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第12話

ユリウスとの昼食を終え、私は教室に向かった。適当な席に着くと、数日前に“お友達”になった女生徒たちが浮かない顔をして私の元へとやって来た。



「申し訳ありません、エリザベータ様…。何とかこの噂を止めようとしたのですが…私達の力不足のせいで上手くいきませんでした…。」



しゅんと肩を落とす彼女達は、彼女達なりに噂を止めようとしてくれていたようだ。



「謝らないで下さい。私の為に色々としてくれて嬉しいですわ。」



これは本当。自分の為に動いてくれたことは素直に嬉しい。



「ですが、誰が噂を流しているのかは特定出来ました。…カトリナ様です。」



―でしょうね。



ヴェーレグ辺境伯の孫娘であるカトリナの発言力は強い。たった数日で学校中に広まるぐらいに。



「…そう、ヴェーレグ伯爵令嬢が…。皆さん、色々と調べてくれてありがとうございます。人の噂も七十五日と言いますし、そのうち落ち着くでしょう。今がきっと耐え時なのですわ。」

「エリザベータ様…。」



丁度始業の鐘が鳴ったため、会話はそこで終了となった。



教科書を開き、考える。


今も尚、偽りの噂を流しているカトリナを何とかしなければ噂は消えることはないだろう。噂というものは人から人へと伝わり、それによって余計な尾ひれがついてしまうものだ。その上、その誇張された噂によって取り返しのつかない事態へ陥ってしまうおそれだってある。危険だ。早々に対処が必要なのだ。だからこそ…。



―今日でこの噂をとめるわ。



放課後、直接カトリナに会うことにした。






*****




授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。本日の授業全てが終わった。


私はそそくさと荷物をカバンに仕舞い、軽くお友達に挨拶をしてからカトリナの元へ向かった。


カトリナの教室を覗けば、すぐにカトリナを見つける事が出来た。何故かソワソワとした様子で帰り支度をする彼女の背中に歩み寄り声を掛ける。



「ヴェーレグ侯爵令嬢、後ろからごめんなさい。少しお時間頂いてもよろしいですか?」

「まぁ!お姉様っ!」

「おね…え?」



満面の笑みを浮かべ、こちらを振り返るカトリナに狼狽える。声をかける相手を間違えたか?だが、目の前に居るのは紛れもなく私に「いつか痛い目に遭わせてやるっ!」と鬼の形相で言ってきたカトリナだ。


そんな彼女が私のことを“お姉様”だと?


今起きているこの状況を上手く呑み込めないままの私にカトリナは構わず話し続ける。



「やだわっ!お姉様ったら、私のことは“カトリナ”と呼んでくださいまし。」

「か、カトリナ様?」

「様なんてつけなくても…あら、やだ。もうこんな時間っ!お姉様、申し訳ございません。この後とっっても大切な用事がありまして…また今度ゆっくりとお話ししましょう!御機嫌ようっ!」



そう言ってカトリナは足取り軽やかに教室から出ていった。まるで嵐のようなカトリナが去った教室には、唖然と佇む私と生徒たちが取り残された。



―…な、何が起きたの?



これは私を陥れるための新手の嫌がらせなのだろうか。周りの様子を伺えば、負のどよめきが起きていた。


…ずっとここに居ても仕方が無い。残念だが噂の件はまた明日にしよう。私はその教室を後にし待機してくれているであろう邸の馬車へと向かった。






*****






中庭にある渡り廊下を通らなければ、馬車が待機している外へと抜けることは出来ない。やや早足で廊下を通り過ぎようとしていると、中庭に見覚えのあるミルクティー色の頭が木の影から見えた。ユリウスだ。


声を掛けようと口を開くが、ユリウスの向かいに誰かがいるのに気付く。誰だろう、木の影が邪魔をして良く見えないが…友達だろうか?



