により、内耳にある三半規管や前庭が必要以上に刺激を受けてしまったことによる自律神経系の病的反応でしょう。その刺激が、自律神経系や平衡感覚の乱れを引き起こして…その結果、めまいや吐き気、嘔吐などの症状が出てしまうことが稀にあるみたいです。」



ベッドで横になっている私に、ユリウスは何やら呪文を唱えている。



「…つまり?」

「転移魔法による転移酔いです。例えるなら…乗り物酔い、ですかね?」



…だそうだ。


横になっていれば直ぐに治るというユリウスの言葉通り、暫くしたら嘔吐感は消えていた。




---次の日。

私はテオドール殿下に言われた通りに、魔力保持の校舎の2階にある殿下の部屋に来ていた。



「確かに弟クンに案内してもらえと言ったが…俺は一緒に来いとは一言も言ってねーぞ。」



1人用のソファーに腰掛けて、不機嫌そうに頬杖を付くテオドール殿下。


今日の殿下は長い髪をひとつに束ねており、スッキリとした容貌になっている。相変わらず美しい男だが、残念なことにガラが悪い。


その殿下からテーブルを挟んだ向かいにある二人掛けのソファーに、私とユリウスは一緒に腰を下ろしていた。



「殿下がアルベルトではないと、昨日姉上から聞きましたが…僕はまだ貴方がアルベルトじゃないかと、疑っているんです。そんな貴方と大切な姉上を二人きりにさせるなんて出来ませんよ。」



野蛮で下品でガラの悪い男の事を私はもう、アルベルト様だとはこれっぽっちも思っていないが、義弟はそうではないらしい。先程からずっとこんな感じで殿下を警戒しているのだ。


そんなユリウスを見て、テオドール殿下は呆れ顔でため息をついた。



「んだよ。俺がエリザに手を上げるとでも思ってんのか?」

「思います。」

「即答かよ。ったくよォ、男女の逢瀬を邪魔するなんて無粋な奴だぜ。なァ?エリザ。」

「私に同意を求めないでください。そもそもこれは逢瀬ではありません。私は貴方が何者なのか知りたいだけです。」

「つれないこと言うなよ。昨日は乳繰り合った仲じゃねーか。」



テオドール殿下からの意味深な視線を受け、昨日の胸を揉まれるという有り得ない光景を思い出してしまった私は、頬がカッと赤くなるのを感じた。そんな私の様子を見たテオドール殿下はニヤニヤとした笑みを浮かべる。



「ははっ!かわいー反応するようになったじゃん!昔は常にポーカーフェイスだったのに、だいぶ丸くなったなァ。」



ゲラゲラと下品に笑う殿下にとても不快な気持ちになった。それが顔に出てしまったが、何故か殿下はさらに笑みを深くした。解せぬ。



「…乳繰り?」



隣から抑揚のない声が聞こえてきた。



「姉上、そんな話し聞いてないですけど。」



穏やかな表情で私に問う義弟。いつものようだが、そうじゃない。目が、笑っていないのだ。私は顔を引き攣らせた。


過保護の義弟の事だ。そういう反応をすると分かっていたから、あえて言わなかったのよ、とはとても言えない。私は視線を泳がせる。



「おいおい、そんな小姑みたいにいちいち目くじらを立てんなよ。これだから、拗らせどうてi」



殿下の声は最後まで聞こえなかった。何故なら途中で義弟に両耳を塞がれたからだ。なにか魔法でも使ったのだろうか、全く音を拾うことが出来なかった。



「姉上の前で下品な発言はお控えください。」

「ねぇ、ユーリ。殿下はなんて言ったの?」

「姉上は気にしなくて大丈夫ですよ。さて、これ以上は時間の無駄です。帰りましょう、姉上。」



ユリウスはにっこりと微笑み、私の手を取り立ち上がろうとする。



「ちょっと待てよ。話しがまだ終わってないだろーが。」

「そもそも殿下はお話しする気がおありなんですか?僕と姉上は貴方の戯れ言に付き合っていられるほど暇ではないのです。」



帝国の皇太子殿下に向かってユリウスは常に辛辣で時折、肝を冷やす。


私と同じように殿下のことをよく思っていないのだろう。誰に対しても穏やかに接している義弟に、こういった一面もあったのかと私は少し驚いていた。


まぁ、義弟と殿下は全く異なるタイプの人種だ。お互い相容れないのかもしれない。



「俺だって暇じゃねーよ。ほら、エリザ、これを飲め。」



そう言うテオドール殿下の瞳が昨日のように青く煌めく。その美しさに魅入っていると、いつの間にか目の前にあるテーブルの上にひとつのティーカップが置かれていた。中身は…紅茶だろうか?透明感のある茶色の液体が見える。



