「修也さんっ、ショッピングモールが見えて来ましたよ!」
修也の少し先を歩いていた蒼芽が、見えてきたショッピングモールを指さしながら修也の方に振り返る。
「改めて見るとやっぱデカイな……理事長夫人の本気度が伺える」
「駄菓子屋さんから宝石店まで、色んなお店が出店してるんですよ」
「へぇー……で、その中から一品ずつ何でも好きな物と交換出来るんだよなぁ、俺たち……」
「あああ、それ言わないでくださいよぉ……忘れようとしてたのにぃ……」
修也の一言で急に凹む蒼芽。
「もういっそ10円の駄菓子にでもしたら?」
「それは勿体ないです! それに修也さんの功績が10円の価値しか無いように見えて嫌です!」
駄菓子案は速攻で却下された。
「じゃあ宝石のついた指輪にでもする?」
「それはそれで恐れ多いですっ! それにそういう指輪はやっぱり、その……自分で買って付けるのは何か違うと言いますか……」
指輪案も却下された。
ただ、さっきよりも語尾が弱々しい気がする。
「ああ、そう言うのってなんか見栄張ってるように見えるわけね」
「えっと……」
「良いって、分かる分かる。バレンタインのチョコ貰えないからって自分で沢山買って、さも自分はモテてるんだぜって思わせてるやつのイタさと言ったら……」
「……あの、確認なんですけど、それって修也さんのエピソードですか?」
「まさか、そんな訳無いだろ」
「ではモテてたんですか?」
「……それ以前の問題だよ」
「あああ! すみませんすみません!!」
修也の灰色エピソードを掘り起こしてしまった蒼芽がひたすらに平謝りする。
『力』のせいで怖がられ遠巻きにされていた修也だ。
モテる以前に人が近寄ってこなかったのは少し考えれば分かりそうなものだ。
「だ、だって修也さん、見た目も人柄も良い人ですから!! それでつい……」
「……うん、蒼芽ちゃんだけにでもそう思って貰えるなら救いはあるかな」
「本当にすみません! お詫びって訳でもないですがバレンタインは張り切って修也さんにチョコを作って差し上げますから!!」
「お、それなら来年は初めて母親以外からチョコ貰えそうだな」
「はい! 期待しててくださいねっ!」
何とかフォローできたことに安堵の息を吐く蒼芽であった。
「……で、話を戻して、やっぱ自分で高価なアクセサリーを買って身につけるってのは何か違うわけか」
「そうですね。自分でアクセサリーとして買うならシンプルなデザインのものや雑貨屋さんで売ってるようなもので十分です」
「ふーん……俺としてはそれくらいの方が好感持てるなぁ」
「ほ、本当ですかっ!?」
修也の何気無い言葉に身を乗り出して尋ねる蒼芽。
「え? あ、あぁ。あくまでも俺個人の感覚だけどな」
「いえいえ、それで十分です。そっかぁ……ふふふ……」
蒼芽は何やら嬉しそうに微笑んでいる。
「じゃあプレゼントとかも高価なものとかよりシチュエーション重視?」
「んー……ムードが良いに越したことはないですけど……相手も重要ですよ。好きでもない人に貰っても困るだけです」
「まぁそれもそうか。何とも思ってない奴に高価なもの貰ってもリアクションに困るわな」
「はい。私個人の考えになりますけど……好きな人から贈って貰えるというのが大事なんですよ。たとえ安い物でも、好きな人が私の為に用意してくれたと言うのが嬉しいんです。他の要素はおまけ位ですかね」
自分の考えを述べる蒼芽。
(……なんか、俺からなら嬉しいって言ってるような感じがするのは……気のせいだろうな、うん)
『好きな人』のくだりでは修也の方を見ながら蒼芽は言っていたが、これはただ単に自分と話しているからだろう、と修也は結論づけた。
流石に蒼芽の言う『好きな人』に、会って三日目でしかない自分が入るなどとという考えになるほど自惚れてはいない。
「んじゃあ指輪もここじゃあ却下か。だったらこの前可愛いのは高くて高校生には買えないって言ってた下着は?」
「…………あ、それはアリかもしれないですね」
適当に出した下着案だが、意外にも蒼芽には良い案だったらしい。
