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第4話

「きゃあああ!?」



私はベッドから飛び起きた。思わず自分の首を触り、繋がっていることに安堵する。


あぁ、なんて恐ろしい。


見渡せば辺りは夜の闇に包まれていた。カーテンの隙間から漏れ出る淡い月明かりが家具や壁紙をぼんやりと照らす。見慣れた家具に自身の部屋だということが分かった。


身体はじっとりと汗ばみ、心臓はどくりどくりと激しく波打っている。その激しさに手先までカタカタと震えていた。


落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせ、何とかその震えを止めようとする。



―コンコンコン



「ひっ」



暗闇の中で響く扉からのノック音にビクリと肩を震わす。



「姉上、大丈夫ですか?今悲鳴が聞こえましたが…」



扉の向こう側で心配そうに声を掛けてくるのは義弟のユリウスだ。私を姉上と呼ぶのはこの世で彼しか居ない。



「…入りますよ。」



返事のない私にしびれを切らしたのだろう。ユリウスは一言断ってからそっと部屋の中へと入ってきた。そして私と目が合った途端、その蜂蜜のようなシトリンの瞳を大きく見開いた。



「姉上、お顔が真っ青じゃないですか。」



ユリウスはこちらに駆け寄り、ベッドの上にいる私の傍らで両膝をついた。そうすると私の方が高い位置になる為、ユリウスは自然と上目遣いで私を見上げる形となる。



「…大丈夫よ。少し嫌な夢を見ただけ。」

「とても大丈夫そうには見えません。ほら、こんなにも震えている…。」



そう言ってユリウスは今だに震えている私の手をそっと両手で包み込む。彼の手から伝わる温もりがあまりにも温かくて自分の手が思っていた以上に冷えていたことに気づいた。


しばらくそうしているとユリウスの温もりのおかげか震えは収まり、少しずつ冷静さを取り戻してきた。



「もう大丈夫よ、本当に夢見が悪かっただけなの。…それよりも貴方、熱は?大丈夫なの?」



社交界当日、一緒に行くはずだったユリウスは熱を出し自宅待機となってしまったのだ。



「僕はもう大丈夫です。すっかり熱も下がりこの通り元気です。」



そう言う彼は確かに顔色が良さそうだ。



「そう、悪化しなくてよかったわね。」



義弟は昔から身体が弱く、よく熱を出しては寝込むことが多かった。最近は体調を崩すことも無くなり、すっかり健康体になったのだと思っていたが…。



―油断しちゃダメね。これからはちゃんと気にしてあげないと…。



「僕よりも姉上の方が心配です。…その、覚えてますか?」

「馬車で倒れた所までは覚えているわ。その後はどうなったの?」

「えっとですね、倒れた姉上を邸まで連れて帰ってきた父上はすぐに医者を呼び、姉上を診てもらいました。医者曰く精神的な疲労だと、しばらく安静にしてれば大丈夫、とのことでした。」

「そう…。私、どれぐらい寝てた?」

「2時間ほどですかね。まだ日付は変わっていません。…姉上、ずっと聞きたかったのですが社交界で何かありましたか?」



―社交界。



その単語に身体が強ばる。



「…いえ、何も無かったわ。私、今までああいう集まりに行ったことが無かったし自分が思っていた以上に緊張していたのかも。」



ずっと握られていた両手を、するりと布団の中に隠した。



「嘘つき。」



バチッとシトリンの瞳と目が合う。



「何年一緒に居ると思っているんですか。姉上の嘘ぐらい簡単に見破れます。それに何だかいつもの姉上じゃないみたいで…その、壁を感じます…。」



鋭い…というよりも私が分かりやすすぎるのだろう。すべてを見透かしたようなそのシトリンの瞳に居心地の悪さをおぼえた私は思わず視線を逸らす。


「姉上。」と、咎めるような口調。



「…言っても、きっと信じないわ。」

「信じます。僕が姉上を信じないなんて有り得ない。」



そう言いきってしまうユリウスに思わず苦笑いする。



「本当に?」

「命を懸けても良いですよ。」

「そんな簡単に命を懸けないで。」

「すみません…。」



しゅんと目を伏せる義弟は何とも可愛らしい。思わずユリウスの頭に手が伸びる。少し癖のある柔らかな髪を撫でてあげれば気持ち良さそうにシトリンの目を細めた。


―まるで猫みたいね。



姉の欲目では無く義弟は本当に可愛らしい見た目をしている。ミルクをたっぷりと混ぜ込んだようなミルクティー色の髪に、母性本能を擽るやや垂れ目の甘い蜂蜜のようなシトリンの瞳。…そう言えば邸で働く侍女達が彼の左目の斜め下にある泣きぼくろが色っぽく、より一層見る者の感情を掻き乱すのだと言っていた。これを聞いた時はよく分からなかったが、今なら彼女達が言っていたことがわかる。


可愛らしさだけでなく成長と共に艶っぽさも出てきた義弟を世の女性達はほっとかないだろう。


「話せば長くなるわよ。」

「構いません。」



幼い頃から一番側にいて、いつも支えてくれた同じ歳の義弟なら受け止めてくれるかもしれない。


…私はぽつりぽつりと話し始めた。


300年前のこと、そしてアルベルト様と同じ顔を持った殿下のことを…。


ユリウスに話していくことで、自分の身に何が起きたのか少しずつ整理することが出来た。


処刑されたエリザベータ=コーエンは300年経った今、エリザベータ=アシェンブレーデルとして生まれ変わったのだ。


偶然にも同じ名前を持って。



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