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第7話

「ね〜ぇ〜、ブルマ履いてよぅ土神君〜」

「まだ引っ張るんですかソレ」


まだ諦めてないのか、執拗に食い下がる陽菜。


「そもそもこんなガタイした男のブルマ姿とか、誰得なんですか」

「私得だよっ!」

「胸張って言わんでください」

「大丈夫! もし胸張ってボタンがちぎれ飛んでも……」

「そういう意味じゃありません。それにそのくだりはさっきやりました」

「もー、つれないなぁー。私の持ちネタなんだから最後まで聞いてよぅ」

「黒歴史ネタ化させてどうするんですか」

「いっそネタ化させて笑い飛ばせばちょっとは気が晴れるかなーって。それで生徒が笑ってくれるなら安いもんだよ」

「どんだけ体張ってんですか」

「で、ブルマ……」

「履きませんって」

「ちぇーっ、もう良いよ、自分で履くから!」

「はいはいそうしてください。手続きはもう終わりましたよね? じゃあ帰ります」

「あ、はーい。また来週ねー」


手を振って見送る陽菜を背に、職員室を後にする修也。


「さ、帰ろ帰ろ」


変に気疲れした修也はとっとと舞原家に帰ることにした。



「……………………」


10分後。

さっさと帰るつもりだった修也だが、まだ廊下にいた。

それは何故かというと。


「やっべぇ、また迷った……」


外に出るだけなら大丈夫だろ、とタカをくくったのが敗因だろう。

職員室から一番近い出口から外に出たのだが、どうもそこは中庭に続く道だったらしい。校門は見当たらなかった。

なので再び校舎に戻ったのだが、中庭に出た所とは違うドアから入ったので、現在地が分からなくなってしまったのだ。


「蒼芽ちゃんには頼れないよなぁ……授業始まっちゃってるだろうし」


各種手続きをしている間に始業時間は過ぎている。授業中の蒼芽を呼び出すわけにもいかない。


「藤寺先生には……頼りたくねぇ……」


今陽菜に頼ろうものなら『案内してあげるから代わりにブルマ履いて!』とか言いかねない。

そもそも職員室の場所が分からないので頼りようが無い。


「誰か通りかかったりは……しないよなぁ」


今は授業中だ。生徒はまず通らない。

教師も期待出来ない。陽菜はたまたま授業が無かっただけなのだろう。


「………………ん?」


もういっそひたすら歩いてマッピングしてやろうかと考え始めた修也の視界の端に何か影が通った気がした。

少しでも手がかりが欲しい修也は影を追ってみることにした。



「確かこっちだったな……」


影が通ったと思われる場所を辿り廊下を歩く修也。


「しかし……人いなさ過ぎないか?」


しばらく歩いているにも関わらず、誰にも遭遇しない。

それどころか人の気配が無いのだ。

廊下はまぁ分かる。しかし教室にまで気配が無いのはおかしい。

教室をそっと覗いてもみたが誰もいない。


「え、何これ? なんで誰もいないの? 皆何処に行ったの?」


人間ずっと一人でいると段々不安になってくる。

修也も例外ではなく、少しずつ心細くなってきていた。

ここまで来るとさっき見た影もただの気のせいではないのか?

そんな気さえしてきた。


「こうなったら一限が終わるまで待って蒼芽ちゃんに頼ろうかな……」


マッピングするよりはそっちの方が絶対早い。

そう思い直した修也は適当なところで休憩しようとしたその時。




きゃああああああ!!?




複数人の悲鳴が聞こえてきた。


『騒……な! ……され…………のか!!?』


その直後途切れ途切れではあるが中年くらいであろう男の叫び声も聞こえてきた。

声のトーンからしてのっぴきならない状況であることは間違いなさそうだ。


「人いたーーーー!!!」


しかし今の修也には関係無かった。

ちゃんと人がいたことに歓喜し、喜び勇んで声のした方へ駆け出していく。

程なくして声の発生源と思われる場所に着いた。

そこは教室の一つだ。中には生徒がいて、隅に固まっている。

その対角の位置に全身黒ずくめの人物がいた。


(教師かな? 防犯の訓練とかでもしてんのかな)