―友達だったらここで声をかけたら悪いわよね。…でも、顔ぐらいは拝んでおきたいわ。



好奇心から二人の姿がちゃんと見えるような位置まで足を進め、お相手の姿を確認できた瞬間、足を止めた。


カトリナだ。


ユリウスと一緒に居たのは先程用事があると言って嵐のように去っていった、あのカトリナだった。

これがカトリナが言っていた大切な用事だったのか。

ここから少し距離があるため会話は聞こえないが、親しげな雰囲気は遠目でも分かった。

この学校は未来のパートナーを探す場でもあるため、男女がああして会話を楽しむ姿は別に珍しくない。



「あそこに居らっしゃるのはシューンベルグ卿じゃない?」

「まぁ!本当だわ。遠目でもわかるあの美貌…。国宝級よね…。」

「…あら、隣にいるのはカトリナ様よね?」



私以外にも二人の存在に気付いたようだ。



「どちらもお美しい…。」

「ああして、お二人が並んでいるとまるで絵画のようだわっ!」



女生徒達が言うように、ユリウスは言うまでもなく美しいが、カトリナも負けず劣らずと美しい。艶やかな赤髪とルビーの瞳を持つカトリナはまるで気高き一輪の薔薇のようだ。…棘が多すぎるのが玉に瑕だが…。


カトリナは私の事を“お姉様”と呼んできた。

…つまり、そういうことなのだろう。

きっとカトリナはユリウスの恋人なのだ。

幸い彼女の家となら充分こちらとも釣り合いがとれているし問題はない。


ユリウスに恋人が出来たのは大変喜ばしい。喜ばしいはずなのだが、素直に喜べない。何故なら、彼女は私に不利益な嘘の噂を流している張本人なのだ。


あの様子だとユリウスはカトリナに騙されているのだろうか?だとしたらここは助けに行くべき?でも、こういった男女のデリケートな部分に姉が口を出すのは如何なものか。


ぐるぐると思考が巡る。何が正解なのか分からない。



「あら?どうしたのかしら…。」

「カトリナ様の様子が変よ?」



女生徒たちの言葉に我に返る。再びユリウス達へ視線を向けると確かに女生徒達が言っているようにカトリナの様子がおかしかった。

まるで恋する乙女のように(実際そうなんだろうが)頬を赤く染めながら会話を楽しんでいたカトリナは、いつの間にか顔面蒼白になっており微かに体も震えている。


一体何が…と思っているとカトリナはユリウスから逃げるように去っていった。


それを目撃していた女生徒たちはザワつきはじめる。



「今のはどういうことですの?」

「フラれたのかしら?」

「痴話喧嘩…ではないですものね?」

「きっとシューンベルグ卿がカトリナ様の告白を断ったのよ。」



好き勝手言っている女生徒たちに向かって咳払いをすると、彼女達は気まずそうにその場から居なくなった。



―あの様子だとまた噂になりそうね…。



今も昔もこういった恋愛絡みの噂は令嬢達の大好物だ。ただただ、カトリナが噂に酷く食い殺されないよう願うばかりである。


私は軽くため息をついた。


「姉上。」



振り向けばこちらに向かうユリウスが居た。



「…貴方、カトリナ=クライネルトと何を話していたの?…あ、いや、別に言いたくなければそれで…男女の仲にとやかく言うつもりはないから、安心して頂戴。」

「…姉上、何か勘違いをしていますね。カトリナ嬢とは何も無いですよ。」

「恋人じゃないの?」

「違います。」

「じゃあ一体何を…。」



誰もが知りたいであろう質問を問い掛けたのだがユリウスは何故か眉をひそめた。



「何って…。やっぱり姉上、お昼の時の僕の話聞いていなかったんですね。」

「え……と……。」



確かに聞いていなかった部分があるのは事実だ。図星をつかれユリウスから視線を逸らす。



「…立ち話もあれですから、続きは馬車の中で話しましょう。」



そう言うユリウスの手には今私が持っているはずの鞄が握られていた。…いつの間に…。


驚く私にユリウスはにっこり笑った。



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