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第21話

一通りの階層を見終わった修也と蒼芽は、再び2階へ戻ってきていた。

蒼芽が勢いで約束を取り付けた、喫茶店に行くためだ。

喫茶店はレストラン街の隅にひっそりと建っていた。

しかし寂れているという訳ではなく、知る人ぞ知る名店という雰囲気の佇まいである。

まぁ修也がそう感じるだけで実際どうなのかは不明だが。

店の中は木目調で統一されていて落ち着いた空気が流れている。

ウェイトレスに案内され、修也と蒼芽は奥のテーブル席に座った。


「ご注文はお決まりですか?」

「うーん、と……じゃあ俺はアイスコーヒーで」

「私はアイスティーを。あ、それとホットケーキもお願いします」

「かしこまりました」


そう言ってウェイトレスは厨房へ下がっていった。


「蒼芽ちゃん、ホットケーキ好きなの?」

「ええ、せっかくなのでこれもシェアして食べませんか?」

「お、良いねぇ」


程なくして注文した品々がやってきた。


「アイスコーヒーのお客様ー」

「あ、俺です」


修也の前にアイスコーヒーが置かれる。

続いて蒼芽の前にアイスティーが置かれた。


「ホットケーキは……」

「あ、真ん中にお願いします」


蒼芽の言葉を受けて、ウェイトレスはホットケーキの皿をテーブルの真ん中に置いた。


「注文は以上ですか?」

「はい」

「ではごゆっくりどうぞー」


そう言ってウェイトレスは伝票を置いて去っていった。

と同時に伝票を回収する蒼芽。


「あれ? どうしたの蒼芽ちゃん」

「ここは私が出します!」

「いや、別に良いのに」

「私が良くありません! 今日はずっとお金出してもらいっぱなしじゃないですか! コンビニでもお昼でもこのネックレスでも……えへへ……」


ネックレスに意識が向いた瞬間顔が蕩ける蒼芽。


「おーい、蒼芽ちゃん戻ってこーい」

「……はっ! と、とにかく、これでは気が落ち着きませんっ!」

「んー……まぁそれで蒼芽ちゃんの気が済むなら……」


ここで無理に伝票を奪い取るのも違うだろう。

そう思い修也は蒼芽のしたいようにさせる。


「うーん……にしてもなかなか見ごたえがあったなぁ」

「地下1階と1階は省きましたけど、それでも4階層分ですからねぇ……」


背もたれに体重をかけ一息つく修也。

蒼芽も座った体勢のままで軽く伸びをする。


「この後はどうしますか? 一通り見回ったので案内はこれで終了になりますけど」

「んー……なんかこのまま終了! 帰宅!! ……はもったいない気がする」

「あ、修也さんもですか? 私もそうなんですよ」

「じゃあ今からどっか遊びに行く? 俺はどこに何があるか知らないから完全に蒼芽ちゃん任せになるけど」

「でもそれにはちょっと時間が中途半端なんですよね……」


時刻は午後3時過ぎ。ここから改めてどこかへ遊びに行くにはちょっと遅い時間だ。

かと言ってこのまま帰るのにはちょっとまだ早い。

どうしようか話し合っているうちに、修也に一つ案が浮かんだ。


「あ、そうだ。さっきの雑貨屋にもう一回行って良いか?」

「え? それは良いですけど……何か買い忘れたものでもありましたか?」

「いや、紅音さんにもこれからお世話になりますって意味合いで何か買っておこうかと」

「あ、良いかもしれませんね」


修也の案に蒼芽が賛成する。


「じゃあこれ食べ終わったらさっきの雑貨屋に行こう」

「はいっ」

「でもまぁ急ぐ用事じゃないし、ゆっくりしていっても良いかな」

「あはは、そうですね」


修也と蒼芽は細かく切り分けたホットケーキをゆっくり食べながら、今日のショッピングモール案内についてあれこれと話題に花を咲かせるのであった。



「いらっしゃいま……あら、また来てくれたんですねー」


ホットケーキを食べ終え、喫茶店を後にした修也と蒼芽は、再び雑貨屋に足を運んだ。

先程の店員が店に入ってきた二人に気づいて声をかけてくる。

どうやらこの雑貨店は彼女一人で運営しているようだ。


「……あら、さっきのネックレス、さっそく着けてくれてるんですね」

「あ、はい。すごく気に入っちゃって……えへへ」


店員に言われ、さっきまで落ち着いていた蒼芽の表情がまた緩む。


