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第3話

「…………」


戎が散々クラスメイトに弄られてるその頃。

1-Cの教室で詩歌は自分の席に座りつつある方向を見ていた。

その方向とは……


「ねぇねぇ舞原さん! 土神先輩とはどこで知り合ったの!?」

「えーっと、先週駅前で……」

「どの辺に住んでるか知ってる!?」

「流石にそれはちょっと……知っててもプライバシーに関わることだから答えられないよ」

「顎を横に殴ると本当にどんな大男でも一撃で昏倒させられるのかな!?」

「それ全然関係ないよね!?」


蒼芽の席だった。

蒼芽はこの休み時間も修也の事で質問責めに遭いまくりだった。

詩歌も蒼芽にもう少し話を聞いてみたいが、それができずにいた。

理由は3つ。

1つ目は、ただでさえクラスメイトに囲まれて大変な目に遭っている蒼芽の負担をさらに増やしたくないこと。

2つ目は、引っ込み思案で奥手な性格なので、自分から騒がしい所へ行くのに強い抵抗があること。

そして3つ目は……


(うぅ……クラスメイトでも、やっぱり男の人は怖い……)


詩歌は男が怖くて苦手なのだ。

同じ教室にいる程度ならまだ平気だが、普通に話しかけられただけで委縮してしまう。

自分から話しかけるなどもってのほかだ。

今蒼芽に話しかけに行って、何かの拍子に男子に話しかけられたら……と思うと足がすくんでしまう。


(…………あれ?)


と、ここで詩歌はおかしなことに気づいた。

男が苦手なのは自分でも重々承知している。

自分から話しかけられる男なんて、今のところ父親以外には一人しかいない。


(……そんな私が、土神先輩に会いに行くのには、抵抗が……無い……?)


助けてもらったお礼がしたいという使命感が苦手意識を上回っているのだろうか?

それにしたって、会うのが怖いとか不安とか、そういう感情は一切湧かないのはどういう事だろう……?

むしろ会いたい、もっと話がしたいとすら思える。


(…………)


詩歌は昨日修也が助けに来てくれた時のことを思い出す。

自分に絡んできた男たちと対峙した時の凛々しい横顔。

男たちを追い払ってくれた時に自分に向けてくれた優しい笑顔。


(っ!!)


それらを思い出した時、詩歌は自分の顔が熱くなっているのを感じた。


(はぅ~~…………)


