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第15話

雨の降り始めた帰り道を修也と蒼芽は一つの傘で歩いている。


「それでですね、修也さんが出て行った後の教室はもう凄いお祭り騒ぎでしてね」

「そ、そうなの? なんか知らないところでそんな祭り上げられるのも変な気分だな……」


肩が触れる距離で歩いていれば、大抵はお互いがぶつかるなどして歩くのに支障が出るものだ。

しかし不思議と二人は普通に支障なく歩いている。

修也が蒼芽を気遣っているのか、蒼芽が修也に合わせているのか。

それともそんな事意識しなくても息が合っているのか。


「ところであの時教師はいなかったの? そういえば姿が見えなかった気がするけど」

「え? いましたよ? クラスの皆の陰に隠れてましたけど」

「気づかなかった……でも、教師としてそれはどうなのよ?」

「緊急時にこそ人の本質って見えてきますよねぇ……」

「まあ流石にあの状況で責めるのは気の毒ってもんだ」

「むしろあの状況で余裕すらみせていた修也さんが凄いんですよ」


そんな話をしているうちに、舞原家が見えてきた。

雨も一時的な通り雨だったようで、今は曇り空ではあるものの雨は降っていない。


「お、もう雨降ってないな」

「っ!」

「じゃあ傘――」

「……あ、あのっ!」

「ん?」


傘を畳もうとした修也の手を蒼芽の手が止める。


「……せっかくですから家の前までこのまま行きませんか?」

「……えっ?」


思わぬ提案に修也はすぐ横の蒼芽の方を見る。

近過ぎる位置にいるせいで逆に表情を見ることができないが、心なしか顔が赤い気がする。

雨が降って空気が冷えたのに、修也の手を止める蒼芽の手になんだか熱が籠ってる気がするのは気のせいだろうか。


「ほ、ほら、アレですよ!」

「アレ?」

「不破さんや七瀬さんみたいな他の人からしたらデートに見えてたみたいですし? それなら最後までデートっぽくしたいかなー……って」

「……」

「……だ、ダメ、ですか……?」


そう言ってちらりと上目遣いで修也を見る蒼芽。


(……その目は反則だろ……)


そんな顔をされては断るなんて選択肢、修也に取れるわけがない。


「……ま、まぁ、蒼芽ちゃんがそう言うなら……」


そう言って修也は傘を畳むのをやめ、そのまま持ち直した。


「! あ、ありがとうございます!」

「お礼を言われるようなことじゃあ……そうだ、せっかくなら腕でも組んでみるか? ……なーんて」

「え? 良いんですか!?」

「え? お、おぅ……」


冗談半分で提案したら、予想外に蒼芽が食いついてきた。期待に満ちた目で修也を見る。

今更冗談でしたとは言えず、修也は曖昧に頷く。


「ではお言葉に甘えて……」


そう言って蒼芽はそっと修也と腕を組む。

さっきまでは肩だけだった蒼芽の温もりと柔らかさが腕全体に伝わってくる。


「……俺に女の子と腕組んで道を歩く日が来るとは……」

「私も、男の人とこうやって歩く日が来るとは思ってませんでした」


(……蒼芽ちゃん、こういうスキンシップに抵抗無い人なんだなぁ……さっき言ってた、男の手を握った事が無いってのも単に機会が無かっただけなんだろうな)

(ど、どどどどどうしよう!? 勢いでやってみたけど凄く恥ずかしい!! でも、なんだか凄く安心する……)


