「修也さんは何を買いますか?」
「そうだなぁ……そろそろアイスもおいしい気温になってきたよな」
「あっ! いいですね。私もアイスにしよっと」
「蒼芽ちゃんは何味が好き? やっぱブルーハワイ?」
「修也さん、それかき氷です。それに青ければ何でも好きってわけじゃないですよ」
何を買うかあれこれ話しながらコンビニへ向かって歩く修也と蒼芽。
「ところで修也さん知ってました? 屋台でやってるようなかき氷って、どれも味は同じなんですよ?」
「え? イチゴ味とかレモン味とかメロン味とかあるのに?」
「あれは色と香りを変えてるだけなんですって」
「マジでか。何か騙された気分」
「あはは、まぁ値段はどれも同じなんですから良いじゃないですか」
「だったらさ、店構えてるようなかき氷屋はちゃんと果汁使ってんのかな」
「あっ、それなら今度行ってみましょうよ。私探しておきますよ?」
「お、良いな。行ってみようか」
「はいっ!」
そんな話をしているうちにコンビニが見えてきた。
「見えてきましたよ、修也さん!」
「そうだな……って、んん?」
「どうしました?」
「いや……コンビニの前にパトカー停まってないか?」
「あ、本当ですね」
修也たちが目指していたコンビニは、町中に建てられているからか駐車場が無い。
そのコンビニに面している道路にパトカーが路上駐車していた。
「たまたま警察の人が休憩で立ち寄っただけじゃないですか?」
「だからって路駐はどうなんだ……」
修也はそう呟くが、この道路は別に路駐禁止の標識は立っていないので法的には問題ない。
蒼芽の言う通り休憩中にたまたま寄っただけだろう。
修也はそう判断して、大して気にも留めずコンビニに入ろうとした。
しかしその時、ちょうど出ようとしていた客と鉢合わせる。
「わっと……」
「おっと失礼……おや、君は」
「え?」
ぶつかる直前で踏みとどまり、衝突を避けた修也。
相手もぶつかりかけたことを詫びようとしたところで、修也に見覚えがあるようなリアクションを見せた。
修也も改めて相手を見てみると、相手は先程不審者を警察に引き渡した時の、修也をスカウトしてきた背広の警察官だった。
「あ、さっきはどうも」
「ははは、まさかこんなすぐまた会う時が来るとはねぇ」
軽く頭を下げて会釈する修也に、笑顔で応える警察官。
「修也さん、こちらの方は?」
後ろにいた蒼芽が聞いてくる。
「今朝の不法侵入者を引き渡した時にいた警察の人」
「おや、そちらのお嬢さんははじめましてだね。私は
そう言って警察手帳を見せながら蒼芽に自己紹介する不破警部。
先程は観察する時間が無かったが、改めて見てみると風格に威厳がある。
一見するとただ痩せているように見える体格も、無駄な贅肉が無いというだけだ。
オールバックにしている髪に白髪が混じっているが、それも老いよりも渋みを感じさせる。
顔も笑ってはいるが、目の奥からは隙が全く感じられない。
伊達に長年警察をやってはいないということだろうか。
「警部……って、どれくらいの役職なんですか? 凄い人だというのは分かるのですが……」
「はっはっはっ! そうだね、確かに君のような女の子にはあまり馴染みが無いから分からないよね!」
蒼芽の質問に対して不破警部は豪快に笑った。
「す、すみません」
「良いよ良いよ。そうだねぇ、普通の会社だと課長位になるのかな? 学校だと学年主任位だろうねぇ」
「あ、今の説明で何となく分かりました」
得心がいったらしい蒼芽に対して満足気に頷く不破警部。
「で、不破警部」
「『警部』は付けなくて良いよ。君たちは警察の人間じゃないからね」
「では不破さん。今朝の事件、何か分かったことありますか?」
事の顛末が不明瞭なままだったので、知りたかった修也はダメ元で聞いてみた。
「うーん、あまり部外者に話す訳にはいかないんだが……まぁ君はがっつり関係者だしね。良いよ、話してあげよう。ただ、他言無用で頼むね」
すると意外にも了解の返事を貰えた。
「あの、だったら私は聞かない方が良いのでは……」
そう言って蒼芽は席を外そうとしたが、
「ああ別に良いよ。もったいぶった言い方したけど、あまり大した情報は無いから」
不破警部に止められた。
「じゃあここじゃ何だし、ファミレスにでも行こうか」
そう言ってパトカーの助手席に乗り込む不破警部。
「さ、君たちも乗った乗った。パトカーに乗るなんて滅多に出来ない経験だぞ?」
「い、良いのかな……?」
「どうなんでしょう……?」
顔を見合わせて困惑する修也と蒼芽。
「心配しなくてもいいよ。お金は私が出すから」
「いやそういう訳じゃあ……」
「遠慮もしなくていいよ。子供は子供らしく大人を利用すれば良いんだよ」
悩んだ修也と蒼芽だが、不破警部の身分ははっきり分かっている。
それに今日知り合ったばかりだが、悪い人ではないのも何となく分かる。
なので結局はパトカーの後部座席に乗り込んだ。
「よし、じゃあ出してくれ。最寄りのファミレスな」
「警部……パトカーはタクシーじゃないんですよ?」