「ああでも、チケット一枚じゃ無理か」
チケット一枚だと交換できるのは一品だけ。
だったら無理か、と修也は首を振る。
何なら自分の分も提供しようかと考えていた修也だが……
「え? いけますよ?」
それに対し蒼芽は意外そうな顔で反論した。
「え? 上一つと下一つで二枚いるだろ?」
「いえ、私が欲しいのは上下セットなので一つですよ?」
「……え? 女性用はそんなのあるの?」
「……え? 男性用はそういうの無いんですか?」
認識に大分違いがあった修也と蒼芽は、しばしお互いの顔を見つめあって固まるのであった。
「…………ま、まぁそれは置いときましょう! どこから案内しましょうか?」
気を取り直して蒼芽がショッピングモールの案内を再開させる。
「そうだなぁ……とりあえず地下は食料品売り場って言ってたからそこは良いや」
「じゃあ1階からにしましょうか。1階は家具家電売場がメインですね。後、季節の物が置いてたり地域の物産展をやってたりします」
「季節の物?」
「海水浴とかハロウィンとか、クリスマスとかバレンタインの特集コーナーですよ」
「ああ、そういう……今は何やってるのかな?」
「うーん……今は特に何もやってないかと」
「まぁ中途半端な時期だしな」
ああだこうだ言いながらモールに入る二人。
今回は黒ずくめのガタイの良い中年が突撃してくることも無く、すんなり中に入ることができた。
「あ! 何かイベントやってますよ!!」
「おっ、何だ何だ? 何やってる?」
入ってすぐが広場になっていて、そこがイベントスペースになっているようだ。
そして今日は運良く何かイベントをやっているらしい。
「えーっと……『全国陶器市』……」
「……興味ある?」
「いえ……あまり……」
「家具家電にもあまり用は無いし、次行こうか」
「……そうですね」
しかしそれが二人の興味を引くものかどうかはまた別の話だ。
早々に見切りをつけて2階へ行く修也と蒼芽。
「2階はどんな店があるんだ?」
「2階は靴や帽子などの服飾品や雑貨が多いですね。ちなみにレストランやイートイン等の食事スペースもここです」
「そういや、昼何食べる? 蒼芽ちゃんは何か食べたいものある?」
「修也さんに合わせますよ? ちなみに、和・洋・中・イタリアンがあります」
「んー……」
修也は少し考える。
数秒程して答えを出した。
「イタリアンかな」
「分かりました。ちなみに理由をお聞きしても良いですか?」
「一番シェアしやすそうだったから」
「あ、さっきの話の……」
修也は皆で食べ物をシェアして食べると言うのがどうしてもやりたかったのだ。
それが叶いそうな今、みすみすその機会を見逃す手は無い。
「まぁ蒼芽ちゃんが嫌じゃなければ、だけど」
「断る理由なんてありませんよ」
「よし、じゃあ昼決まったところで、時間まで店見て回ろう!」
「はいっ」
修也と蒼芽はまず一番近くにあった店を見てみる。
「……眼鏡屋?」
「視力矯正用だけでなくて、おしゃれ用の眼鏡も置いてあるみたいですね」
そう言って蒼芽は縁無しでレンズが楕円形の眼鏡を手に取って掛けてみる。
「どうですか修也さん、似合います?」
「お、何か知的な感じがする! 蒼芽ちゃん、眼鏡も似合うんだな」
「ありがとうございます。修也さんには……これなんかどうでしょう?」
そう言って蒼芽が手に取ったのは、同じく縁無しだが、レンズが長方形の眼鏡だ。
「わ、似合ってますよ! 仕事の出来る男の人って感じです!」
「蒼芽ちゃん、そういうセンスあるんだなぁ……今度服買う時アドバイス貰おうかな」
「お任せください! 修也さんのお世話係として全力でサポートします!」
「いやいつの間にそんな役職についてんの」
「自分で言う分にはタダですから」
眼鏡屋を後にした二人は、次に帽子屋を覗く。
「帽子ってあまり被った事無いなぁ」
「私も無いですね。でもこうして見ると可愛い物もありますよ」
そう言って蒼芽が手に取ったのはベレー帽だ。
「これなんてどうですか?」
