目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第17話

カトリナの件から早くも数日が経ち私がユリウスを虐めているという噂は、いつの間にかカトリナがユリウスにフラれたという噂にすり替わっていた。あの日以来、カトリナは私の前に姿を現していない。


そして、コツコツと名誉回復運動し続けた甲斐あって小馬鹿にしてきた生徒達は、私を一目置くようになった。実に善い傾向だ。


おかげで、平和で落ち着いた学校生活を送っている。


そんなある日の休日、天気も良いので久々に外で本でも読もうかしら、と思いながら邸の廊下を歩いていると後ろから「お嬢様。」と声を掛けられた。振り向けば家令のブルーノが困り顔でそこに立っていた。



「ブルーノ、どうしたの?」

「坊ちゃんを見ませんでしたか?」

「見てないけど…。」

「そうですか…。」



残念そうに肩を落とす家令の手には手紙が握られていた。



「それは?」

「先程、学校から坊ちゃん宛に届いた手紙です。邸中を探しているのですが見つからなくてですね…。」

「忙しいのに大変ね…。多分あの子のことだからサンルームにいると思うけど…あ、私でよければ届けてくるわ。」



家令のブルーノは父の領地運営を手伝っており、とても多忙を極めているのだ。そんなブルーノの力に少しでもなればと手紙を届ける代理を申し出た。



「いいんですか?」

「えぇ。暇を持て余してたし、ちょうどいいわ。」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして…お願い致します。」



家令から手紙を取った。


学校がユリウスに何の用件で手紙を送ってきたのかしら、と私は首を傾げながらサンルームへと向かった。


広大な敷地にある瀟洒なシューンベルグ邸のサンルームには、珍しいものからポピュラーなものまで多くの草木や花々が植えられており、まるで森林にいるような気分に錯覚させられる。


その全ての植物をユリウスが育てているため、サンルームというよりもユリウス専用の温室のようだ。ユリウスが学校の寮にはいらず、邸からの通学を決めた理由の1つでもある。


ユリウス曰く、全面ガラスで造られたサンルームには太陽の恵みが燦々と惜しみなく注がれるため、栽培に最適だそうだ。



「ユーリ、居る?」



サンルームの戸を開け、奥にいるであろうユリウスに声をかける。案の定、奥の方からユリウスがひょっこり顔を出した。



「あぁ、姉上。ちょうど良かった。今、お茶を入れたところでして…一緒にいかがですか?」

「本当?せっかくだし頂こうかしら。」



サンルームに足を踏み入れれば、甘い香りが鼻腔をくすぐる。まるで林檎のようなこの香りは…カモミールだ。



「今日も綺麗に咲いているわね。」



入口付近の足元には、可愛らしく咲いたカモミールがお出迎えしてくれる。私はその場にしゃがみこみ、その花の香りを吸い込んだ。


カモミールはノルデン帝国ではとてもポピュラーな花だ。ノルデン帝国は北に位置している為、耐寒性の強いカモミールが育ちやすいのだろう。街でもよく咲いているのを見かける。



「姉上の好きな花ですからね。一番愛情込めて育ててますよ。」

「……ありがとう。」



さらりと言ってのける義弟に嬉しいのやら恥ずかしいのやらで、少し照れた私は話題を変える。



「カ、カモミールだったら温室じゃなくてお外で育ててもいいんじゃない?」



邸でカモミールが見られるのはこのサンルームのみ。残念ながら邸の庭には咲いていないのだ。…昔は咲いていたのに…。


自分の部屋から庭に咲くカモミールが見えたら素敵かもしれない、と咄嗟の思い付きだが名案のように思えた。私は期待を込めてユリウスを見上げたが、ユリウスは残念そうに眉を下げていた。



「すみません、姉上…。外ですと僕の魔法での管理が難しくなってしまいます…。」



申し訳なさそうに目を伏せるユリウスに私は慌てた。


このサンルームにある植物達はユリウスの魔法によって管理されている。仕組みは分からないが、そのおかげで季節関係なく四季折々の草木を同時に楽しむことができるのだ。このカモミールも枯れることなく一年中咲き続けている。



「い、良いのよ、謝らないで。ユーリのお陰でいつでもカモミールが見れるのだもの。私、とっても嬉しいわっ。」

「…姉上…。」

「それにユリウスが育てたカモミールは帝国一、綺麗だわ。」

「ふふっ、流石にそれは大袈裟ですが…ありがとうございます。」



穏やかに微笑む義弟を見て私はほっと胸を撫で下ろす。


ユリウスも私の隣にしゃがみ込み、カモミールを見た。



「室内で育てた方が綺麗に咲いてくれるんです。」

「そうなの?」

「えぇ。ここに居れば雑草も生えにくいですし、害虫に襲われる心配もない。雨や風などの天気にも左右されませんから学校に居ても安心出来るのです。」

「なるぼど…。」



ひどく優しげな表情でカモミールを撫でる義弟の横顔を見ながら、何をしていても絵になる男だなと思った。私はその横顔から再びカモミールに視線を向ける。


…素人意見だが、私は広い空の下で伸び伸びと咲くカモミールが一番綺麗なんじゃないかと思う。小さいが踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つ、強い花なのだから。


外で咲いているほうが、相応しいように感じるのだ。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?