「それはネックレスそのものを気に入ってくれたんですか? それとも彼に買ってもらったから?」

「両方です。ネックレスも素敵ですけど、そこからさらに修也さんが買ってくれたというのが上乗せされて……」

「これだけ気に入ってくれたならプレゼントした甲斐があったというものです」

「それは良かったですー。ならこの流れで木彫りの熊を……」

「それはいりません。どんだけ買わせたいんですか」


ナチュラルに木彫りの熊を薦めてくる店員にきっぱりと断りを入れる修也。


「まぁそれはさておいて。今回は何をお探しですかー?」


店員もさらりと流して営業トークに入る。


「えっと……彼女のお母さんに何かお土産的なものを……」


蒼芽を手で指しながらそう説明する修也。


「あらー! もう親御さんに挨拶する間柄に?」

「いえ、そういう訳ではなくて……んー、まぁちょっと事情が複雑で……」


変な勘違いを始めた店員に修正を入れる修也。

とは言うものの、今日知り合ったばかりの名前も知らない他人に込み入った事情を話す訳にもいかず、修正できているか微妙だ。


「あー、そうでしたか。それは失礼しました」


しかし店員はこの微妙な言い回しで修也たちの事情を察してくれた。

流石は接客業といったところか。


「だったらこういうのはいかがでしょう?」


そう言って店員は近くにあった箱を手に取った。


「これは?」

「アロマオイルセットです。年代を問わず女性に人気ですよ」

「あ、それ良いかもしれないですよ」


後ろから蒼芽が覗き込みながら言う。


「お母さん、色んなハーブを集めるのが趣味みたいなところがありまして、そこから派生してアロマキャンドルもいくつか作ってるんですよ」

「へぇ、そんなの作れるんだ」

「だったら尚お薦めですよー」

「そうですね、じゃあこれください」

「お買い上げありがとうございまーす! 千円になります」

「あ、待ってください。これも買います!」


そう言って蒼芽が手に取ったのは……


「……ネックレス?」


蒼芽が今着けているものに良く似たネックレスだった。

違うのはチェーンが少し太いのと、チャームがハートではなく丸であること、そしてチャームの中心の石が透き通った緑であることだ。


「あれ? そっちの方が気に入ったとか?」

「いえ違います。これは修也さんへ、私から『これからよろしくお願いします』という意味のプレゼントです」

「え? 俺へ?」

「はいっ! ちなみにこれはメンズネックレスなので、修也さんが着けても問題ありませんよ」

「それにこれは先程彼女さんに贈られたネックレスと製作者が同じでして、単体としてはもちろん、ペアのアクセサリーとしても使えるんですよー」


蒼芽の説明に店員が補足してくれる。


「……まさか、俺に女の子から贈り物を貰う日が来るとは……」

「修也さん、これからよろしくお願いしますね?」

「ああ、こちらこそ」

「それではお会計かわりまして、2千円になりまーす」

「はい」

「あ、このネックレスの分は私が出します」


修也と蒼芽が千円ずつ出して店員に手渡す。


「はい、確かに」

「修也さん、後ろ向いてください。今このネックレス着けてあげます」


そう言って蒼芽が後ろから今買ったばかりのネックレスを修也に着ける。


「いっぱい買ってくださりありがとうございます。お礼に今ならこの木彫りの熊を半額の500円でご提供します!」

「それはいりません。てか厄介物扱いなんですかこの木彫りの熊?」


どうにかして木彫りの熊を売ろうとしてくる店員を躱し、修也と蒼芽は雑貨屋を後にした。



「あ、そうだ修也さん、ちょっと1階に寄っても良いですか?」


1階へのエスカレーターに乗っている最中に、蒼芽が何かを思い出したかのように声を上げて提案してきた。


「ん、どうした? 全国陶器市にやっぱり興味が湧いてきた?」

「いえ、それは別に……そうじゃなくて、修也さんと2人でやりたいことがあったのを思い出しまして」

「え、何だろ」

「修也さん、一緒に写真撮りませんか?」

「写真?」

「はい。1階に小さなアミューズメントコーナーがありまして、そこにプリクラがあるんですよ」

「あぁー……名前は聞いたことあるけど……あれって女子高生がきゃいきゃい集まってやるイメージしか無いや」


