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第20話

「えへへ……えへへ……」

「……」


蒼芽はさっきからずっと浮かれている。

事ある毎に自分の持ってる袋の中の箱を見てにやけていた。

昼食の時間になってイタリアンのレストランに入り、席について料理を注文して待ってる間もずっとこの調子だ。

流石に料理が来て、お互いの料理修也はミートソーススパゲティで蒼芽はカルボナーラを一口分ずつ交換したりシェア用に頼んだピザを分けてるときはそっちに集中していたが、その後はまた元通りだ。ずっと、にやにや・もじもじ・そわそわしている。

それを修也は向かいの席に座って食後の水を飲みながら傍観していた。


「……なぁ、蒼芽ちゃん」

「えへへ……あ、は、はいっ! 何でしょうか?」


修也に声をかけられ、蒼芽は一瞬遅れて返事をする。

このように修也が声をかければ反応はするが、それ以外は心ここに在らずといった感じだ。


「そんなにそれ気に入ったのか?」

「もちろんですよっ! 修也さんから初めていただいたプレゼントですよっ!?」


机の上に身を乗り出して強く主張する蒼芽。


「そんな大層な価格のものじゃないんだけどな……」

「さっきも言ったじゃないですか。私は『誰から貰うか』を重要視してるんですよ。内容や値段は二の次です」

「じゃあ俺が着古したシャツとかでも良いの?」

「え!? いただけるんですかっ!!?」

「いや、たとえだたとえ。だから目輝かせてせり出してくるんじゃない」


今の蒼芽は、プレゼントを貰えたことでかなりハイテンションになっている。

今なら何を渡しても喜んで受け取りそうだ。

現に、冗談で言った修也が着古したシャツでも受け取ろうとしていた。

プレゼントを本当に心から喜んでくれているのは分かるが、ここまでくると少々心配になる。


「とりあえず少し落ち着きなさい。蒼芽ちゃん、君そんなぶっ飛びキャラじゃあ……ああでも、あの紅音さんの娘だったか」

「それって褒めてます?」

「想像に任せる。……だったらさ、もう身に着けてたらどうだ?」


なので修也はそう提案した。

いっそ身に着けていた方が安全だろう。そう判断したからだ。


「えっ!? 良いんですか!?」

「良いも何も、それは俺が蒼芽ちゃんにプレゼントしたものだ。どう使おうと蒼芽ちゃんの自由だろ」

「あ、それもそうですね。家に帰って神棚に飾ろうと思ってたんですが、よく考えたら身に着けた方が良いですよね」

「待って待って、神棚なんて無いだろ」

「無いなら作れば良いんですよ」


まだちょっと蒼芽のテンションがおかしい。発言が所々ぶっ飛んでいる。


「とりあえず着けて来なさい。トイレの手洗い場にでも鏡があるだろうし」

「で、では、ちょっと失礼して……」


そう言って蒼芽は袋を持って席を離れた。

そして蒼芽の姿が確認できなくなってから数秒後。


「……よし」


修也も席を立った。



蒼芽が席を立ってから数分後。

ネックレスを着けた蒼芽が帰ってきた。


「すみません、お待たせしました」

「ひとりでネックレス着けるのって大変なんだな。まぁ直接は見えないもんな」

「いえ、慣れれば簡単ですよ」


(じゃあなんで今回は時間がかかったのかは……聞かない方が良さそうだな)