恐らく今、自分の顔は真っ赤になっていることだろう。

それを悟れらないようにする為に詩歌は机に顔を伏せて隠す。


「ねぇねぇ、土神先輩って靴下は右から履くタイプかな!?」

「知らないし知ってどうするのそれ!?」


詩歌がそんな事になっているとは露知らず、蒼芽は必死にクラスメイトから押し寄せてくる意味不明な質問を捌いていた。



2時限目の授業も終わり、次の休み時間に入った。


「……結局さっきは本題に入れず休み時間終わっちまったじゃねーか!!」


戎が再び修也の席までやってきた。


「ば、馬鹿な……霧生が前の休み時間の事を覚えてる、だと!?」

「ちょっとやめてよ霧生君! 明日何かヤバいものでも降ってきたらどうしてくれるの!?」

「もう良いよそのくだりは!」

「と言うかヤバいものって、えらくざっくりした表現になったな……」

「もう良い! 本題に入る! 土神、お前何かスポーツやってたか?」


いつまで経っても本題に入れないので、戎は強引に話を進めることにしたようだ。


「いや……これと言っては特に何も」


修也は見様見真似で護身術っぽいことを身に付けてはいるが、スポーツはやっていない。

なのでそう答えた。


「そうなのか? にしては結構鍛えられたような体してるんだけどな……」


そう言って戎は修也の頭からつま先まで、視線を何往復もさせる。


「見てくだされ白峰殿! 霧生殿が土神殿の全身を嘗め回すように見つめておりますぞ!」

「本当ですわね黒沢さん! あれは『引き締まった良いカラダしてんじゃねーかどんな味がするかちょっと試してみてぇなぁ……』って視線ですわ!」

「うひょー! たまりません、たまりませんぞ白峰殿! ちょっと想像しただけで自分、涎が止まりませんぞぉ!!」

「ちょっとはしたないですわよ黒沢さん! 淑女たるもの常に周りからの目を意識して……」

「そういう白峰殿も鼻血が止まっておりませぬぞ」

「あらこれは失礼」


また少し離れた所で白峰さんと黒沢さんが何か盛り上がっていた。


「……なぁ?」

「言うな聞くな触れるなスルーしろ。下手に踏み込まない方が賢明だ」

「ちなみにアレ、キャラ作りの一環らしいわよ? 白峰さんはああ見えても別に良いとこのお嬢様じゃないし、黒沢さんの眼鏡は伊達眼鏡だし」

「妄想癖は? 腐った脳は?」

「そっちはガチ」

「えぇ……」

「もったいないわよねぇ、二人とも黙っていれば美人なのに」


確かに白峰さんはウェーブのかかった金髪はもちろんの事、目鼻も整っている。

普通に町を歩けば注目の的になりそうだし、芸能界からのスカウトが来てもおかしくない。

黒沢さんは黒沢さんで、艶のある黒髪をしている。

華やかさでは白峰さんには劣るが、外見の慎ましやかさでは黒沢さんに軍配が上がる。

白峰さんを洋の美人とするなら、黒沢さんは和の美人だ。

二人とも実は読者モデルやってますと言われても驚かず納得出来る位の容姿の持ち主だ。

それだけに二人の口から漏れ出る言葉が残念過ぎる。


「……なんでこのクラスはイロモノが多いんだ……」

「担任がアレだからな……」

「イロモノ筆頭だしね……」

「えっ、ちょっと待って、そのイロモノってもしかして俺も入ってる?」


修也・彰彦・爽香の呟きに対し、自分を指さして尋ねる戒。


「ば、馬鹿な……霧生が行間を読んだ、だと!?」

「ちょっとやめてよ霧生君! もうネタ無いのにどうしてくれるの!?」

「ネタ無いならやらなきゃ良いだろぉ!!?」






キーンコーンカーンコーン……






そんなやり取りをやってるうちに休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。


「あーもうまた本題に入れなかったー!」


そう叫びながら戒は自分の席に帰っていった。


「……あいつは何をしにここに来たんだ?」

「さぁ? コントじゃない?」


修也の疑問に爽香が答える。


「……次の休み時間あたりで本題に入れるかな?」

「さぁ……どうだろうな?」

「次の授業は……古文ね。じゃあ厳しいわね」

「……オチが見えたぞ」


修也たちの予想通り、次の休み時間に戎は来なかった。

何故かと言うと……


「いくら何でも授業開始5分で寝るかね?」

「そしてそのまま授業終了まで起きない、と」

「霧生君にはまだ早すぎたのよ。古文だけどね」


戎は授業のほとんどを爆睡していたのだ。


「ほら霧生、起きろー。次はお前の好きな体育だぞー」

「じゃあ私は体操服に着替えてくるわ。土神君、彰彦、また後でね」


そう言って爽香は教室を後にした。

他の女子生徒も教室を出ていく。


「そういやこの学校ってどこで体操服に着替えるんだ?更衣室とかあんの?」

「いや、教室で着替える。体育は2クラス合同でやるから、片方の教室で男子、もう片方の教室で女子が着替えるんだ」

「私立なのに更衣室無いのか……」

「それは流石に偏見だろ」


修也と彰彦は雑談しながら着替える。


「あれ、次の授業は体育って事は……」



「はーーーーっはっはっはっ!! ようこそ生徒諸君! 私の職場(テリトリー)へ!!!」

「やっぱこの人が教師かよ……」


着替えを済ませてグラウンドに出ると、入口で陽菜が仁王立ちで待っていた。

ブルマ姿で。


「うーん、いつ見ても良いねぇ、若い子の生足は」

「発言が非常にオヤジくさいですよ藤寺先生」

「何を言うか! 私をそこら辺の昼間っから酒飲んで女の尻ばかり追っかけてるオッサンと一緒にするなー! 私は女の子だけじゃない! 男の子の生足も平等に愛でてるんだよっ!」

「ただの変態だったか……」


堂々と胸張って変態発言をぶちかます陽菜に修也が頭を抱えていると……


「分かります! 分かりますぞ陽菜教諭! 男子の筋肉質なあの生足は何物にも替え難い色気が溢れ出ておりますからなぁ!!」

「全くですわ。あの太腿と言い、ふくらはぎと言い……女子ではあの魅力は引き出せませんわ!!」

「わっ!?」


突然横から黒沢さんと白峰さんが湧いて出てきた。


「おーう、そう言う黒沢さんも今日も良いブルマしてるじゃないか! そこからスラッとのびてる太もももセクシーだよっ!」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「白峰さんも相変わらず良いスタイルしてるねぇ! はち切れそうな胸とお尻が堪らんよ!!」

