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第6話

「米崎さーん、一緒に帰ろー」


放課後、1-Cの教室で詩歌が教科書を鞄に詰めている所に蒼芽がやってきた。


「えっ? あ、う、うん……」


蒼芽の言葉に一瞬意外そうな顔をした詩歌だが、すぐに頷いた。


(そ、そうだよね……友達なら一緒に帰ることもあるよね……)


詩歌は昼休みに蒼芽と友達になったことを思い出した。

蒼芽的にはもっと前から友達だったらしいのだが、詩歌が自覚したのは昼休みなので、詩歌としては昼休みから友達になったという認識である。


(……でも、放課後は土神先輩に会わせてくれるじゃなかったっけ……? 忘れちゃってるのかな……)


だからと言って間違いを指摘する度胸は詩歌には無い。

蒼芽に促されるままに教室を後にする。

流石にクラスメートたちも朝に比べれば落ち着いたもので蒼芽を質問攻めにする人ももういない。

と言うか、どうでもいい質問が多すぎる。

階段を上る時はどちらの足からかとか、好きなおかずは先に食べるか最後まで残すかとか、そんな事知ったところでどうするというのだろうか?

何はともあれ、教室を出て廊下を歩く蒼芽と詩歌。


「…………さて、もう大丈夫かな」


しばらく歩いた後、急に蒼芽がそんなことを言い出した。


「…………え?」

「流石にあの場で『修也さんに会いに行こう』とは言えなかったからね。一緒に帰るって体で教室を出ることにしたんだ。ゴメンね、事前に言うの忘れてて」

「あ……あぁ、確かに、そうだよね……」


教室でそんな事を言おうものなら、『自分も会いに行きたい!!』というクラスメートが後を絶たなくなる。

ほぼ間違いなく修也のクラスとその周りに迷惑をかけることになるだろう。


「と、ところで……舞原さんは、土神先輩のクラスがどこか知ってるの……?」

「うん、2-Cって言ってたよ」

「えっ……C組?」

「そ。だからクラス別のイベントとかなら一緒のチームになれるんだよ」


そう言って嬉しそうに笑う蒼芽。

だが詩歌にとっては懸念事項が増えてしまった。


「C組ってことは、お姉ちゃんと一緒なんだ……」

「あれ、そうなんだ?」

「……と言うことは、先輩に会いに行くと、もれなくお姉ちゃんとも……」

「ねぇホントに仲悪くないの!? 鬱と言うか、何か悟り開けそうな顔してるよ!?」

「……昔から、お姉ちゃんは、マイペースで……周りを振り回すことが、多かったから……妹の私が、一番巻き込まれてたんだよ、ね……」

「えぇ……それでよく仲悪くならなかったね?」

「それが……本当に、お姉ちゃんのわがままだったら、そうなるんだろうけど……どれも、私の事を、考えてくれての事だからって、分かるから……」


つまりは妹を想うが故の行動と言う事なのだろう。

方法に問題があるらしいとはいえ、理由は素敵なことだと蒼芽は思った。



一方、2-Cの教室では……

白峰さんと黒沢さんの部活(非公式)がヒートアップして混沌としてきていた。

今は『ミニスカートで履ける限界ギリギリの丈はどれくらいなのか』で熱く語っている。


「ですから! あの某国民的アニメの女の子は常時パンチラしてるではありませんの! つまり下着が見える丈の長さでも本人の気の持ちようではセーフですわ!」

「しかしそれでは希少価値が下がってしまいますぞ! 普段見えないからこそ見えた時に達成感を味わうことができるのです! あれだけパンチラしてたらありがたみもへったくれもありませぬ! なので、スカートの中を見せず、それでいて限界ギリギリの丈の長さを追及するべきなのです!」

「くっ……確かにそれも一理ありますわね……それに、あのアニメは頭身が極端にデフォルメされているから参考にするには微妙でしたわね」

「まああのアニメは皆頭大きいですからなぁ……セーターとか着たら一発で襟が伸びますぞ」

「それではもう少し現実に近い頭身の某美少女戦士はいかがでしょう?」

「あれも結構デフォルメされておりますぞ? 主に足方向が。それにあれは変身時のスカートの下はパンツではなくレオタードですが……白峰殿は、見えるのであればスカートの下は何でも良いというタイプですかな?」