座学での講義中ならともかく実技演習ならそこまで迷惑にはならないだろう。

とりあえず事情を説明して校門まで送ってもらおう。

そう思い修也は教室の扉を開けた。


「授業中すみません、ちょっと道を教えて欲しいんですがー……?」


そう言いながら教室に入った修也だが、違和感に首を傾げる。

とても授業とは思えない緊張感があったからだ。

黒ずくめの男の興奮具合とか、手に持ってるナイフとかはどう見ても教師の演技や作り物とは思えない。

もしこれが演技なら就く職業を間違えている。


「まぁ良いや、校門までの行き方を……」

「いやいや待て待ておかしいだろ! そのまま話を進めようとすんな!!」

「他にどうしろと?」

「今のこの状況を見て何か思うことはねぇのか!?」


今の状況。

黒い帽子にサングラス、マスクで顔を隠し、黒いジャンパーとズボンに靴まで黒いという、マスク以外は黒ずくめのガタイの良い男がナイフを手にして威嚇している。

そして教室にいた生徒達は教室の隅に固まって怯えている。

そこから導き出される答えは……


「……最近の学校は防犯対策にも力入れてんだなぁ」

「はぁ!?」

「不審者の乱入を想定した防犯訓練でしょ? これ」

「違ぇよ! お前にはこのナイフが作りもんに見えるのか!?」

「いや、リアリティを追求した結果かと」

「んな訳……ん? あっ! テメェよく見てみたら昨日邪魔してきやがったガキじゃねぇか!!」

「え?」

「忘れたとは言わせねぇ! もう少しで大金持ちになれるはずだったのに……」

「スマン、分からん」

「はあああああ!?」

「いや流石に顔全部隠されたら判断材料無いんだからどうしようもないだろ」

「忘れたとは言わせねぇと言っただろ!!」

「うん、だから分からんと言ったんだ」

「昨日! ショッピングモールで! ババアの鞄を奪おうとした時に!!」

「……あー、無様にすっ転んだマヌケか」

「んだっ……とぉっ……!?」


修也の言葉に声を震わせる男。

顔は見えないが雰囲気から相当怒っているのが分かる。


「善良な一般市民に危害加えといて何被害者ヅラしてんだお前」

「うるせぇ!! お前だけは絶対許さねぇ……!」

「別に許されなきゃならないことなんて何もしてないしー」

「このガキっ……!」


男はいきり立って修也に襲いかかった。

右手に持っているナイフで右上から袈裟懸けに切りかかる!


「……ナイフみたいな刃渡りの短い武器でそんな大振り、当たる訳無いだろ」


しかし修也は上手くかわした。

男は手を緩めず、左から横に薙ぎ払う!


「攻撃の開始位置・タイミングが分かってるのに当たる訳無いだろ」


しかし修也は上手くかわした。

男は腰だめに構えて、真っ直ぐにナイフを突いた!


「狙いの分かり切った点攻撃なんて当たる訳無いだろ」


しかし修也は上手くかわした。


「避けるなクソがぁっ!!」

「冗談。斬られたり刺さったりしたら痛いじゃないか」


その後何度も修也に襲いかかる男だが、途中から妙な違和感を覚えだした。

妙にタイミングが合わないのだ。

今の所全ての攻撃を避けられているが、避けるにしたって通常攻撃側が先手だ。

攻撃されると判断してから避けるという行動に出る以上それは当然である。

しかし修也は攻撃される前に既に回避行動に入っている。

まるで攻撃される前から何処に攻撃されるかが分かっているかのようだ。

男が全力で攻撃しているのに対し、修也は最低限の動きで回避している。

そんな応酬が続けば……


「ハァ、ハア、ハァ……」

「まぁそりゃ長く続く訳ないよな」


段々と息があがり、動きが鈍くなってきた。


「クソっ、なんで……なんで、かすりもしないんだよっ……!」

「だからさぁ、いつ何処から攻撃が来るのかが分かりきってるのに当たる訳無いだろうに」


それに対して修也はまだまだ余裕の表情だ。


「それに加えてナイフは有効な攻撃範囲が狭いからそれさえ分かってたら実の所そんなに怖くない」

「……あぁ、そう、かよっ!!」


そう吐き捨ててナイフから手を離し、懐に手を入れる。

取り出したのは……


「これならどうだぁっ!!」

「っ! 拳銃!?」


男は拳銃を取り出し、間髪入れず修也に向けて引き金を引いた!

パァンッ!! と乾いた音を立てて銃痕がくっきりと刻まれた。




修也の後ろの壁だけに。




「は、はぁ!?」

「うーわ、あれだけキメといて外すとかカッコ悪ー」

「なんだとぉっ!?」


修也の煽りに激昂した男はもう一回引き金を引く。

しかしまたしても銃痕は修也の後ろの壁だけに刻まれた。


「な、な、な……」

「さっきも言ったけど、いつ何処に攻撃が来るか分かってたら避けるのは簡単なんだって」

「んな訳ねぇだろ!! 拳銃だぞ! 銃弾なんだぞ!?」

「銃口の角度で何処に来るか。引き金を引く指の動きや呼吸で撃つタイミングは分かる。後は銃弾の来る場所にいなければ良いだけだ」


事も無げに言う修也だが、普通は無理である。

実は修也は生まれつき並外れた動体視力と反射神経を持っている。

相手の目の動き・力の入り方・関節の向き・重心の位置・呼吸のタイミング等全てを読んでいるのだ。

なので攻撃が来る前に相手が何処を狙っているか、いつ攻撃してくるかが手に取るように分かる。

そこまで分かれば相手がどんな武器を持ってても恐るるに足りない。

まさに『当たらなければどうということはない』のである。

余談ではあるが、物心ついた時からこうだった為、修也はこれが普通だと思い込んでいた。

そうでは無い事に気付いたのはつい最近の話である。


「くそっ……当たりさえ、当たりさえすれば……! こんな生意気なガキ、簡単に葬れるのに……!」

「当たってやる義理も義務も無いからな」

「なら……これならどうだっ!!」


そう言って男は拳銃を修也ではなく、隅に固まってる生徒達に向けた。

銃を向けられた生徒達から短い悲鳴があがる。


「俺に当たらないからって生徒を人質か? やる事がこすいなぁ……」

「うるせぇ! あそこにいるガキ共を撃ち殺されたくなかったら今度は避けんじゃねぇ!! テメェは俺がこの手でぶっ殺してやらねぇと気がすまねぇ!!!」

「……」


男の要求に修也は押し黙る。

それを了承と取ったのか、男は再び銃口を修也に向けた。


「じゃあな、俺に楯突いたこと、死んで後悔しやがれ!」


そう叫んで男は修也の眉間に照準を向けて引き金を引いた!

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