運転席に座ってた、不破警部の部下らしい若い女性警察官が呆れ顔とジト目で苦言を呈す。
「はっはっはっ! 今更じゃないか!!」
「もう……悪い上司を持つと苦労しますよ。あなたたちもごめんなさいね?」
「いえ、そんな……」
「と言うか良いんですか?」
「……まぁ、あなたの方は事件解決に協力してくれてるしね。事情を聞くと言う体で報告するから気にしなくても大丈夫よ」
そう言って女性警察官はエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。
●
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
「4人だ」
「では空いてる席にどうぞー!」
修也たちが入ったファミレスは、昼のピーク時を過ぎていたからか客はあまりいない。
不破警部は一番奥のテーブルに座った。
一応周りに聞かれにくいように配慮はしているようだ。
「さ、好きなものを注文してくれていいよ」
「えーと……じゃあドリンクバー単品で」
「あ、私もそれで」
「何だい、別に遠慮しなくても良いのに」
「いえ、昼はもう食べましたので……」
「ふむ、じゃあドリンクバー4つね」
不破警部たちもドリンクバーにするようだ。
「あ、そうそう。そういえば私の自己紹介がまだだったわね。私は
それぞれが自分の飲み物を取ってきて席に着いた後、若い女性警察官が自己紹介してきた。
「あ、土神修也です」
「えっと、舞原蒼芽です」
「土神君と舞原さん、ね。よろしく」
そう言ってわずかにほほ笑む優実。
職業柄なのか元々の性格なのか、キリッとした雰囲気があるがとっつきにくさは無い。
茶色の髪を肩の上あたりで綺麗に切り揃えている、クールビューティという言葉が似合う人だ。
(藤寺先生にこの人の爪の垢煎じて飲ませてやりてぇ……)
優実とはほぼ対極の位置にいる陽菜の顔を思い浮かべながら修也はそんな事を考えていた。
「……で、土神君は何を聞きたいのかな?」
優実と修也たちの自己紹介が終わった後、不破警部がおもむろに聞いてきた。
「えっと、そうですね……あの男がこんな事件を起こした動機とか背景ですかね」
「良いだろう、それくらいなら機密にも触れないから話せるよ」
そう言って不破警部は自分が用意したコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「とは言ってもまだ取り調べ中で分かってないことも多いんだよ」
「まあ、今朝の話ですからね」
「今回の被疑者は40代の無職の男だ。一応名前は伏せさせてもらうよ。こんな奴でも個人情報がどうのこうのってうるさい時代だからね」
「はぁ……」
「被疑者はいわゆる引きこもりでね、大学も良いところを出て就職したのは良いけど、わずか1か月で辞めてそれ以来ずっと自分の部屋に籠っていたそうだ」
「就職までは順風満帆だったのに初めてそこで挫折を味わい、立ち直れなかったのではと私たちは推測しています」
優実が補足する。
「でもいい加減両親も我慢の限界が来てね。つい数日前にとうとう無理やり放り出したそうだ」
「よくできましたね? あの男結構ガタイ良かったですよ?」
「少しの現金を渡してそれらしい理由をつけて外に出した後、行き先を告げず引っ越したそうだ。帰ってきた時にその事に気付いて暴れて警察沙汰になったんだ」
「あ、だからこの短時間でもそれなりの情報が集まったんですね?」
蒼芽の言葉に不破警部は頷く。
「家を追い出され所持金も僅か。そんな奴がどうするかと言えば……」
「犯罪に手を染めたんですね?」
「そういう事だ」
修也の推測に頷いて肯定する不破警部。
「初めはコンビニ強盗を企てた。ほら、さっき君たちと会ったあのコンビニだよ」
「あ、それで……」
「でもそれは失敗。店員が隠し持ってたスタンガンで逆に脅されほうぼうのていで逃げたそうです」
「店員さんの方が物騒ですよ!?」
淡々と告げる優実に蒼芽がツッコミをいれる。
「脅しただけで実害は加えてないからセーフだよ」
「そ、そうだっけ……?」
「次は万引きをやらかそうとした。でも……」
「でも?」
「店の店員に決定的瞬間を目撃され、追いかけ回されながら墨汁の入ったカラーボールをしこたまぶつけられたらしい」
「……もしかしてあいつが全身黒ずくめだったのって……」
「これも未遂で終わり、何とか逃げ切った」
「悪運強いなぁ」
「それでも被疑者は懲りなかった。次はひったくりに手を染めた」
「……んん?」
「身なりの良い老婦人に狙いを定め、持っていたバッグを奪ったんだ」
「……え?」
何か身に覚えのある話に、修也と蒼芽は首を傾げる。
「今度は奪う事には成功したが、たまたま通りがかった通行人にすっ転ばされ、奪ったバッグも取り返された」
「……修也さん……」
「ああ、それって……」
「どうかしましたか?」
顔を見合わせる修也と蒼芽を不思議に思った優実が声をかけてくる。
「あの、不破さん……」
「ん?どうしたのかね、土神君」
「その通行人……俺です」
そう言って修也は自分を指差した。