舞原家まであと数十メートル。

それぞれの思惑を抱え、その距離を二人はゆっくりと歩いていった。



「ただいまー」

「ただいま戻りました」


家に入る前に組んでいた腕を解き、蒼芽は玄関を開けた。修也もそれに続く。


「お帰りなさい二人とも。蒼芽、修也さんを何処に連れ込んだの?」

「お母さん、言い方!!」

「いや、特に目的も無く町中を散歩してただけですよ」


紅音の妙な言い回しを真に受けて止める蒼芽に対して、修也は華麗にスルーして話を進める。


「修也さん、スルースキル上がってませんか?」

「いや、全部をまともに受け取ってたら身が持たない気がして」

「うふふ、修也さんも舞原家に染まってきましたね」

「だから言い方!!」

「まぁまぁ落ち着いて、蒼芽ちゃん」

「うぅ……どうして修也さんの方が馴染んでるんですかぁ……」


修也になだめられた蒼芽は修也を睨む。ちょっと涙目で。


「……あら?」


そんな二人の様子を見て紅音が首を傾げる。


「どうしました?」

「いえ……修也さん、散歩中に何かありました? 何か二人の距離が近くなってるような気が……」

「えっ!? な、ななな何も無いよ!?」


紅音の指摘に、蒼芽が顔を赤くさせながら、手と首を振って否定する。


「あ、そうだ紅音さん。ちょっとお話ししておきたいことがあります」

「修也さん!?」


このタイミングでそんな話の切り出し方をした修也に、蒼芽は驚いた顔をして修也の方を振り向いた。


「あら、何かしら?」

「実は散歩中に今朝の不審者侵入事件を担当していた警察の人に会いまして」

「あ、そっち……」


修也がこれから話す内容が、さっきの相合傘や腕を組んで歩いたことではない事に気付き、蒼芽は小さく呟きようやく落ち着きを取り戻した。


「そうそう、修也さん、昨日も今朝も鮮やかに犯人を撃退したから、その腕を買われて警察からスカウトが来たの!」

「……あら? 公務員ってスカウト制だったかしら?」

「俺もそこは突っ込んだんですけどね……だったら警察に協力する個人事業でもいいから、と」

「あら良かったわね蒼芽。将来安泰よ?」

「何で私に言うの!?」


不破警部と同じ事を言われ、顔を赤くして抗議する蒼芽。


「それで修也さんはどうしたいんですか? 私に出来ることなら応援しますよ?」

「それは警察官になる事ですか? 起業する事ですか? ……それとも別の思惑が?」

「さぁ……どれでしょうね? ふふふ」


修也の問いかけに対し意味深に笑う紅音。


「さぁ、もうすぐ晩御飯ができるから荷物を自分の部屋に置いてらっしゃい。それに修也さんは着替えた方が良さそうね」

「え?」

「左肩がずぶ濡れですよ?」

「あ……」


自分の右側に立っていた蒼芽が濡れないように傘をそっちに寄せていた修也だが、その結果自分の左肩が傘からはみ出してしまったらしい。

通り雨程度ではあったが、はみ出た左肩を濡らすには十分過ぎたようだ。


「あっ! すみません修也さん!」

「あら? どうして蒼芽が謝るのかしら?」

「え?」

「修也さんの左肩が濡れてる事に、蒼芽が何か関係してるのかしら?」


そう言って微笑む紅音。

……と言うかニヤニヤしてる。


(これ紅音さん、分かって言ってるな……?)


