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第2話

「それにしてもさぁ……」

「? どうしました修也さん」

舞原家に行く道中、おもむろに修也は口を開いた。


「引っ越し初日でいきなりなかなかめんどくさい事に出くわしたよな……」

「あ、あはは……普段はこんな事無いんですけどね……」


修也のつぶやきに対して困ったような引き笑いで返す蒼芽。


「そりゃそうだ。こんなことが日常茶飯事であってたまるか」

「もしそうだったらおちおち外も出歩けませんよ……」


普通の人生を送っていたら、そのような事件に出くわすなどあるかどうかも怪しいレベルだ。

貴重な体験ができたことにしよう、と修也は無理やり自分を納得させることにした。


「ところで蒼芽ちゃんの家にはまだかかるのか? 結構歩いてきた気がするけど」

「もうすぐですよ。この先の角を右に曲がって突き当たりです」

「……塀の上で昼寝している三毛猫なんていなかったわけだが」

「あ……そう言えばそんな事言われてましたね……と、とにかく! ここが私の家、そして今日から修也さんが暮らす家です!!」


そう言って紹介された家はごく普通の一般的な民家だった。

ただ二人だけで暮らすには少々広すぎる感もある。

そういう意味ででも修也の受け入れに対して抵抗が無かったのだろう。


「ただいまー」


そう言って家に入っていく蒼芽。修也もそれに続く。


「お帰りなさい。遅かったわね」


出迎えてくれたのは蒼芽を少し大人にして髪を伸ばした感じの女性だった。

その女性が蒼芽の後ろにいた修也に目を向ける。


「修也さんには無事会えたようね。良かったわ」

「え? あ……そう言えば俺の母から話は通ってたんでしたね」


既に修也のことを知っている口ぶりに少々面食らった修也だが、すぐに理由が思い当たった。


「はい。今日来るということは聞いていたので、蒼芽に学校帰りに案内するように頼んでたんですよ」

「……随分と手回しが良いですね?」

「修也さん一人ではほぼ間違いなくここまで辿り着けないと思いましたので」


ほぼ確定事項のように言われることに修也は一つ思い当たる節があった。


「母の説明が超絶ド下手クソなのは昔からですか」

「そう言うことです」

「……やっぱり」


薄々感づいてはいたが、修也の母は物の説明が恐ろしく下手だ。

言葉で説明しても意味が分からない。

絵にしてもらったところで絵心が皆無なので何を描いているのか意味不明だ。

そのことを修也は今日痛いほど思い知った。


「……うちの母がすみません」

「良いんですよ。もう付き合い長いですから」

「高校からの付き合いと聞いてますから……10年くらいですか?」

「あらお上手。でもそれだと、10代前半で蒼芽を産んでることになっちゃいますよ」

「あ、それもそうか」


別に修也はおだてているわけではない。

実際にそれくらいの年齢に見えたのだ。とても高校生の娘がいるとは思えない若々しさだ。


「ああそう言えば私の自己紹介がまだでしたね。蒼芽の母で舞原紅音まいばら あかねです。よろしくお願いしますね、修也さん」

「はい、これからお世話になります」


そう言って深々と頭を下げる修也。


「それと私のことは遠慮なく『紅音』って呼んでくださって結構ですよ。同じ家で暮らすのに苗字呼びはよそよそしいですし蒼芽と区別する必要もありますからね」

「えっ」


紅音からの提案に修也は思わず吹き出しそうになった。


「どうしました?」

「いえ、蒼芽ちゃんにも全く同じ事を言われたので」


流石親子、と修也は感心した。


「あらあら、随分と手が早いのねぇ蒼芽」

「ぶっ!?」

「お母さん!!?」


紅音のぶっとんだ発言に修也はむせ返り、蒼芽は真っ赤になって狼狽する。


「だってそうでしょう? 既にちゃん付けで呼ばせてるとか……」

「あ、すみません、それは俺から提案したんです」

「あらそうなのですか?」

「はい。呼び捨てはなんか偉そうな感じがして嫌だったし、さん付けではよそよそしさを無くすと言う本来の目的を達成できない気がしたので」

「じゃあ私も紅音ちゃんって呼んでもらおうかしら?」

「いえそれは流石に……目上の人にそんな呼び方はできません」

「あら残念」


そう言う紅音の表情は割と本気で残念そうに見える。


「もう、お母さん? 変な冗談言って修也さんを困らせないでよ」

「あら、私は冗談のつもりじゃなかったんだけど」

「それはそれで問題だからね?」


こういうやりとりができるということは親子の仲は良い方なのだろう。

何となく修也はほっこりした。


(良い人たちだ……だったら猶更『力』のことは話せないな……)


