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第11話

「ただいまー」

「ただいま戻りました」


修也と蒼芽、二人揃って舞原家の玄関をくぐる。


「あら? 修也さんが早いのは聞いていたけど、蒼芽も早いのね?」


リビングにいた紅音が顔を出し、玄関にやってきながら不思議そうな顔で尋ねる。


「それがね、聞いてよお母さん! 昨日修也さんがやっつけたひったくり犯が、今度は学校に凶器を持って不法侵入してきたの!」

「あらあら修也さん、人気者ですね」

「いや、別に俺狙いではないかと……それに、あんな中年のおっさんに人気あっても嬉しくないです」

「じゃあ若い女の子なら?」

「……そりゃまあ、悪人じゃなけりゃ人気があって損は無いでしょう」


何か誘導尋問の気配を感じたので、修也は当たり障りのない答えを返す。


「それで、不法侵入してきた人はどうなったの?」

「それがね、また修也さんがやっつけたんだよ! それに今度は逃がさずちゃんと捕まえたんだよ!」

「でも念のために生徒は全員下校させようということになって今に至ります」

「あらまぁ……」


興奮気味の蒼芽のセリフに、紅音は珍しく本当に驚いたような表情を見せた。


「修也さん、お怪我は無いんですか? 今の蒼芽の話だと相手は凶器を持っていたようですが」

「大丈夫です。全くの無傷です」

「あらあら……流石ゾルディアス流古武術の正統継承者ですね」

「だからそんなもん継承してませんってば」


ナチュラルに笑顔でボケる紅音にツッコミを入れずにはいられない修也だった。


「ところで紅音さん、こんな時間に家にいて、仕事は大丈夫なんですか?」


今はまだ昼前。普通の会社員なら会社に出勤している時間のはずであるが……


「今日は修也さんが早く帰ってくるということで在宅勤務に切り替えさせてもらったんです」

「そんな急な申請、よく通りましたね? 俺が今日昼前に帰ってくるって言ったの今朝ですよ?」

「柔軟な対応ができるのがこの会社の良いところなんですよ」

「……まあなんにせよ紅音さんが家にいるんなら都合が良い」

「あら、私に何か用事ですか?」

「ええ……紅音さんと蒼芽ちゃんに少し……いえ、かなり大事な話があります」


修也は息が詰まりそうな緊張感の中、何とかそう切り出した。

今から自分は秘密として隠し通そうとしてきたことを話そうとしている。

その結果、気味悪がられ、距離を置かれてしまうかもしれない。

腫物を触るような扱いを受けることも覚悟しないといけない。

そう考えると気が重い。しかしもう隠し続けることはできない。


「……では、場所を変えましょうか」


修也の表情から何かを察した紅音は、リビングへ移動する。

修也はそれに続く。蒼芽も修也についてくる形でリビングへと歩き出した。



「……では、聞かせていただけますか?」

「……はい」


リビングの机で紅音と向かい合う様に座る修也。

蒼芽は修也の隣に座った。

紅音に促され、修也は話し始めた。


「……俺には、昔から特技……と言って良いのかは分からないけど、それが3つあります」

「昨日話してくれた護身術っぽいものもそのひとつですか?」

「ああうん、そうだ。ただまぁ別に、これはなんてことは無い。『へぇ、そうなんだ』で終わる話だ」

「それでは終わらないくらいスタイリッシュだった気がしますけど……」


蒼芽は昨日のひったくり事件と今日の不審者との応戦を思い浮かべる。


「今回の話の要点はそこじゃないから。で、二つ目ですが……俺、目が良いんです」


そう言って修也は自分の目を指さす。


「視力が2.0を超えるとか、そう言う話ですか?」

「いえ、正確には『動体視力が良い』んです」

「と言うと、あれですか? 文字が書かれたボールを投げてもらった時、その文字が読めるというやつでしょうか?」

「まぁそういうやつです」

「漫画とかでたまに見る『へっ、お前のパンチなんて止まって見えるぜ!』とかいうやつでしょうか?」

「ニュアンスはまぁそんな感じだけど……蒼芽ちゃん、君は普段どんな漫画読んでんの?」


とても女子高生が読むようなものでは無い漫画を例に出してきた蒼芽に疑問を呈する修也。


「……まぁとりあえずそれは置いといて、俺はそれで相手の目の動き・呼吸・重心・筋肉の動き等が読めるんです。なので一対一なら相手の動きの一手先が分かるんです」

「それであの時ナイフがかすりもしなかったんですね?」

「そういう事。でも、これもまた『目が良い』で終わる話だ。問題は……三つ目だ」


そう言って修也は自分の手に視線を落とす。


「これは、さっきまでとは違って個人差とか特技のような現代の科学では説明がつかない……言わば超能力です」

「超能力!?」

「まぁ多分イメージしてるようなド派手で凄い能力じゃないけど」

「どんな能力なんですか?」

「そうだな……蒼芽ちゃん、ちょっと俺の手を握ってくれるか?」


至極当然の質問をしてきた蒼芽に、修也は自分の右手を差し出す。


「え、良いんですか!?」

「お、おう……」


やたら期待に満ちた目をして身を乗り出して来た蒼芽に若干引きつつも修也は頷いた。


「そんな期待されても、応えられるような能力じゃないんだけどな……」

「うふふ、蒼芽は修也さんの手が握れるのが嬉しいだけですよ」

「え?」

「お母さん!?」


微笑みながらそう言う紅音に蒼芽は顔を真っ赤にさせて制止する。


「ち、違いますよ? 男の人の手を繋ぐことが全然無くて緊張してるだけですからね!?」

「それフォローになってんのかな……? あ、でも俺も女の子と手を繋いだ事なんて記憶に無いわ。……にしても、女の子が言うと可愛らしい印象なのに、男が言うとモテない寂しい奴って印象になるのはなんでだろ……?」

