男が銃弾を放った拳銃。
それは銃社会ではない日本ではほとんど流通していない。
理由は言わずもがな。銃刀法違反という立派な犯罪だからだ。
空気の圧力でBB弾を飛ばすエアガンですら規制が入るのだ。流通しないのも当然である。
銃が比較的流通しているアメリカ等でも時々銃乱射で被害者を多数出すという痛ましい事件が起きている。
当たり所が悪ければ即死。良くても重傷を負う。
そんな凶弾が修也の眉間に向けて放たれた。
修也はそれを……
「ていっ」
まるでハエを払うかのような手振りで叩き落とした。
「……………………は?」
今目の前で起きた現象が男には理解できなかった。
銃弾を避けるというだけでもあり得ないのに、今目の前のガキは何をした?
まるで邪魔なハエを払うくらいの感覚で銃弾を叩き落とさなかったか?
いやあり得ない。銃弾だぞ? そんなことしたって手が弾け飛ぶだけだ。
じゃあ何故……眉間にめがけて放った銃弾は誰も傷つけずに力なく床を転がっている?
「おおー、ぶっつけ本番だったからうまくいくか分からなかったけど意外と何とかなったな」
一方修也はそう言いながらも手首を振りながら余裕の表情を崩していない。
「な、ななななななんで銃弾を受けて平気なんだよ? 傷一つ無いんだよ!?」
「いやホントは漫画みたいに銃弾キャッチとかやってみたかったけど流石にそれは無理だったわー」
「質問に答えろ!!」
「んー……気合?」
「ふ、ふざけるなああああぁぁぁぁぁ!!!」
ふざけた態度の修也に怒り心頭の男は再び修也に向けて引き金を引く!
「ていっ」
しかしまた修也は軽々と叩き落とす。
「いやふざけてないよ? 実際気合の要素が大多数だし」
「気合で銃弾が弾けるかっ!!」
「じゃあ今の2発はどう説明するんだ?」
「何かイカサマをやったんだろ!!」
「いやイカサマて」
「そうじゃないってなら手も出すな!」
「えぇー……なんでそこまで付き合ってやらんといけないんだよ。バカなの?」
「……もう、絶対、ぶっ殺す!!!」
もう臨界点をぶっちぎる勢いで怒り狂ってる男は、今度は修也の心臓めがけて引き金を引いた。
狙い寸分違わず銃弾は修也の左胸に向けて一直線に飛んでいき、修也の心臓をつらぬ……かなかった。
いやそれどころか服すらも貫いていない。
服に当たった時に『ガィンッ!!!』という硬質な音がして銃弾の方が弾かれた。
「はぁ……そろそろ良いか? これ以上は時間の無駄だろ」
「くっ……このっ、化け物めええええぇぇぇぇ!」
「!」
「こうなったら他のガキを……」
「させると思うか?」
「なっ! ……がぶっ!!?」
修也から他の生徒へ狙いを変えて引き金を引こうとした瞬間、修也の声がすぐそばから聞こえた。
一瞬で距離を詰められていたことに驚く間もなく顎に強い衝撃が走り、男の意識はそこで途絶えた。
●
「……あ、やっべ、つい力入っちゃった。動機聞きたかったんだけどなー……ま、大金持ち云々って言ってたから身代金とかその辺だろ。うん、解決」
男の顎をフックパンチ一発で昏倒させた修也は、思った以上に綺麗に決まったことにちょっと焦っていた。
「いやー……生徒の皆様に危害を加えそうだったからついつい……」
誰にしているか分からない弁明を修也がしていると……
ウオオオオオオオオオオォォォォ!!!
物凄い歓声が教室内に響いた。
「わっ!? なんだなんだ?」
「すげぇ! すげぇよあの人!!」
「カッコいい! まさに私たちの救世主!!」
「うちの制服着てないけどどこの人だろ?」
「最後のフックパンチ凄いな!? あんなガタイの良い男が一撃KOだぜ?」
「そういや聞いたことある! ああやって顎を横から殴ると脳が揺さぶられてどんな大男も昏倒させられるって」
「え、ホント? ちょっとやってみて良い?」
「良いわけ無いだろ!?」
「いやそれよりもナイフや銃を前にしてあの余裕の立ち回りがクール!!」
「そうそう! それでノーダメージ勝利とか凄すぎ!!」
教室にいた生徒達が口々に賞賛の声を浴びせる。
「あ、あは、あはははは……」
どういうリアクションをして良いか分からず、曖昧に笑って誤魔化す修也。
しかしとある一点を見た途端、その笑みが凍り付いた。
「っ!! じ、じゃあこの男を連行しないとな! それじゃあお騒がせしましたー!!!」
修也はそう早口でまくし立てて男の襟首を掴んで風のように教室から立ち去った。
教室内では未だ興奮から覚め止まぬ生徒達の歓声が響いていた。
だから、ぽつりと呟かれたこの一言を聞いている生徒はいなかった。
「修也さん……?」
●
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
どれだけ走ったか分からない。
どこをどう走ったか覚えていない。
修也は無我夢中で廊下を走っていた。
やがて流石に息が上がり、修也は足を止め膝に手をついて息を整える。
「まさか、あそこに、蒼芽ちゃんが、いたなんて……!」
まだ息が整いきってないからか、切れ切れになりながら呟く。
「今度は、絶対気づかれたよな……『力』使ったのを」
父親からできるだけ使うなと念を押され、自分自身でも使うつもりは無かった。
流石に先程の状況では使わないと死んでしまっていただろうからやむを得ない。
それでも自分を知る人がいないから大丈夫だと高をくくっていた。
だからあの場に蒼芽がいると分かった瞬間は心臓が止まるかと思った。
この『力』はラノベの能力者バトルもののような派手なものではない。
しかしこの『力』を見て良い反応をした人は一人もいない。
あの教室にいた生徒たちは不審者を一撃で昏倒させたということの方に注目が行っているから多分大丈夫だろう。
しかし蒼芽だけはそうはいかない。
(蒼芽ちゃんにも、怖がられ避けられるんだろうか……?)
