そんなシェルに、ゼールは優しい声音で言った。
「婚約者が苦しんでいるのに、
「ゼール様……」
シェルはゼールの暖かい言葉に胸が熱くなるのを感じた。
「それで? シェルは今回の件、どうやって鎮めたいって考えているんだ?」
「私は……」
シェルは少し迷ったが、しっかりとゼールの目を見て宣言した。
「私の口から国民に説明します」
それは愚策だと散々ヴァンに言われていたものではあるが、それでも国民のことを考えるとシェルは自分の口でことの経緯を説明したいと考えたのだ。
「そうか……」
ゼールはそれだけ言うと、シェルの考えに対して賛成も反対もしなかった。ただ何かを考えるように黙り込んでしまう。その沈黙がシェルには少し怖かった。しかし、
「分かった。シェルのいいように進めろ。俺もできる限りの援助はする」
「ありがとうございます、ゼール様!」
ゼールの言葉にシェルの顔が明るくなる。一人でどうにかしようと思っていた時には気付かなかったが、やはり国民の前に出るのが怖かったことにシェルは気付いた。しかしゼールが
「さっそく、国民たちの前に出る日取りをお父様と相談して決めたいと思います」
「それは構わないが、何を話すのかは決めているのか?」
「それは、ありのままを私の言葉で話すつもりです」
「そうか……」
ゼールはそこで言葉を句切ると、顎に手を当て何かを考え込んでいる様子だ。それから、
「俺も、その日は隣にいよう」
「ゼール様っ?」
驚いて声を上げたのは
「他国の問題に一国の王子が首を突っ込むのはいかがかと思いますが」
「本を正せば、我らが
「しかし、ゼール様……」
強いゼールの言葉と視線に、フォイはこれ以上言葉を続けることができなくなってしまった。フォイの本音はやはり、人間国の問題に獣人国側が出ることは不満なようだ。何より、先程人間国王宮へ向かう途中に、馬車には一部の人間から物を投げつけられている。それなのに、ゼールまで表舞台に出るとなると、今度はどんなことが起きるのか想像が付かない。
「ゼール様の身の安全を考えると、やはり、私は反対します」
フォイはそう言うだけで精一杯だった。しかしそんなフォイの言葉をゼールは
「何のためにこの、ボディーガードが二人もいると思っているんだ?」
そう返した。話を振られたボディーガード二人は、何を考えているのか分からないポーカーフェイスのまま黙っている。
「俺を守るためにコイツらがいるのだろう?」
「そうですけど……」
フォイはそれでも不服そうである。しかしゼールはそんなフォイに有無を言わせない。
「決定事項だ。シェル、一緒に人間国の国王のところへ行こう」
「本当に、ありがとうございます」
シェルは深々とゼールに頭を下げるのだった。
それから早速、一同は人間国王宮の国王、
「それで、どうした?」
「お父様、私が町へ行く許可をいただきたいのです」
「町だと?」
人間国国王は眉をしかめる。シェルはそれでも自分の思いを精一杯国王へと伝えた。シェルの気持ちを聞いても、国王の表情は険しいままだ。そこで、
「俺も、シェルと一緒に出ようと思っています」
「ゼール王子?」
「
ゼールの言葉にはさすがの国王も驚いたようだ。先程までの険しかった表情を驚きに変え、目を丸くしている。そんな国王へ、
「実際、シェルとの婚約は一般的に考えたら順番を間違えていると捉えられても仕方がないです」
「しかし、それでは国民たちの怒りの矛先が全てゼール王子に行ってしまうかもしれない」
「のぞむところです」
ゼールは国王の言葉にニヤリと笑って答える。その言葉が心強く感じたのか、
「分かった。シェルに国民たちへの弁明の機会を与えよう」
しかし、その言葉には続きがあった。
町に行くことはやはり禁止だというのだ。それは安全面を考慮した判断だ。代わりに、王宮の庭を一般公開し、そこに集まってきた国民に対してバルコニーから演説をする形を取るならば、と言う条件付きだった。
「分かりました。その条件で構いません」
シェルはさすがに自分一人ではないこともあり、父王からの条件を飲んだ。それから日取りを決めていく。やはり一週間ほどの猶予が必要だろうと判断し、王宮のバルコニーから国民たちへ演説する日は、一週間後の正午に決まった。
それから一週間は、王宮から町への伝達が行われた。シェルとゼールは国民たちの前で何を話すかの相談を日夜していた。
紙に書き出したり、台本を作ろうとしたりしたが、結局はその場で思ったことを伝えるのが良いのではないかと言う結論に至った。
「とりあえず、話を聞いてくれるかって問題もあるからな」
「そうですね」
ゼールとシェルはそう結論付けた。それは国民の前に立つ前日のことだった。
それからシェルは終始ゼールの
「明日はゼール様のことを、よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げるのだった。そんなシェルの様子にボディーガードたちの表情は崩れなかったものの、頭の両耳がピクッと動くのだった。