「当然ですわ! 『見える』と言うことに価値があるのです! それが下着であろうがレオタードであろうがブルマであろうが、大事なのはそこではありません!」

「それは聞き捨てならないねぇ」

「陽菜先生!?」

「陽菜教諭!? 職員室に戻られたのでは?」


いつの間にか現れた陽菜が二人の間に割り込んできた。


「ブルマと聞いて飛んできました!」

「さ、流石は陽菜先生……私たちにできない事を平然とやってのけるッ」

「そこにシビれる! あこがれるゥ!」

「白峰さんも黒沢さんも、スカートの下に履いたブルマの破壊力を分かっていない!」

「えぇっ!?じ、自分もですか!?」

「し、しかし陽菜先生、ブルマは体育の時に普通に衆目に晒されるもの。その上にスカートを履いたくらいで……」

「そう思うなら実際見てみると良いよ! 黒沢さん、今ブルマ履いてる!?」

「いえ、4時限目の体育が終わった時に脱ぎましたが……」

「じゃあもう一回履いて! 私が直々に教えてあげようじゃないかっ!」

「し、承知致しましたっ!」


そう言って自分の鞄からブルマを取り出して履く黒沢さん。


「……んー、このギリギリ見えそうで見えない感が堪らんねぇ。そうは思わないかね白峰さん」

「そうですわね……この、脚を上げた時にチラッと見える内ももが何とも」

「おっ、そこに目を付けるとは中々良い趣味してるねっ!」

「やはり普段見えない所が見えるのは筆舌に尽くし難いものがありますわ!」

「うん、それは否定しないよ! 『普段見えない所が見える』のと『見えそうで見えない』のは似てるようで違う、しかし魅力はどちらもほぼ同等っ!」

「特に脚に関しては私より黒沢さんの方が美しいから、より映えますわね。あの脚線美はいつ見ても惚れ惚れしますわ」

「そーだねー。上半身は完全に白峰さんだけど、下半身は黒沢さんに軍配が上がるね。あの丸いお尻から太ももに続く滑らかな曲線は何物にも替えがたいよね」


普通にセクハラ発言を連発する陽菜と白峰さんだが……


「どぅふふふふふ……お二方、そんなに褒めても何も出せませんぞ?」


黒沢さん的には褒め言葉だったらしくご満悦だ。

そうこうしているうちに黒沢さんはブルマを履き終えた。


「履けましたぞ、陽菜教諭!」

「よろしい! ならば次はブルマが見えるまでスカートをたくしあげて!」

「えっ? ……こ、こうですかな?」


そう言ってスカートをたくしあげる黒沢さん。


「どうだい白峰さん! この『ブルマだから別に見られても平気。だけどスカートをたくしあげて自分から見せるのはちょっと恥ずかしい……』というこの微妙な境界線上にのみ垣間見える魅力は!」

「あの……確かに魅力的ではありますが……お言葉ですが陽菜先生、これはブルマ云々ではなく、むしろたくしあげによる効果の方が強いかと……」

「シャラーーーップ!! 君たちは今、見えない所が見える事の色気について語ってたんでしょうがっ!! スカートを脱がずにブルマを履く体勢! その時に見えた内もも! でもパンツは見えないギリギリ感! スカートをたくしあげた時に黒沢さんが見せた絶妙な羞恥心! 『見える』と『見せる』の似て非なる魅力! どれも普段は見えないもの! そして見えた時に例えようのない魅力を感じるもの!! それが分からぬかーっ!!」