考えられるのは、鏡の前でネックレスを着けた自分の姿に悦に入ってたか、本来の使用目的があったかのどちらかだろう。

ただ敢えて指摘する必要も無い。修也はスルーする事にした。


「じゃあそろそろ行こうか」


そう言って修也は席を立ち、そのまま店を出る。


「えっ? 修也さん、あの、お会計は……?」

「もう済んでる」

「えっ!?」


レジを素通りする修也を蒼芽は止めるが、もう支払いを済ませていた事に驚きの声をあげる。

蒼芽が席を離れた後修也も席を立ったのはこれが理由だ。

蒼芽が戻ってきた時にスムーズにレストランを出る為に、やれる事はとっととやっておく事にしたのだ。


「そんな、コンビニの飲み物やこのネックレスのお金まで出してもらってるのに……」

「気にしなくて良いぞ。……引っ越す前はこういう所に友達と出掛ける機会なんぞ皆無で小遣い使う事も無く貯まる一方だったからな……」

「ですからそういう聞いてて悲しくなる話はやめましょうってば!!」


最早持ちネタと化しつつある一連の流れを繰り広げながらレストランを出る修也と蒼芽であった。



「では、午後からは3階より上を紹介しますね」


二人はエスカレーターで3階にやってきた。


「3階は紳士服売場です。修也さんが一番用事が出来る場所になりそうですね」

「逆に蒼芽ちゃんはほとんど用事無かったんじゃないか?」

「あはは……確かにこの階はほぼ素通りでしたね」


蒼芽自身が女性だし、今まで舞原家に男はいなかった。用事があるわけが無い。

何故・いつから父親が居ないのか知らないし知るつもりも修也には無い。

それこそ踏み入ってはいけないことのような気がしたからだ。


「でもこれからは用事が出来る事もあるでしょうし、一緒に回ってみましょうか」

「ん? それって俺がここで買い物する時に付き合ってくれるって事?」

「もちろんですよ。修也さんのお世話係として当然の事です」

「だからいつの間にそんなのになってんの……」


二人は3階の店を見て回る。


「流石にスーツの店はまだ縁が無いなぁ……」

「スーツ姿の修也さんも見てみたいです。ビシッとカッコよく決まってそう……」

「高2でそれは無い無い」


もう少しカジュアルな物を取り扱っている店を覗く。


「修也さんは服を買う時に何を重視しますか?」

「機動性」

「……はい?」

「何かあった時に動きやすい服の方が色々と楽なんだよ」

「……色とかデザインとかって言うかと思ったんですが……」

「機動性だってある意味デザインだぞ」

「まぁそうかもしれませんが……」


他の店も足を運ぶ。


「……あ、本当ですね、セットで売られてるのが全然ありません」

「うん、シャツはシャツで、パンツはパンツで纏められる事はあっても、それらが纏められるのは俺も見たことが無い」

「へぇー、そう言うものなんですね……」


今度は店の中にある男性用下着売りコーナーで、先程修也が言っていた事が間違いでないことを証明していた。


「では4階に行きましょうか」

「そうだな、あまりじっくり見て回るような場所でも無いし」


二人はエスカレーターに再び乗り、4階へ向かう。


「……ん? 3階が紳士服売場ってことは、4階は……」

「はい、婦人服売場です。後、化粧品も売ってます」

「……よし、本格的に俺には縁のない場所だからこのまま5階へ行こう」


4階に着いてすぐ5階へ行こうとする修也。


「ダメですよ、ちゃーんと4階も案内します」


だがしかし蒼芽に腕を掴まれてしまった。


「いや、そうは言っても今後用なんて……」

「分かりませんよ? 修也さんが突然女装やお化粧に目覚める可能性も……」

「そんなぶっ飛んだ可能性を考慮に入れないでくれるかな!?」

「それにさっき男性用下着売場に付き合ったじゃないですか。だから修也さんも女性用下着売場に付き合ってください」

「しまったぁ! アレにはそういう意図があったのか!!?」

「大丈夫ですよ、何も試着に付き合えとは言いません。値段と、上下セットという物があると言うことを知って欲しいだけですから」

「諦めてなかったの!? というか、え? 試着とかできるの?」

「他は知りませんけど、ここは出来ますよ。男性と違ってサイズ分けが細かいですから」


確かに、例えば蒼芽と陽菜だと背丈はほとんど変わらないがサイズは大幅に変わるだろう。

蒼芽は普通に売られてる物の中から選べるだろうが、陽菜はほぼ特注品の可能性が高い。


「へぇー、知らなかったよ。じゃあ5階へ」

「だからまだ行きませんってば」


そう言って蒼芽は修也の腕を掴んだまま目的の店へと歩く。


「大丈夫ですよ、所詮ただの布ですよ」

「その布が意味を持って陳列される事でハンパない攻撃力を持つんだって! 蒼芽ちゃんは知らないだろ! 近くを通りがかっただけなのに店の中にいる女性客が向けてくる視線の冷たさを!」

「それは一人で通ったからでしょう? 私が一緒ならそんな事になりませんよ」


(ダメだ……蒼芽ちゃん、諦める気配が全く無ぇ!!)


