「私の考えとしてはだねぇ……逆転の発想をするんだよ」
「逆転、ですか?」
陽菜の言葉に首を傾げる修也。
「うん、今回の場合はこうだね。秘密にしてるからバレた時に大変なことになる。なら秘密にしなかったらまったくもって問題なし!」
「えぇ……」
「隠すから後ろめたいんだよ。あえてオープンにしておけば案外誰も気にしないよ?」
「そういうもんですかね……?」
「私を見てみなよ。ブルマフェチをこれでもかってくらい公言してるし」
「あー、そう言えば……」
「私が教師を目指したのは合法的にブルマを見れるし履けるからなんだよ!」
「見れるは百歩譲ってスルーするとして、履けるはなんか違うでしょ」
「この学校の体操服をブルマにし続けるよう署名集めて理事長や生徒会に直訴もしてたからね!」
「何やってんですか……ってかよく署名集まりましたね」
修也は、ブルマはあまり女子ウケが良くないものだと思っている。
まあこれはただ修也が何となくそう思っているだけで、実際はそうでもないのかもしれないが。
「そこは私の行動力とプレゼン力の賜物だね! でも私を嘲笑したり軽蔑してくる人なんていないよ?」
「単にドン引きしてるだけじゃないですかそれ?」
「そんな事無いよ? 『ある意味尊敬する』って言われたし」
「『ある意味』って付いちゃってんじゃないですか」
感心したら良いのか呆れたら良いのか分からなくなってきた修也は深いため息を吐いた。
「でもまじめな話、自分から公言するってのは悪い方法じゃないんだよ」
「そうですかね……?」
「また私の体験談になるけど、私って胸凄く大きいでしょ?」
「そうですね」
今更確認するまでもなく陽菜の胸は物凄く大きい。
自分でさんざんネタにしているのだから変に気を遣う必要も無い。
「ほら、それだよ」
「え?」
「自分からネタとして堂々と振るから相手も気兼ねしなくなるんだよね」
「あ……」
「小学校中学年あたりでもう傍目にも分かるくらいだったからね。よく男女問わず揶揄われたりいじられたりしたもんだよ」
「確かにそれくらいの年代ってそういうとこありますよね」
「それでもう人目が気になりすぎちゃってね。猫背になったり体の線が分かりにくい服ばっかり着てそりゃもう陰鬱で地味で灰色な学生生活を送ってたわけよ。今で言う所の陰キャだね」
「それでよく今みたいな性格になりましたね?」
今の陽菜の性格はまるで真逆である。
ドヤ顔で胸を張ることも多いし、体の線がこれでもかというほどはっきり出るブルマを普通に愛用している。
スーツ姿の時もピシッとしたものを着ていたし、周りの目を気にする素振りなど全く無い。
「いわゆる高校デビューだね。いっそ自分から堂々とネタにしてしまえ! と思い立った訳よ」
「それでどうなったんですか?」
「友達は増えたね。揶揄ってくる奴もいたけど思ったようなリアクションが無くてつまらなかったのかすぐにいなくなったよ」
「へぇ……」
「そうやって高校・大学は全くの真逆の充実した学生生活を送ることができたってわけ。これも全てあの時の逆転の発想のおかげ!」
「なるほど……」
「でもね、流石に公衆の面前でブラウスのボタン全部ポーン!! ……はショックだったよ」
「励ましたいのかネタ披露したいのか落ち込みたいのかどれなんですか」
「せめて……せめて可愛いブラなら……!」
「まだ言ってんですか」
良い話っぽかったのに最後の最後で自分からぶち壊しに行く陽菜。
でも陽菜と話をして少し心が軽くなったのは間違いない。
「先生、ありがとうございました。少し楽になった気がします」
「これくらいなんてことないよ! さっきも言ったけど、生徒の心のケアは教師の仕事。土神君はもう私の生徒なんだからねっ」
なんだかんだ言っても陽菜に教師という仕事は向いているのかもしれない。
修也は陽菜の事を少し見直した。
口に出すと調子に乗りそうだから言わないが。
「あ、藤寺先生! ……と、あれ? 土神君もいたのかい?」
「あ、理事長!」
修也と陽菜が話しているところに理事長がやってきた。
「今警察の方が見えられたんだが、藤寺先生が呼んだのかい?」
「おお、もう来たんだ。最近の警察は仕事が早いねぇ」
「何かあったのかね?」
「不審者が侵入していたんですよ。それを捕まえたので連行してもらおうと」
「なんと! 生徒は無事だったのかい?」
「ええ、大丈夫です。誰も怪我してません」
「そうか、それは良かった……ん?」
怪我人がいなかったことに安堵の息を吐く理事長。
しかし何か違和感があったようで首を傾げる。
「捕まえたって、まるで当事者のように言ってるけど……」
「ええ、まぁ成り行きで俺がぶっ飛ばしちゃったんですよね」
「え? 土神君がかい? 藤寺先生じゃなくて?」
「いやですねぇ理事長、私がぶっ飛ばすのは発想だけですよ」
「自分で言いますかそれ」
「そうか……君は僕の妻だけでなく、この学校も助けてくれたんだね」
「そんな、大層なことでは……」
「いいや、この学校の代表としてお礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう」
