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第13話

中庭を後にし、私とユリウスは邸の馬車に揺られていた。



「で?カトリナ゠クライネルトと何を話していたの?」

「大したことは話してないですよ。ただ、これ以上間違った噂を流すのは止めてください、とお願いしただけです。」

「…知ってたの?」



噂を流していたのがカトリナだとユリウスが知っていたことに驚き目を見張る。



「えぇ。噂の件で僕に話しかけてくる方に誰から聞いたのかと、それを辿っていったらカトリナ嬢に行き着きました。…なので今日、僕からカトリナ嬢にやめてもらうよう言っておきますね、とお昼にお話ししたのですが…」



じっと、まるで責めるような視線に居心地の悪さを覚えた私は「ごめんなさい。」と蚊が泣くような小さな声で謝ることしか出来なかった。



「今度から気をつけていただければ、それでいいです。…まぁ、これで明日から噂は落ち着いてくると思いますので安心して下さいね。」




なんてことのないように話す義弟に軽くめまいを覚え、顔を両手で覆った。


説得には手を焼くだろうと思っていたカトリナの件が、まさか義弟の手によってこうも簡単に解決してしまうなんて…。


何にも出来なかったことと、またしても義弟の手を煩わせてしまったことに酷く落ち込んだ。

そんな私の様子を見て何を勘違いをしたのか、ユリウスは見当違いなことを言ってくる。



「姉上、そんなに心配しないでください。カトリナ嬢もちゃんと分かってくれましたし、もう変な噂が流れることはないでしょう。」



…その言葉に少し違和感を覚えた。


あのカトリナがお願いするだけで素直に「分かりました。」と頷くだろうか。

それに最後のカトリナの様子は明らかにおかしかった。遠目で見ていても分かるぐらいに…。あんなに顔を青くするなんて、何か違うことを言われたのではないだろうか?それともただの私の考えすぎか?



「姉上。」

「あ…。」



―いけない、私また…。



「深く考えすぎて周りが見えなくなってしまうのは姉上の悪い癖です。」

「うっ」



ごもっともなことを言われた私は、手で顔を覆ったまま何も言えなくなった。

…最近、こればっかりだ。私はユリウスの姉なのに、なんて情けない姿なのだろう。



「…僕は、そんなにも頼りないですか?」

「…?」



頼りないも何も頼りになり過ぎているから、私の姉としての威厳が保たれなくなっているのだが…。(元からそんなものないでしょ、なんて突っ込みはこの際置いといて…)


姉の欲目だが、こんなにも姉に対し出来た義弟は世界に2人といないだろう。

そう思いながら私は手から顔を上げ隣に居るユリウスを見て、息を呑んだ。



「…なんて顔をしているの…?」



思わず、両手をユリウスの両頬に添える。


いつもの大人びていて穏やかな表情を浮かべている義弟ではなく、まるで幼い子供が迷子になった時の様に不安げに瞳を伏せる義弟の姿がそこにあった。


いつものユリウスに戻って欲しくて必死に言葉を紡いでいこうとするも、思うように気持ちが伝わらない。


社交界の渡り方や、それに伴うマナーだったら誰より心得ていると自負しているが、こういう時、なんて言ってあげたら良いのだろうか、正解が分からない。前世ではこんな風に誰かを想うことなんてなかったもの。



「ユーリはとっても頼りになるわ。私、貴方の姉なのに小さい時からいつも助けてくれたでしょ?…この前だってユーリが居てくれたから、こうやって学校にも通えているの。だから…そんな顔しないで頂戴…」



言いながら思ってしまった。


人間として大切なものが欠如している、この私がユリウスの姉だなんて…なんておこがましいことだったのだろう、と。



「…姉上こそ、なんて顔をしているんですか。」



そう言いながらユリウスは私の手の甲に自身の手を重ね、優しく握ってきた。



「…どんな顔をしているの?」

「迷子になって泣いていた…昔の姉上のような顔です。」

「それは、貴方の方よ。」

「じゃあ、同じですね。」



柔らかく微笑んだユリウスにほっと安堵の息を漏らす。


どうやら私とユリウスは同じ顔をしていたようだ。血の繋がりはないが、本物の姉弟のように育ってきたユリウスと私の間は何か深いもので繋がっているのかもしれない。


ユリウスは再び目を伏せて話し始めた。



「最近の姉上は1人で何でもこなそうとしていて…無理をしているんじゃないかと心配になります。」



思い当たる節がありすぎて何も言えない。私は黙ってユリウスの言葉に耳を傾ける。



「それと同時に、姉上は僕なんか要らなくなって…どこか遠くに行ってしまうのではないかと…毎日が不安です…。」



私の手を握るユリウスの手がギュッと力を入れてきた。



―そんなことを…考えていたの?



今まで、少しでも義弟の気持ちを考えようとしたことはあっただろうか。


いつも自分のことばかりを考え、義弟のためと行動していたことも結局は自分の為。…ひとりよがりだったのだ。


義弟に対してあまりにも自分勝手だったことに気付き、自責の念に苛まれた。



「姉上、どうか僕の目の届かない所へ行かないで下さい。僕は…貴女が居ないとこの世界で生きていけない…。」



不安定に揺れるシトリンの瞳を見て、私はユリウスと初めて会った時のことを思い出した。






*****




今から10年前、ユリウスは父の胸に抱えられながら突然、シューンベルグ邸へとやって来た。




今にも死んでしまいそうなほど衰弱しきった身体で…。



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