「はっ!? そ、それは……!!」

「それが分からないならまだまだ未熟! はい役柄交代! 次は白峰さんがやるんだよ!」

「わ、分かりましたわっ!!」


そう言って今度は白峰さんが自分の鞄からブルマを取り出す。


「ストーーーップ!! まだ分かってないの白峰さん! 履く時同様に、脱ぐ時にもまた同様の魅力があるのにそれを見逃す気かっ!!」

「も、申し訳ございません!!」


……ただでさえ混沌としていた教室の一角が、陽菜が混ざる事によってもう無秩序空間と化していた。


「……頭痛くなってきた」

「……と言うか、普通に男子生徒もまだ残ってるのによくやるな……」

「それに男の色気の話はどこに行ったんだ」

「気にするな。気にしたら負けだぞ」

「あの3人に意味を求めたらダメよ」


これ以上教室に残っていると巻き込まれかねない。

修也は足早に教室を後にした。



修也は教室を出て廊下を歩き、階段を降りる。


「あ、修也さん」


そして踊り場まで降りた時、逆に上ってきた蒼芽と鉢合わせた。


「お、蒼芽ちゃん」

「お疲れ様です。授業はどうでしたか?」

「あー、うん……授業は普通に何事も無く終わったよ……」

「また何か含みのある言い方ですね。今度は何があったんですか?」

「まぁ、色々とな……って、あれ?後ろにいるのは……」


修也は蒼芽の後ろに隠れるようにして立っている人物に視線を向ける。


「米崎さんです。ほら昨日の……」


そう言って蒼芽は一歩横にズレる。


「ああ、昨日の」


蒼芽に言われて思い出した修也は、蒼芽の後ろに隠れていた人物、詩歌を改めて見る。

蒼芽と背丈はあまり変わらないが、全体的に華奢な感じがする。

髪は明るめの真っ直ぐな茶髪で肩の上くらいまでの長さで、左前髪をヘアピンで留めてある。

スカートの丈は膝のすぐ上くらいで蒼芽より長い。

でもこれは蒼芽が短くしているのであって、詩歌の方が標準なのだろう。

靴下は黒のハイソックスである。

対する蒼芽が白のくるぶし丈の靴下なので、似たような体格なのに脚の露出面積が大分違うのが印象的だ。


「で、どうしたんだ2人共? 学年が違うから、上ってくる用事なんて無いと思うけど」

「米崎さんが修也さんに会いたいと言うので、その案内をと思いまして」

「あ、そうなの? 俺に何の用事……って、ん? 米崎?」


自分に何の用事があるのか聞こうとした修也だが、その前にどこかで聞いたような気がする苗字に首を傾げる。


「どうしました修也さん?」

「いや……どっかで聞いた苗字だな、と……」

「あ、それ米崎さんのお姉さんじゃないですか? 修也さんのクラスにいるらしいですよ?」

「え……あぁ!」


蒼芽に言われて思い出した。

自分の席の斜め前、今日一日彰彦と一緒にいた爽香。

確か苗字が米崎だった。髪の色も同じだし、1年に妹がいるとも言っていた。


「うん、分かってスッキリした。ありがとな、蒼芽ちゃん」

「いえいえどういたしまして」

「で、改めて……俺に用事って?」

「え、えっと……その……あ、あの……」


修也に見つめられて、詩歌は心拍数と顔の温度が上昇しているのがはっきりと感じ取れた。

そこに恐怖という感情は、無い。


(怖くはない……怖くはないんだけど、緊張して頭が真っ白だよぅ……! 何を言いに来たんだっけ……?)


だが、スムーズに話が出来るかどうかはまた別問題である。

詩歌は大半の男に対して恐怖の感情を持っているが、それを抜きにしても話をするのが得意ではない。

現時点で一番仲の良い蒼芽ですら、どもりながら話すのが精一杯なのである。


「……修也さん、米崎さんは昨日の事でお礼が言いたいらしいんですよ」


詩歌の様子を見て察した蒼芽が助け舟を出す。


(ま、舞原さん〜〜!! ありがとう……!)


代弁してくれた蒼芽に、詩歌は心の中で礼を言う。


「お礼? ああ、昨日のアレ? 別に大したことはしてないけどなぁ」

「いや、私から見ても凄かったですよ? 正面は分かるんですけど、どうやって後ろからの攻撃を察知してるんですか?」

「気配」

「いや普通無理ですから……まぁ、修也さんにとっては大したことなくても、米崎さんが助かったのは事実なんですから」

「そ、そそ……そう、なんです……だ、だから、その……あ、あり……ありが、とう……ご、ざい……ました……っ!」


真っ赤な顔で詰まりながらも何とかお礼を口にする詩歌。


「……うん、そのお礼は受け取っておくよ。わざわざありがとな」

「っ!! で、では、私はこれで……!」


そこでもう限界だったのだろう。

修也が優しく語りかけたところで詩歌は勢いよく頭を下げ、逃げるように走り去った。


「米崎さん、ちょっと人とお話するのが苦手なんですよ」

「ふーん……それなのにちゃんとお礼を言いに来るあたり、悪い子じゃなさそうだな」

「はい。私の自慢のお友達です」

「そっか。それじゃあ今日は帰ろうか。初日から何か疲れたよ」

「やっぱり転校生のお約束として、最初の休み時間は質問攻めに遭ったんですか?」

「……あれ? そういやそんなの無かったな」

「え? 無かったんですか?」


修也も今まで読んできた漫画とかで転校生が休み時間に質問攻めに遭う展開を見た事はあるが、言われてみればそんなものは無かった。

せいぜい戒にスポーツやってたか聞かれたくらいだ。


(やっぱ美少女転校生じゃないとダメなのかね?)


それか陽菜とのやり取りで大体の人となりは把握されたのだろうか?


「私は修也さんの事で質問攻めに遭いましたけどねぇ……」

「……何で蒼芽ちゃんの方に行くの?」

「今朝一緒に登校してきたのを見て、親しい間柄だと思われたようですよ」

「にしたってさぁ……やっぱ美少女って要素が無いとダメなのか?」

「あ、あはは……って、修也さん? 私の事美少女だと思ってくれてたんですか!?」


今日の出来事で苦笑していた蒼芽だが、急に修也の方を向いて身を乗り出してきた。


「えっ!? あ……」


特に意識してなかったが、ついポロッと口に出したらしい。


「ま、まぁ個人の感覚だけどな!」

「いえ、修也さんにそう思って貰えるのなら……えへへ……」


修也の美少女発言により、蒼芽は下校中ずっとホクホク顔で帰路に着くのであった。

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