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第10話

早くも入学した日から数ヶ月が経った。




この数ヶ月間 “名誉回復、姉としての尊厳を取り戻せっ!”をモットーに嫌味を言ってくる令嬢に対し逆に嫌味で言い負かしてあげたり、「俺が娶ってやるよ。」と言ってくる子息の自尊心をへし折ってあげたりと、まるで迫り来る敵をバッタバッタと切り伏せる騎士の如く過ごしていた。


そんなある日、教授の都合により授業が無くなり空き時間が出来た。これは幸いと思い私は調べものをするために誰も居ない第1図書館に訪れた。


一般校舎には第1と第2と呼ばれる2つの図書館が併設されている。


第1図書館は古い書物が置いてあるもほぼ物置となっており利用する人はほぼ居ない。それに比べ第2図書館は近代化書物を多く取り入れており、授業で使える教材も豊富なのでよく利用されている。


目的の本を見つけ適当な席に着く。誰も居ないし集中できそうね、と思いながら本を開こうとした時、騒々しい足音が廊下から聞こえてきた。…嫌な予感がする。残念なことにその予感は的中してしまった。


乱暴に図書館の扉を開け、入ってきたのは数名の女生徒だ。



「カトリナ様、話が違うじゃないですか!」

「シューンベルグ公爵の娘は常識が欠けていて無能だから、こちらが簡単に優位に立てるって言ってましたのにっ。」

「私だって何が起きているのか分からないのよっ!だって前に会った時はもっと馬鹿っぽかったんだものっ!!」



バ…馬鹿。せめて世間知らず、ぐらいに留めて欲しかった。


本棚で死角になっているため私の存在には気付いていないようだ。前世の記憶が無かったとはいえ、女生徒たちの言葉に軽く落ち込む。どうしたものかと考えている間にも彼女達の会話は続いていく。



「計算が狂ったわ…。あの頭が空っぽ女を脅して利用すればユリウス様と誰よりも早く、お近付きになれると思っていたのにっ…!」

「まさかこちらが恥をかくだなんて…。」



何となく聞いたことのある声だと思ったら最近私に突っかかって来ていた女生徒たちのようだ。


…なるほど、そういった思惑があったのか。脅しだなんて穏やかではない。


カトリナと呼ばれている女生徒には覚えがある。


カトリナ=クライネルト。ヴェーレグ辺境伯の孫娘だったはずだ。帝国の重要な国境付近の領土を治めている一族で軍事力の高い貴族である。


…正直、関わりたくない。敵にすると少々面倒な相手だ。だが、この会話を聞いて見過ごすことは出来ない。


私は手に持っていた“ノルデン帝国歴史書”を机の上に置き、腰掛けていた椅子から立ち上がった。その物音に気付いたカトリナは過剰に反応する。



「誰っ!?」

「御機嫌よう。」



本棚の陰から歩み寄り微笑んでみせると彼女達の顔が分かりやすく強ばった。



「何やら脅すとか物騒なお話が聞こえてきましたが…。」

「まぁ!シューンベルグ公爵令嬢である貴女が盗み聞きですか。なんていやらしい方なのかしら?」

「カトリナ様の言う通りですわっ!」



強気な笑みを浮かべた彼女達は、まだ自分たちが優位だと思っているようだ。



「盗み聞きも何も先にここに居たのはこちらですよ。それに貴女たちこそ裏でコソコソと…いやらしいのはどちらかしら?」

「ぐっ…。」



どうやら言い返せないらしい。もし何か言ってきたとしても彼女達の思惑を全て聞いた私にはどんなことも言い返せる自信はある。


悔しそうに唇を噛むカトリナと気まずそうに視線を逸らす女生徒たち。私は彼女達の間に僅かな溝を見つけた。



「…今からお話しすることは独り言なので気にしないで下さいね。」

「何言って…。」



怪訝な顔をする彼女達に構わず話し始める。



「私を脅して弟に近づくよりも、私に上手く取り入った方が角が立たない上に弟に近づく一番の近道じゃないかしら。」



私の独り言にはっと息を呑む彼女達に呆れる。


普通ならそう考えるはずだが彼女達は最初から私をくいものにしようとしていた。…最初から彼女達は間違っていたのだ。



「違うのですっ!公爵令嬢、私はカトリナ様に脅されていまして…これは私の意思では無いのです!!ですので、どうか…どうか、これまでのご無礼をお許しください…!」



一人の女生徒が必死にそう主張する。すると他の女生徒たちも後に続き謝罪をはじめた。それを私は冷めた気持ちで見つめる。



「あ、貴女たち…裏切る気っ!?」



声を荒らげるカトリナに、もう誰一人として味方はいない。カトリナと女生徒たちの間の溝は完全に拡がった。人間誰しも自分が一番可愛いのだ。


私は何も言わずただ静かにカトリナを見つめる。その視線に耐えられなくなったカトリナは「いつか痛い目にあわせてやるっ!!」と言い放って図書館から走り去った。


図書館に再び静寂が訪れる。図書館に残された女生徒たちは、気まずそうにそこに佇む。そんな彼女達に私は極めて優しく声をかけた。



「貴女達も大変でしたね…。」

「えっ、いえ…。」

「きっと彼女は、貴女たちの優しさに甘えてしまったのかもしれませんね。…でも少し羨ましい…。私には甘えられるようなお友達が居ないもの…あぁ、急にごめんなさい。今のは聞かなかったことにして下さる?」



目を伏せ哀愁を漂わせる。すると彼女達はごくりと喉をならした。



「無礼なことをしてきた私達にチャンスを下さるんですか…?」



窺うような彼女達ににっこりと微笑む。



「チャンスだなんてそんな…私はただお友達が欲しいだけ…。貴女方が嫌じゃなかったら私とお友達になってくださいませんか?」

「…っ!はいっ!勿論でございます。必ずシューンベルグ公爵令嬢のお力になってみせますわ!」

「公爵令嬢だなんて堅苦しいですわ。もうお友達なんですから名前で呼んでください。」

「は、はいっ!エリザベータ様!」



…上辺だけの付き合いならいくらでも出来る。彼女達だってそうだろう。互いの利害が一致しての関係だ。私も彼女達もその家の価値しか見ていない。


人を疑うことを知らなかった前世の私は、何度も騙されてその度に酷い目にあってきた。彼女達の残酷さは誰よりも知っている。


もう、誰も信じない。信じられない。



「エリザベータ様、あのカトリナ様のことですから、きっと懲りずにまた何かしらやってくると思います。」

「ですが、必ずしも私達が貴女をお守りしますから安心して下さい。」

「まぁ、頼もしいですわ。」



一人一人の力は弱いが彼女達が集まれば強い力となる。カトリナに負けず劣らずの、強い力だ。


胸に手を当て「任せてくださいっ!」と言わんばかりに私をキラキラとした目で見つめてくる彼女達は、まるで花のように可愛らしい。



「実はカトリナ様にはずっとウンザリしていたんです。」

「私もですわ!ずっと自慢話しかしないんですもの。」

「先程の顔見ましたか?全生徒に見せてあげたいぐらい、素敵な顔でしたわ。」



ほら、300年前と一緒。




とても可愛らしく、残酷な花々だ。







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