そう言って深々と頭を下げる理事長。
「そんな、理事長たる人が一生徒に簡単に頭を下げるなんて……」
「お礼を言うのに立場なんて関係ない。それに礼と謝罪が迅速にできないトップなんてトップの資格は無い。僕はそう考えているんだよ」
本当にこの理事長は人ができている。
何十歳も歳が離れている修也にこうやって簡単に頭を下げて礼を言える。
こう言う所が人として慕われる所以なのだろう。
「とにかくこいつは警察に引き渡しましょう」
「ああ、そうだね。来賓室に来てもらってるから一緒に行こう」
そう言って先頭を歩きだす理事長。
修也と陽菜もそれについていく。
(た、助かったー! 闇雲に走ったせいでここがどこか分からなくなってたんだよなぁ……『三度目の正直』って言葉があるのにこんなことになるのは予想外だった)
残念ながら『二度あることは三度ある』という言葉もある。
何はともあれ三度道に迷うという失態を侵さずに済んだ修也は内心安堵しながら廊下を歩くのだった。
気絶させた男を引きずりながら。
●
陽菜は職員室に戻り、修也は理事長と二人で来賓室に入る。
来賓室には三人の警察官がいた。
その内二人は若い警官で制服を着ている。
残りの一人は背広を着ていた。恐らく上司なのだろう。
「……はい、ではこの男は我々が責任を持って連行します」
「よろしくお願いします」
若い制服の警察官二人に男を引き渡す。
男の両脇をがっちりホールドして警察官は退室して行った。
「……というか、まだ気絶してんのかアイツ。力加減間違えたかな……?」
「……あれは君がやったのかな?」
まだぐったりして動かない男の背中を見送りながら呟く修也に、その場に残った背広の警察官が尋ねてきた。
「あ……もしかして傷害罪とか暴行罪とかで俺も連行されちゃうんですか……?」
過程はどうあれ殴ったのは事実なのでちょっと不安になってきた修也は尋ねる。
「ん? ……はっはっはっは!!」
修也の質問にキョトンとしていた背広の警察官だが、少し間を置いて笑いだした。
「大丈夫大丈夫! 君をしょっぴくつもりなんてこれっぽっちも無いよ」
「そ、そうですか」
「拳銃を生徒に向けられたから咄嗟に殴ったんだろう? それが思った以上にクリーンヒットして相手は昏倒した。十分正当防衛の範囲内だよ」
「それなら良かったです」
警察から問題無いと太鼓判をおされ、修也は安堵の息を吐く。
「それよりもだね……」
「え? 他に何か問題が?」
「いや……土神君と言ったね? 君、警察官になる気は無いかな?」
「は、はい?」
突然のスカウトに面食らう修也。
「今回の事件、君一人で全部解決したんだろう? 警察としてはそれだけ有能で将来有望な少年を見過ごすのはあまりにも惜しい」
「は、はぁ……」
「まぁすぐに答えを出すのは難しいだろう。それに君はまだ学生だ。ゆっくり考えたら良い。これを渡しておこう」
そう言って背広の警察官は名刺を差し出してきた。
「何かあったらここに連絡してくれ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあね。次会う時はこういう事件の時じゃないと良いね」
柔らかく笑いながらそう言って背広の警察官は立ち上がり来賓室を出ていった。
「あ、そうだ、せっかく理事長にまた会えたので聞きたい事があったんです」
背広の警察官が出ていった後、修也は聞きそびれていた事があったのを思い出し、理事長に尋ねる。
「ん? 何だい?」
「この学校、この町に住んでる人は学費等諸々が半分免除されると聞いたんですが、俺は厳密には違うと思うんです。住民票移してないし」
「ふむ……」
「だから俺は免除されないんですかね」
「そうだねぇ……半分免除って訳にはいかないかなぁ」
「ですよね……」
「9割免除でどうだろう?」
「はい!?」
全額払わないといけない事を覚悟していた修也だが、まさかの提案に驚く。
「なんで免除割合が増えるんですか!?」
「妻を救い、学校の生徒を救ってくれた。それで十分理由になるよ」
「え、えぇ……」
「本当は全額免除でも良いんだけど流石にそれは気後れするだろう?」
「いや、9割でも相当……てか、それで経営成り立つんですか!?」
「いや、この学校は投資目的で運営してるからそれは気にしなくて良いよ」
「投資目的……?」
「うん、良い教育を受けてもらって優秀な人材に育てば社会に貢献してくれる人が増える。回り回って僕たちの暮らしが良くなるんだよ」
「随分スパンの長い計画ですねぇ」
下手すれば何十年レベルの計画になる。
しかも上手くいく保証は無い。
「まぁ既に優秀な生徒が来てくれたんだから計画は半ば成功だよはっはっは!!」
豪快に笑い飛ばす理事長に人としての器の大きさを感じた修也だった。
●
「さぁ、今度こそ帰るぞ」
来賓室を後にした修也は、同じ失敗をしないように蒼芽が案内してくれた道順通りに廊下を歩く。
「っと……何だ?」
出入口まで残りちょうど半分位になった時、修也のスマホが着信を知らせる。
「……っ!」
画面を開いて確認した修也の表情が強ばる。
着信の相手は……蒼芽だった。