結局修也は半ば蒼芽に引きずられる形で女性用下着売場に連れていかれるのであった。



「嘘だろ……アレだけで1万に届きかける、だと……?」

「言ったでしょ? 可愛いのは高いんですよ」


何とか女性用下着の値札を見ると言うミッションをやり遂げた修也はその値段の高さに愕然としていた。


「男用なんて、俺の中では千円行けば高い方だぞ……その十倍とか……」

「女性用はデザインとかにも拘ったものがありますからね。スタイルを良く見せるように設計された物とかもあります」

「誰かに見せる訳でもないのにデザインに拘るとか……」

「所謂見えないおしゃれと言うものですよ」


よく分からないけどそういう世界もあるものなのだ……と、修也はそれ以上の詮索を止めた。

これは舞原家の家庭事情以上に踏み込んではいけない領域の気がする。


「では、最後の5階へ行きましょう」


そう言って蒼芽は上りのエスカレーターに乗る。修也もそれに続いた。


「5階は何があるんだ?」

「子供用品とか玩具や趣味の物がメインですね。後は装飾品もここです」

「あれ? 装飾品は2階じゃあ?」

「あっちは所謂アクセサリーです。こっちはジュエリーですね」

「ああ、そういう……」


つまり価格帯が違うのだろう。


「それならこの階にも用はできそうだな」

「えっ? まだ早いですよ修也さん。子供の事は……」

「いやなんでそっち行くの。趣味だよ趣味」

「……あっ! すみません!!」

「そもそも相手がいねぇよ」

「……えっと……」

「ああ別にこれは気にしなくても大丈夫。俺位の歳の男なんてむしろ彼女どころか特定の女友達すらいないのが普通だよ……な?」

「なんでそこで自信無さそうなんですか」

「いや、普通を知らんし」

「少なくとも今の修也さんには私がいるじゃないですか」

「ああ……友達どころか一緒に住んでるもんなぁ。それはそれで普通じゃねぇ」

「あ、あはは……」


雑談もそこそこにして、二人は5階の店を見て回る。


「お、本屋もここか。覚えとこ」

「修也さんは普段どんな本を読むんですか?」

「基本漫画ばっかだよ。参考書とかも買うけど普段読みはしないな」

「私も似たようなものですかねぇ……後は雑誌とか女性誌とか」


特に今は本屋に用は無いので中には入らず次の店へ行く。


「おっ、ジグソーパズルが売ってる!」

「へぇ……修也さん、ジグソーパズル好きなんですか?」

「ああ、一時期ハマったよ。合致するピースをひとつずつ延々黙々とハマるかどうかをチェックしてトライアンドエラーの繰り返し……良い精神鍛錬になったなぁ」

「え? あの……パズルってそんな殺伐としたものでしたっけ?」

「あ! その時やってたパズルが売ってる!」


そう言って修也はひとつのパズルを手に取る。


「あの……修也さん? このパズル、私の目がおかしくなってないなら真っ白に見えるんですけど?」

「うん、絵柄の無い真っ白のパズルだからな。ピースの形だけで判断するんだ」

「それもう拷問レベルですよ!? これ1000ピースもあるじゃないですか!!」

「だってそれくらいしかやる事が……」

「わーっ! わぁーっ!! 次行きましょ! 次!!」


また話がおかしな方向に行きかけたので蒼芽は無理やり話を打ち切った。


「ここは宝石や貴金属を取り扱う装飾品のお店です」

「……流石にこれは無理すぎる。さっきのネックレスよりもゼロが二つ以上多いのとかもあるじゃないか」


修也と蒼芽は装飾店のショーウィンドウに置かれてる指輪を見ていた。そして値札を見て絶句していた。


「確かにこれはちょっと……プレゼントされても萎縮しちゃいますね」

「……良かった、蒼芽ちゃんの金銭感覚がぶっ飛んでなくて。こんなのが欲しいとか言い出したらどうしようかと思った」

「い、言いませんよ! こんなの怖くて着けられませんよ!」

「これもあのチケットと交換出来るんだよな……?」

「多分……そう考えると凄く怖くなってきたんですけど」

「俺も……」


改めてあの交換チケットの凄さを実感して身震いする修也と蒼芽であった。

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