引っ越す前の町にももちろんあったのだが、女子中高生が何人か集まって楽しそうに騒いでいるのしか修也は見たことが無い。

一緒に撮るような友達がいなかった修也には全くの無縁のものだった。


「あの、修也さん? 私も女子高生ですよ?」

「……あー、女子高生『同士』な」

「別に女子高生専用では……カップルとか、女子高生以外も撮ってますよ?」

「あーまぁそうなんだろうけど、俺にはちょっと敷居が高かったなぁ」

「せっかくだから一緒に撮りましょうよ。私、修也さんとの思い出の写真が欲しいです!」

「んー……そこまで言うなら撮ってみるか」

「はいっ!」


幸い筐体は空いていたので、二人揃って中に入る。


「えーと、お金入れるのはここか」

「あ、私が出しますよ。私が言い出したことですから」


蒼芽が財布から小銭を出し、投入口へ入れる。

すると目の前の画面が切り替わった。


「……えーと? フレームを選べ?」

「まぁ別に普通で良いんじゃないですか?」


そう言って蒼芽がデフォルトのフレームを選ぶ。


「はい、これで撮影が始まりますよ! 修也さん、中央に寄ってください!」

「え? ここじゃダメなの?」

「そこだと見切れるかもしれません。ほら、こっちです!」


そう言って蒼芽は自分のいる方に修也を引っ張る。


「カメラはあっちですよっ! はい、ポーズ!!」

「えっ?」


修也の心の準備ができてないうちにフラッシュが焚かれた。


「はい、これで終了です」

「え? 終わっちゃったの!? 俺よく分からなかったんだけど!」

「さぁ、どんな写真になってるでしょう?」


そう言って蒼芽は筐体から出た。修也もそれに続く。

出口のすぐそばには自販機のお釣りが出てくるようなところがあった。

そこにシートが1枚出てきていた。


「あっははははは! 修也さん、ぽかーんとしてますよ! 可愛いです!!」


取り出したシートを蒼芽が見て、笑いながら修也に見せてきた。

蒼芽の言う通り、タイミングが分からなかった修也の顔は気の抜けた表情になっていた。

一方蒼芽はきっちりピースサインを作り、ポーズも表情もしっかり決めている。


「蒼芽ちゃん、手慣れてるなぁ」

「何回か友達と撮ってますからね」


そう言って蒼芽は大事そうにシートをしまう。


「これで案内は本当におしまいです。では帰りましょうか」

「そうだな…………」


そう言いつつも修也はあたりをきょろきょろと見回している。


「? どうしたんですか修也さん」

「いや……今日はまだ変な事件が起きてないから大丈夫かな、と」

「だからそんな変な事件なんてそうそう起こりませんよ……」


結局修也の気にしすぎなのが明らかになるのは舞原家に無事辿り着いてからの事だった。



「お帰りなさい二人とも」


家に入ると紅音が出迎えてくれた。


「ただいま」

「ただいま戻りました」

「どうでしたか修也さん? モールを案内してもらって」

「いやー、楽しかったですよ。堪能させてもらいました」

「そうですか。それは良かったです」


修也の言葉ににっこりと微笑む紅音。


「あ、そうだ紅音さん。これを……」


そう言って修也は雑貨屋で買ってきたアロマオイルセットを紅音に手渡す。


「あら、これは?」

「これからお世話になりますという意味を込めて、俺からのプレゼントです」

「それなら私よりも蒼芽にした方が良いのでは?」

「蒼芽ちゃんにはもう渡してます」

「もしかして、蒼芽が今着けてるそのネックレスですか?」

「うん、修也さんに買って貰っちゃった。……えへへ」

「という訳で遠慮なく貰ってください」

「あらあら、これはご丁寧にありがとうございます」


修也の言葉に少し驚いた様子の紅音だが、すぐに笑顔で受け取った。


「そう言うことなら、私からも修也さんに貰ってほしいものがあるんです」

「俺に? 何でしょうか?」

「蒼芽を、お嫁に」

「ぶふうううぅぅぅっ!!?」

「お母さん、何言っちゃってるの!!?」


またしても紅音のぶっとび発言に修也は盛大に吹き出し、蒼芽は真っ赤になって慌てるのであった。

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