それと同時に修也の心の中に陰が差す。

修也には他の人には無い、不思議な力がある。

ラノベの能力者バトルものの主人公のような派手な力ではないが、この『力』を見た時の周りの反応が良かったことは無い。


『気味が悪い』『普通じゃない』


面と向かってこそ言われないものの、ひそひそと囁かれているのは修也の耳にも入ってきた。

当然聞いていて気分の良いものではない。

修也は自然と人と距離を取り、付き合いを避けるようになっていった。

今回のようにどうしても関わり合いになるときは『力』のことは徹底的に隠してきたのだ。

修也は勿論今回もこの『力』のことは隠し通すつもりだ。


(あんな父親でも俺のことを気にしてくれて『なるべく力は使うな』って言ってるしな。あんな父親でも)


何故か『あんな父親』というフレーズを2回繰り返す修也。


「それでお母さん、修也さんの部屋はどこになるの?」

「2階に上がってすぐ左の部屋よ。蒼芽の部屋の隣ね」

「分かった。じゃあ修也さん、案内しますね」


修也が考え事をしているうちに話は終わったようだ。

蒼芽が先導してくれる。


「蒼芽、ちゃんと修也さんを修也さんの部屋に案内するのよ」

「? 勿論、そのつもりだけど」

「自分の部屋に連れ込むのはもう少し仲良くなってからね」

「ぶっ!!?」

「お母さん!!?」


再び飛び出た紅音の爆弾発言に修也は階段を踏み外しそうになり、蒼芽はまた顔を真っ赤にして抗議した。



「何と言うか……お母さんがすみません」

「いやぁ……流石俺の母親と波長が合うだけはあるわ」


2階への階段を上り終えた後、蒼芽が修也に軽く頭を下げて謝罪し、修也は同情する姿勢を見せる。


「では、ここが修也さんの部屋になります。私の部屋は隣なので、何かあれば呼んでください」


そう言って蒼芽は案内した部屋の隣の部屋のドアを開けて中に入っていった。


「さて、じゃあまず俺がやることは……」


そう呟きながら修也はドアを開ける。


「……部屋の片付けだな」


そしてため息をつく。

引っ越しに関する荷物の運び込みは引っ越し業者がやってくれるが、さすがに家具の配置や片づけまではやってくれない。

つまり今部屋の中は引っ越しの為に纏めた段ボール箱だらけなのだ。


「俺の分だけとは言え少なくはないからなぁ……どれだけかかることやら」

「でも2人でやれば晩ご飯までには片付きますよ」

「あれ、蒼芽ちゃん? 自分の部屋に戻ったんじゃあ?」


いつの間にか制服から私服に着替えた蒼芽が修也の部屋の前にまで戻ってきていた。


「いえ、そう言えば荷物の運び込みは業者の方がしていましたけど、運び込みだけで終わってましたから」

「まあ勝手に片付けされても困るんだけどな」

「ええ。なので修也さんが来たらお手伝いをしようと思いまして」

「そりゃ助かるけど……良いのか?」

「勿論ですよ。ただ、力がいるものはお願いすることになりますけど」

「いや、十分だよ。じゃあやるか」

「はいっ」


こうして2人で部屋を片付けていく。

荷解きは蒼芽に任せ、修也は家具の移動を行う。


「よっこらせ……っと、なぁ。蒼芽ちゃん?」

「はい、何ですか?」

「この窓から見える大きな木は隣の家から生えてるのか?」

「あ、そうですよ。大きい木ですよね」

「枝がこっちの家の敷地内にまで伸びてきてるんだが」

「大丈夫ですよ。お隣とは昔から付き合いがありまして、その辺の取り決めはちゃんとしてます」

「ああ、落ち葉とか制空権とかそういうやつね」

「それと、お隣に住んでる子がその枝を伝って家に遊びに来たりするんですよ」

「え? それ危なくないか?」

「ええ、そうなんですよね……私は色んな意味で怖くて渡れません」


(色んな意味って……ああ……)


修也は理由にいくつか見当がついた。

普通に落ちたら怪我するだろうし、もし枝が折れたら年頃の女の子としてはショックだろう。

それに蒼芽は私服でも割と短めのスカートを好んで着るようだ。

通りがかる人などまずいないので下から見られるということはないだろうが、心情的には嫌だろう。

……などという理由が想像できる。

が、最初の理由以外はデリカシーがあるとは言えない。口に出すのはやめておいた。


「また機会があったらお隣の子も修也さんに紹介しますね」

「ああ、その時は頼む」


そんな雑談を交わしつつ、修也と蒼芽は片付け作業を進めていく。

そして蒼芽の言う通り夕飯の時間が来るまでに粗方の片付けは終了するのであった。

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