せっかく仲良くなれたのに全て台無しになってしまうのか?
非常に気まずい状態でこれから一緒に暮らさないといけないのか?
修也の心の内は悲壮感でいっぱいだった。
「あれ? 土神君じゃん。まだ帰ってなかったの?」
そんな修也の背中に声をかける人がいた。
「その声は……藤寺先……生……?」
声をかけられて振り返る修也だが、途中から顔が引きつっていく。
「ん? どしたのそんな変な物を見るような顔して」
「実際変な物見てますからね」
「失礼だなー! こんな巨乳美少女をつかまえて」
「少なくとも少女じゃないでしょ。俺より年上じゃないですか」
「心はいつでも少女だよ!」
「知りませんよ……で、なんでそんな格好してるんですか」
陽菜は先程は普通にスーツ姿のはずだったのに、何故か今は体操服にブルマという出で立ちだった。
髪はリボンで後ろに纏めてあり、知らない人が見たら普通に生徒と勘違いしかねない。
「えー? さっき自分で履くって言ったじゃーん」
「そういやそんな事言ってましたね……」
「それに体育の授業は教師も動きやすい服でないといけないからね」
「そういうもんですか」
「あ、そうだ土神君。君は体操服をブルマの中に入れてるのと外に出してるの、どっちが好き?」
「唐突に何なんですか」
「いやー、中に入れてるとお尻と太もものラインがはっきり分かるのが良いよねぇ。でも外に出してる時の正面からちょこっと見えるブルマの逆三角形も捨て難いんだよねぇ」
「ダメだこの人。早く何とかしないと」
「でも私の場合は外に出す一択! 胸が大きすぎて裾が足りないから!!」
「大きめの体操服着れば良いんじゃないですか?」
「それも考えたんだけどねぇ。それやると襟や袖の隙間からブラチラしちゃうんだよね。流石に下着見られるのはちょっと……ねぇ?」
「まぁそこは分からんでもないですが」
「せめて可愛い下着なら……」
「またそれですか」
「土神君。世の中には『お尻見られるのは良いけどパンツ見られるのは嫌』って女の子もいるんだよ?」
「すみませんそれは分かりません」
「つまり可愛いは正義!」
「え? そんな風に纏まるんですか?」
何故か腰に手を当てて胸を張ってドヤ顔する陽菜。
「で、どしたのホントにこんな所で? 今校舎内に不審者が侵入したとかで大変な事になってるんだけど」
「あ、それコイツです」
そう言って修也は掴んだままだった男を床に落とす。
「おおっ!? 敢えて触れないようにしてたコレが元凶だったの!? 土神君が捕まえたのかな?」
「まぁ成り行きで」
「やるじゃん土神君! じゃあ警察に連行してもらおっか」
そう言って陽菜はスマホを取り出して電話をかける。
「もしもしポリスメン? 今不審者が学校にいるんだけどー……ああ、もうその件で通報来てるの? じゃあ話が早い。その不審者とっ捕まえたから引取りに来て。場所は〜〜」
簡潔に用事を伝えて通話を終わらせる陽菜。
「よし、もうすぐ来てくれるって」
「なんつー通報方法を……それよりも先生、今何処からスマホ出したんです?」
「ん? 胸からだけど?」
「なんでそんな所にしまってるんですか」
「だって体操服ってポケット無いんだもん」
「だからってそんな漫画みたいなしまい方……」
「さて、警察が来るまでちょっとお話でもしてようか」
「何ですか急に」
「土神君。君……何か悩みを抱えてないかい? しかも結構深刻な感じの」
「っ!」
急に図星をつかれて修也は少し狼狽える。
「その悩み、私が何とかできるかもしれないしできないかもしれない。でも話すだけでも楽になる事ってあるからね。今だけはおふざけは無しで聞いてあげるよ?」
「普段はふざけてる自覚あるんですね……」
感心半分呆れ半分でため息を吐くと、修也は少し間を置いてから話し始めた。
「先生は自分が秘密にしてる事を人に知られたらどうします?」
「秘密?」
「はい。知られたら引かれるかもしれない、距離を置かれるかもしれない、そんな秘密を抱えてて、何かの拍子にそれがバレた時、どうしたら良いですか?」
「うーん、そうだねぇ……」
修也の問いかけに目を閉じて少し考える陽菜。
程なくして考えが纏まったのか目を開いた。
「じゃああくまでも私の考えって事で聞いてくれるかな?」
そして陽菜は自分の考えを述べ始めた。