「おお、さっきの眼鏡と合わせると文学少女って感じで良いな!」
「修也さんが被るとどうでしょう?」
そう言って蒼芽は自分が被ってたベレー帽を修也の頭に乗せる。
「どう?」
「んー……修也さん、活動的なイメージが強いので……」
「つまり似合わない、と。まぁ俺も自分でそんな気してた」
修也はベレー帽を外し、元の位置に戻す。
「次は……これはアクセサリー屋か?」
「と言うよりは雑貨屋さんですね。アクセサリー以外にもインテリアとかも売ってるみたいです」
そう言って蒼芽は店の中に入った。修也もそれに続く。
中には陳列棚がいくつかあり、そこに商品が並べて置かれていた。
値段はどれも千円前後で統一されており、中高生でも手が出せる価格設定になっている。
「これは……木彫りの熊!? え、これ千円で買えんの!? このクォリティで!」
修也が見つけた木彫りの熊は結構しっかり作られたものだ。
値札を確認してみてもやはり千円だ。
このクォリティで千円なら超が付くほどお買い得だ。
ネタ枠で買って部屋に飾っても面白そうではあるが……
(よく考えたら邪魔なだけか)
使い道が全くないことに気が付いた。
「蒼芽ちゃん、何か面白いものあったか?」
「えっと、これ可愛いなって……」
そう言って蒼芽が手に取っているのはネックレスだ。
シルバーの細いチェーンの真ん中にハート型のチャームが付いている。
そしてそのハートの真ん中に透き通った青い石が取り付けられていた。
「気になるなら着けてみれば? 店員さん、試しに着けることってできます?」
修也はレジにいた女性店員に声を掛ける。
「はい、ご自由にどうぞー」
「良いみたいだぞ?」
「あ、はい。では……」
蒼芽は手を首の後ろに回し、ネックレスを着けてみた。
「ど、どうでしょうか……?」
「うん、良いと思うぞ」
「お客様、よくお似合いですよー」
「そ、そうですか……?」
今日の蒼芽は白の無地のカットソーなので、チャームがワンポイントのアクセントとなっている。
主張しすぎず、かと言って目立たない訳では無い。
色合いもちょうど良く、お世辞抜きで似合っていると言える。
修也とそばにやってきた店員に似合ってると言われ、照れ笑いを浮かべる蒼芽。
「よし、じゃあこれください」
「えっ!?」
「はい、お買い上げありがとうございまーす」
「えっ、えっ!?」
「では一旦外しますね。箱に入れてお渡しするので」
そう言ってネックレスを外して軽く布で拭いて箱に仕舞う店員。
「ではお会計千円です」
「じゃあこれで」
「はい確かに。ついでに先程見られてたあの木彫りの熊は……」
「それはいりません」
蒼芽が呆気に取られているうちに会計が終わった。
ネックレスが入った箱を袋に入れて、店員が蒼芽に手渡す。
「……優しい彼氏ですね」
そして蒼芽にだけ聞こえる声で耳打ちする。
「!? い、いえっ、その……彼氏では……」
「あら、まだお付き合いしてないんですか。なら上手くいくと良いですね」
「え、えっと……」
店員に囁かれあたふたする蒼芽。
「なのであなたからもお願いしてあの木彫りの熊を……」
「それはいりません」
だがそこだけは素で返した。
「おーい、そろそろ行こうぜ蒼芽ちゃん」
「あ、はい」
「お買い上げありがとうございましたー」
にこやかな顔をした店員に見送られて二人は雑貨屋を後にした。
●
「あの、修也さん、これ……」
店を出てしばらくしてから蒼芽は修也に声を掛ける。
「ん? ああ、こっちに引っ越してきて色々と世話になってる礼と、これからもよろしくって意味も兼ねたプレゼント」
「そんな、良いんですか……? 私が好きでやってる事なのに……」
「なら、これも俺が好きでやった事だ。だから気にすんな。安物で悪いけど」
「さっきも言いましたけど、値段じゃなくて誰に貰ったかが私には重要なんですよ」
そう言って蒼芽はネックレスが入っている袋を両手で持って胸に抱え込む。
「ありがとうございます修也さん。これ、大切にしますね」
そして嬉しそうに微笑むのであった。