目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
五、レイガー①

 王宮に戻ったシェルたちはそのまま獣人国国王であるヴェルデ王へとヴェルナントの件を報告した。ヴェルデ王は少し頭を抱えたものの、ヴェルナントへの処罰を決定した。

 それは拒否権を与えずの事情聴取と社交界の出入り禁止だった。今後処罰は増えるかもしれないが、ヴェルナントが保護のために女性たちを落札していたのならあまり厳しく責めることもできない。

 今回の一件で、獣人国側も改めることが見えたようだ。

 それからのシェルとゼールの関係だが、大きな変化は見られなかった。ただ、シェル個人だけをみるならば、今回の一件で思うところがあったようで、


(もっとおそばで、ゼール様のお考えに触れてみたい)


 そう感じるようになっていた。

 シェルは自分が、結局は目の前のことしか見えていなかったのだと痛感したのだ。更にシェルは今まで、あまりにも周囲に対して無関心だったと痛感した。

 ゼールの行動の源には、国民の生活があった。国民のことを考えているからこそ、自ら町へと下りて情報を集め、行動をしているのだ。


 それに比べてシェルはどうだったか。

 与えられる未来を受けとめるだけで、周りに流され、自分の意思は一切なかった。考えていると思ってはいたものの、結局それはシェルの頭の中だけの考えであり、行動するには至っていなかったのだ。

 行動しなければそれは、考えていないものと同じように思える。

 シェルはゼールのそばにいることでそう、感じるようになった。


 では、シェルが人間国の国民のためにできることは何だろうか。

 それはまだシェルには見つけられなかったが、今回実際に元いけにえたちを見つけられたのは大きな進歩のように思えるのだった。


(ゼール様のように、自分でも考えて行動できる人間になっていきたい)


 シェルのこの思いはゼールと過ごす時間の中で、日に日に強くなっていくのだった。


 一方ゼールの方はと言うと、毎日傍にいて熱心に自分の考えを聞いてくるシェルについて、考えを改めることとなっていた。

 初めて人間国で会ったシェルは、ただの『お姫様』に過ぎなかった。フワフワした柔らかい印象のシェルは、いかにも箱入りといった感じで、大事に育てられてきたことは伝わった。ただ、それ以上は何もなく、夢見がちな少女と言った印象だったのだ。

 しかし、獣人国へといけにえでやって来てからと言うもの、ゼールの考えや思考に触れてその印象は少しずつ変わっている。

 自分なりの『姫』と言う立場を自覚し、どう行動しようかと悩んでいるシェルは、もう以前のような『夢見がちなお姫様』ではなかった。


(なんか、調子が狂うぜ……)


 ゼールはシェルの前向きな姿勢にそう感じているのだった。

 そんなある日。

 二人はこの日、ゼールの執務室にて事務仕事を行っていた。もちろん、この獣人国の機密にあたる文書もあるため、シェルはゼールから少し距離を置いた場所で座って、しかしゼールから目を離すことなく傍に控えていた。

 沈黙の中、書類の束をめくる音だけが響いている空間の中で、その静寂は突如破られることとなる。


「なぁ、シェル」

「なんでしょうか?」

「お前、もう、国に帰れ」

「えっ?」


 ゼールの言葉はまさに、シェルにとっては青天のへきれきであった。驚いた声を上げるシェルに、ゼールは続ける。


「このままここに居ても、お前の役目はまっとうされない。俺のレイガーは俺が抑える」

「しかしゼール様。それが不可能だから、私がこうしてお傍にいるわけですし……」

「不可能かどうかは、やってみなければ分からないだろう?」


 そう言ってチラリとシェルに視線を投げかけるゼールに、冗談の色は見当たらない。シェルは顔から血の気が引く思いだった。


(どうして? 何で急にそんなことを言うの……?)


 頭の中が真っ白になってしまうシェルに追い打ちをかけるように、ゼールは言葉を続ける。


「お前が、俺のレイガーを抑えられるとも思えないしな」


 素っ気ない言葉の刃は、シェルの心にグサグサと突き刺さった。


「今日はもういい。シェル、部屋に戻って、帰国の準備をしておけ」

「……、分かり、ました……」


 シェルはふらつく足を引きずって、隣室の自室へと戻るのだった。

 自室に戻ったシェルは、自分の今後について考えていた。

 確かに、このまま一生獣人国にいては、自分が望む姫にはなれない。

 シェルが望む姫――それはやはり、ゼールのように国民に寄り添える姫であった。しかしこの獣人国にいてはそれもかなわないかもしれない。自分の望みを叶えるためには、どんな手段を使ってでも自国である人間国に帰らなければならなかった。


(でも、だからってこんな形で帰国するなんてイヤだわ……)


 それはシェルの本音だった。

 シェルはもっとゼールのことが知りたかったし、ゼールの考えも勉強させてもらいたいと思っていたのだ。しかし今、自分はゼールにとって『極上のいけにえ』でしかない。ゼールの言葉には逆らえないし、帰れと言われたら帰るしかないのかもしれない。


「はぁ~……」


 シェルは盛大なため息を漏らすと、部屋に用意されていたソファーへと座り込んでしまう。とてもではないが、帰国の準備をする気分にはなれないのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?