「テオドール殿下、これは…?」

「俺様が直々に入れてやった茶だ。いいから飲め。そうしたらわかる。多分」



多分って…。


やけに自信たっぷりに言う割には、最後に保険を掛けてきた殿下を胡乱げに見てしまう。その視線を受け取った殿下は顎を使って、早く飲めと私を急かす。


本当はこんな得体の知れないものを飲みたくはないが、帝国の皇太子殿下からの命令とあれば従わなければならない。こういうの確か、巷ではパワハラと呼ぶのではなかっただろうか。自分の権利を利用して嫌がらせをするという…


私はテーブルからカップを持ち上げ、香りを嗅ぐ。微かに甘い香りがするが…これは…カモミール?義弟がいつも入れてくれるカモミールティーよりもだいぶ香りが弱い。


カップの縁に唇を付けようとしたが、それは義弟の手によって阻まれた。義弟は、カップの持ち手を掴んでいる私の手の上に自身の手を重ねてきたのだ。「どうしたの?」と言う暇もなく、カップの中の液体は義弟の口の中へと流れていった。


至近距離で見る義弟の顔の造形の良さに目を奪われる。長い睫毛に左目の斜め下にある泣きぼくろ。そしてカップの縁に触れている形の良い唇…。ゴクリと喉がなる。私ではなく義弟のだ。上下に動く喉の動きがひどく艶めかしく感じられ、目が離せなかった。



「…何やってんの、お前。」



テオドール殿下の声にはっと我に戻る。ユリウスもカップの縁から唇を離した。



「毒味です。毒は入っていないようですが…まさかこれを姉上に飲ませる気ですか?」

「失礼な奴だなァ。俺が毒なんて入れるわけないだろ。お前の中で俺のイメージ、どーなってんの。…はぁ、お前が居ると話しが進まないという事がよぉーーく分かった。はいっ、退場ー。」



テオドール殿下の瞳が煌めいた瞬間、ユリウスは隣から姿を消した。



「ユーリ!?殿下、ユーリを何処に…」

「慌てんなって。すぐにわかっから、な。」

「どういう意味ですか…?」



殿下の言葉に首を傾げていると外から女生徒達の悲鳴が聞こえた。何事かと私はカップをテーブルに置き、悲鳴が聞こえている窓に近づいた。今気づいたが、この部屋からは中庭の景色が見えるようになっているようだ。



「シューンベルグ卿が天から舞い降りたわっ!!」

「天使の降臨よっっ!」

「あぁ、神よ。ありがとうございますありがとうございます。」



ユリウスは中庭に転移されてしまったようだ。興奮する女生徒達の中央にはユリウスが居るのだろうか。埋もれてしまって姿は見えない。



「こうして、おじゃま虫クンは毒花達の極上エサとなりました。ちゃんちゃん。」

「変なおとぎ話を作らないで下さい。私、ユーリを助けにいかないと…」

「大丈夫だろ。アイツ、よく女に囲まれてるし…慣れてんだろ。それよりも早く飲めよ。せっかく邪魔者が居なくなったんだからよ。」



本当に大丈夫なのだろうか。ちらりと中庭を見れば女生徒達はユリウスを何処かに担いで行ってしまった。


―…何処に連れていく気…??


殿下のご希望通り早くお茶を飲んでユリウスを助けに行かなければと思った私は再びソファーに座り、お行儀は悪いが、そのお茶を一気に飲み干した。



「…。」



あまりの不味さに思わず真顔になった。


有り得ない。何だこれは。


温いお湯に適当な蒸らし。入れすぎた茶葉のせいか、エグ味の主張が激しい。よく見れば底に何かの茎が溜まっている。はっきり言って酷いカモミールティーだ。そもそもこれはハーブティと言って良いのだろうか。


こんな酷いカモミールティーを人に堂々と出せる人物を私は1人だけ、知っている。だが、それは…



「…貴方は…モニカですか?」



私の問いにテオドール殿下はニヤリと笑った。



「ご名答ー。」



モニカは300年前、前世の私に仕えていた侍女で…処刑される前夜に私を助けようとしてくれた唯一の人物だ。


彼が、そのモニカ…?



モニカは正真正銘、女性のはずだ。



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