「いえいえ、陽菜先生に比べれば私などまだまだですわ」

「でも二人共、ちゃーんと女の子の脚も愛でなきゃダメだよ? むっちりした太ももとか、まるっとしたお尻の線は男の子には無い魅力だからねっ!」

「心得ましたわ!」

「御意!!」


陽菜の言葉に直立不動で返事をする白峰さんと黒沢さん。


「……誰かあの人をセクハラで突き出せよ」

「……受け取る側が嫌な思いしてなければハラスメント認定されないんだよ」


確かに楽しそうに陽菜と笑ってる白峰さんと黒沢さんを見てると、彰彦の言う通りあれをセクハラとして訴えるのは無理だろう。


「……うん、いい感じに目の保養もできたし授業始めるよっ! まずはアップのランニング! トラック5周ね!」

「あ、授業そのものは割とまともだ……」


準備運動もそこそこに、修也はランニングを始める。

トラックは一周400メートル。つまり2キロを走る事になる。

特定のスポーツはやってないとはいえ、これくらいならどうということは無い。

それは彰彦も同じようで、修也の横で軽く流すように走っている。


「よっしゃー! こんなの速攻で終わらせてやるぜー!!」


一方、戒は修也や彰彦の倍速以上で走っている。

なのにペースが落ちる気配が全くない。次々と他の生徒を周回遅れにしていく。


「……あいつはアップの意味分かってんのか……?」

「分かってないだろ。馬鹿で脳筋だから」

「おー! 相変わらず飛ばしてるね霧生君! 流石体育だけは超アスリート級だねっ!」


修也と彰彦はその様子に呆れ、陽菜は褒めてるのかどうか分からないエールを送る。


「ゼェ……ゼェ……いつ、見ても、体育の、時だけに、見れる、男子の、太腿や、二の腕、は、堪りません、なぁ……ハァ、ハァ……」

「く、黒沢、さん……その、息切れの、仕方は、鼻息が、荒いだけに、聞こえ、ますわよ……ゴホッ! ゴホッ!!」


一方で白峰さんと黒沢さんは、まだ1周も終わってないのにもうバテバテだった。


「白峰さん黒沢さん頑張ってー! そのナイスバディを保つにはある程度の運動も必要だよー! そのたわわに揺れる胸と躍動する脚線美を私に見せてくれー!!」


その二人に対してはセクハラ紛いのエールを送る陽菜。


「おい誰かアレ止めろ」

「無理よ。あの人を誰だと思ってるのよ」


修也と彰彦の横を走っていた爽香が口を挟む。


「でも見方によっては、ちゃんと生徒一人一人の様子を見てる良い先生になるのよね」

「まぁ……そう取れなくもないけど」


そんなことを話しながら修也たちはランニングを終える。

ゴール地点では戒が腕立て伏せをしながら待っていた。


「おう遅いぞお前ら! 暇だから待ってる間一通りの筋トレ済ませちまったぞ!」

「なるほど、こうして脳筋は生まれるのか」

「2キロ走破に5分かからないとか、正気の沙汰じゃねぇ……」

「しかも息切れしてる様子もないのよね。追加で自主的に筋トレしてるし」


先程までの授業の時とはうってかわって非常にイキイキとしている戒。

そんな戒を修也たちは呆れ8割、感心2割位の視線を送るのであった。

ちなみに白峰さんと黒沢さんは、15分程かけてフラフラになりながらゴールしていた。

息も絶え絶えで、地面にへたりこんでいる。


「……あの二人、アップで体力使い果たしてるんじゃあ……?」

「あれでも去年よりは体力上がってるんだけどねー。去年の今頃は授業時間の半分以上かかってたからさぁ。それよりも土神君……」


何やら思い詰めた表情で修也ににじりよってくる陽菜。


「なんですか? またセクハラ紛いの事でも言う気ですか?」

「失礼だなー! 私だって真面目なこと言う時もあるよ!!」

「はぁ……で、なんですか?」

「ブルマのお尻に付いてる土ってなーんか不思議なエロさがあるよね?」

「おい真面目どこ行った」

「何言ってるの、十分真面目な話してるじゃないのさ!」

「アナタにとってブルマ関係は全部真面目な話なんですか」

「当然! ブルマ研究家第一人者を舐めるなー!!」

「いつの間にそんな物名乗ってるんですか。と言うかせめて授業中は真面目に授業してください」

「おっ、じゃあ授業時間外は思う存分ブルマトークしても良いんだねっ!?」

「……それは白峰さんと黒沢さんとでもやっててください」


これ以上巻き込まれたら堪ったもんじゃない。

修也はそこでへばっているクラスメイトを人身御供に差し出してとっとと授業を始めさせることにしたのだった。

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