「分かりました、着替えてきます。蒼芽ちゃんも荷物置きに行こう」

「あっ、は、はいっ」


話を切り上げて自分の部屋に戻る修也。

蒼芽もそれに続く。


「……すみません修也さん、助かりました。あのままだとお母さんに追い込まれて白状させられるところでした」


2階に上がり紅音の目が離れた後、蒼芽が頭を下げてきた。


「……いや、多分紅音さんにはバレてるぞ」

「えぇっ!?」

「まぁ相合傘の所だけだろうけど」

「それだけでも十分恥ずかしいんですけど……!」

「まぁ、なぁ……?」


数十メートルだけとは言え、腕を組んで歩いたのだ。

それが実の母に知られたとなれば……


「あの事までバレたら、絶対揶揄われます……!」

「紅音さんなら十分有り得るな」

「修也さんもすみません、場の雰囲気にあてられてあんな事……ご迷惑でしたよね?」

「いや、そんな事は無いぞ?」

「え?」


俯いて申し訳なさそうに言う蒼芽に対して修也は首を振る。

その回答が意外だったのか、蒼芽は俯いていた顔を上げて修也を見つめる。


「普通に考えてさ、女の子に腕組まれて嫌がる男なんていないだろ。大嫌いな相手ならともかく」

「そういうものですか……?」

「あ、もちろん誰でも良いってわけじゃないぞ? 少なくとも俺は蒼芽ちゃんに腕組まれて嫌な思いはしてないよ。そもそも俺の方から言い出したことだし」

「そう、ですか……」

「むしろ俺の方が心配だよ。こんな俺と腕組んで蒼芽ちゃんが嫌な」

「そんなわけないですっ!!」

「お、おぉ?」


自分と腕を組んで歩いたことで嫌な思いをしてないか聞こうとした修也だったが、蒼芽がかぶせ気味に否定してきたことに少々面食らう。


「ほんの数十メートルでしたけど、すごく、こう……心が落ち着くといいますか、安心できるというか……そんな気持ちになれたんです!!」

「そ、そうなの? 良く分からんけど」

「なので、修也さんと腕組んでも嫌な思いになんて微塵もなりません!」

「分かった。分かったから声抑えて。紅音さんに聞こえるぞ?」

「あ……」


しまった……といった感じで口を押さえる蒼芽。


「もう聞こえてますよー」


だが時すでに遅し。紅音の無慈悲な声が階下から聞こえた。


「あ……あぁ……ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


蒼芽はこれ以上に無いくらい赤くさせた顔を両手で覆い、廊下にへたり込むのであった。



「うぅ……恥ずかしいです……」


その後、通常比5割増しの紅音の微笑みを視界に入れながらの落ち着かない夕食を終えた。

そして昨日と同じ順番で風呂に入り、修也が自分の部屋に戻ってしばらく寛いでいたら、ノックをして蒼芽がやってきた。

部屋に招き入れ、備え付けの座布団に腰を下ろして出てきたのが上記のセリフである。

まだ紅音バレのショックから回復していないようだ。


「あー……まぁ……うん、もっと早めに指摘するべきだったよな、ゴメン」

「いえ、良いんです、悪いのはあんな声の通る廊下で大声を出した私なんですから……」

「と、とりあえずさ!過ぎたことをあーだこーだ言っても仕方ないから話題を変えよう!!」


このままではいつまで経ってもショックから抜け出せないと修也は思い、話題を変えることにした。


「……そうですね。では修也さん、今日は学校はどうでしたか? 手続きだけでしたでしょうけど」

「……あー、うん、手続きはさっくり終わったよ。手続きはな……」

「……え、何かあったんですか?」


修也の含みのある言い方に首を傾げる蒼芽。


「まず、手続きが終わった後理事長室に呼び出されて……」

「え、理事長室?」

「ほら、昨日俺がひったくりから鞄を取り戻す形になった女性いただろ?」

「いましたね」

「その人、理事長の奥さんだったんだ」

「へぇ、そんな偶然もあるんですね」

「それで色々あって交換券が二枚に増えた」

「……え?」

「ほら、これ」


そう言って修也は自分の財布から、二枚に増えた交換券を取り出して蒼芽に見せる。


「えぇ……一枚でも手に余るのに……」

「一人一枚って事らしい。だから蒼芽ちゃんに一枚あげる」

「私、立ってただけなのに……」


唖然としながら蒼芽はチケットを受け取った。


「で、職員室に戻って制服を受け取った」

「あ、修也さんの制服、見たいです!」

「あ、そういやちゃんとハンガーに掛けとかないとシワになるな」


まだ畳んでしまったままだった事を思い出した修也は、今日受け取った荷物の中から制服を引っ張り出してきて、ハンガーに掛けた。


「これが修也さんの着る制服ですか……」


そんな珍しい物でもないのに蒼芽は近寄ってまじまじと見つめる。


「それで色々あってブルマ履かされそうになった」

「……はい?」


だが次の修也の発言に、修也の方に振り向いた。


「……ブルマって、アレですよね? 体育の時女子が履くやつですよね?」

「うん、そう」

「制服のスカートの下に履いておけばスカートが捲れても下着を見られずに済むから大丈夫! ……ってやつですよね?」

「それ、『見える物が何かは関係ない、見えるという事に意味があるんだ!』って奴もいるから過信しない方が良いぞ」

「履いてると意外に温かい上に外からでは見た目が変わらないから冬場重宝するやつですよね?」

「いや知らん知らん」

「じゃあちょっと履いてみます? 私ので良ければ貸しますよ?」

「貸すな貸すな。そもそもサイズが合わんわ」

「じゃあ逆に修也さんが着る服を貸してください。私が着ます」

「何でそうなる」

「えー、良いじゃないですか。私が修也さんの服を着る分にはサイズの問題は解消しますよ?」

「そういう問題じゃねーよ!」


話が変な方向に進んだが、蒼芽の気が紛れたので良しとする修也であった。






ちなみに服は結局貸していない。

もし貸して着ている所を紅音に見られたりしたら元の木阿弥だからだ。

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