「え、えーと……」


違うベクトルで落ち込み出した修也に何と言って良いか分からず言葉に詰まる蒼芽。


「と、とりあえず、話を進めましょ!? ね? ……はいっ、これで良いですか?」

「っ!」


そう言って蒼芽は修也の右手を両手で包み込むようにして握る。

修也の手より一回りほど小さいが、柔らかく温かい手だ。

今まで経験したことの無い感触に修也はちょっとドキッとした。


「ここからどんな能力を見せてくれるんですか?」

「あ、いや……これはただ俺の今の手の状態を確認してもらっただけ。どうだ?」

「…………普通の手ですね?」

「うん、じゃあ一旦離して」

「あ、はい」


修也に言われて蒼芽は手を離す。

少し名残惜しそうにしてた様に見えたのは気のせいだろうか?


「………………」


蒼芽の手が離れた事を確認してから、修也は右手に『力』を使う。


「じゃあもう一回握ってみてくれ」

「はい」


改めて修也の手を握る蒼芽。


「わっ!?」


再び修也の手を握った蒼芽が驚きの声をあげた。


「どうしたの蒼芽?」

「お母さん! 修也さんの手が…………凄く硬いの!」

「硬い?」

「うん、もうカッチコチ! まるで鉄の塊みたい!!」

「修也さん、私も触ってみて良いですか?」

「ええ、どうぞ」


修也は紅音にも手を差し出した。


「…………確かに、これは筋肉に力を入れたとかそう言うものではなくて、蒼芽の言う通りまるで鉄の塊みたいですね……」

「これが三つ目の特技です。俺は俺が触れたものや俺自身を『硬くする』という不思議な力があります。何と呼べば良いのか分からないので、俺は単に『力』と呼んでます」

「どれくらい硬くなるんですか?」

「……とりあえず、銃弾をまともに喰らっても跳ね返せる程度には。ゲーム風に言えば、物理攻撃を全く受け付けなくなるかな」

「では魔法攻撃は普通にダメージを受けるんですね?」

「いや知らん知らん。こんな力見せといて言うのもアレだが、魔法なんて現実には無いだろ」


蒼芽がちょいちょい小ボケを挟むお陰でそこまで重い空気にはなってない。

狙ってるのか素なのかは分からないが修也にとってはありがたい。

修也はこのまま話を進める。


「逆に言えば硬くするだけです。それ以外は何の変化もありません。例えばガラスを硬めたら防弾ガラスも真っ青の強度になりますが、光は普通に通ります。アルミホイルを丸めて硬めた棒で鉄パイプをへこませる事も出来ますが、熱すれば普通に熱くなります。融点まで温度を上げれば融けると思います。試した事無いから想像ですが」

「つまり、熱や光みたいなエネルギー攻撃までは防げない、と」

「だからなんだって感じですけどね」


そう言って修也はため息をついて『力』を解除する。


「あ、元の柔らかい手に戻りました」


ずっと修也の手を握っていた蒼芽がそう言って修也の右手をぐにぐにと弄り出した。


「見た目は何も変わってない。なのにどんなに攻撃されてもノーダメージ。寧ろ殴った方が怪我する始末です」

「確かに、鉄の塊を殴ってるようなものですもんね……」

「傍から見たらそんな人間、気持ち悪いだけでしょ? だからこの『力』の事は誰にも言わないつもりだったんです。気味悪がられて距離を置かれて敬遠されるのは分かっていたので」

「修也さん……」

「でも今回の事件で、他に手が無かったとはいえ蒼芽ちゃんの目の前で『力』を使ってしまった。もう隠し続けることは出来ないと思い打ち明ける事にしたんです」


そこまで一気に言ってから修也は紅音の表情を伺う。

紅音はなんだか困ったような表情をして頬に掌を当てていた。


(……そりゃそうだよな。こんな話されて困らない訳が無い……最悪の場合も考えておかないとな……)


そんな得体の知れない力を持ってるような人と暮らすなんて悪いが出来ない。

申し訳無いけど出ていって欲しい。

修也はそう言われることも覚悟していた。


(大丈夫、今までも似たような事は言われてきた。『力』の事を話すと決めた時点で覚悟していたじゃないか……)


「……修也さん」


……しばらく間を置いてから、しんと静まり返った空気を打ち破るかのように紅音が修也の顔を見ながら口を開いて話し始めた。

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