「それに、この屋敷には異種族の女性が多いようだ。男爵、あなた、ここにいるシェルも落札しようとしていましたよね?」
「……」
ヴェルナント男爵はゼールの言葉にとうとう黙り込んでしまった。その沈黙を肯定と受け取ったゼールは、
「最低だな」
先程までの敬語を全て投げ捨て、吐き捨てるように男爵へと言葉を浴びせる。
「ぐっ……」
ヴェルナント男爵はその言葉にぐうの音も出ない。
「お前、王家に対してもっと手厚い福利厚生を求めていたが、その裏がまさか、人身売買オークションのためだったなんてな」
「そ、れは……」
「お待ちください、ゼール王子」
ヴェルナントが何か言葉を吐き出そうとしたときだった。ゼールとヴェルナントの間に割って入る女の声が響いた。その声を聞いた瞬間、今までヴェルナントに
「これはこれは、ピエネー嬢ではありませんか。お久しぶりです」
対してフォイの声音は至って普通だ。世間話でもするかのような余裕すらあった。置いていかれていると思ったシェルが小声でフォイに、どなた? と問いかける。
「こちらは何代か前のゼール様の
「この方が、人間国からの生贄……」
シェルは失礼と分かっていながらも、このピエネーをまじまじと見つめてしまった。ピエネーの瞳には怒りの色が見て取れる。いや、怒りを通り越して憎しみまで感じられる。
ピエネーはその視線を
「どうしてお前がここにいるのだ?」
「失礼ですよ、ゼール王子。こちらのピエネー様、ヴェルナント男爵様の奥方に向かって」
「え? 奥方?」
驚いたのはシェルだけではなかったようだ。ゼールは何が起きているのか分からず目をしばたたかせている。フォイだけは余裕の笑みを崩すことなく、この状況を冷静に分析しているようだ。
ピエネーをヴェルナントの妻だと言ったのは、先程ゼールたちをこの談話室へと案内した妖精の羽を持った異種族の女性だった。
それだけではない。気付けばこの談話室へは、この屋敷の使用人と思われる異種族の女性たちがずらりと並んでいた。
「お前たち……」
ヴェルナントは後ろを振り返り、その女性たちを目にして目を丸くしている。
「どういうことだ、説明しろ」
「ふっふっふ……」
ヴェルナントはゼールの言葉に不気味な笑いを漏らす。この様子にはさすがのゼールも思わず後ずさりしてしまった。
ヴェルナントはそんなゼールの足音を聞き漏らすことなく、三角の獣の耳をピクッと動かすと、笑い声を大きくしていった。そうしてついに、
「あーっはっはっは!」
高笑いへと変わった笑い声が談話室を包んだ。その
「バレてしまったのなら、仕方があるまい!」
ヴェルナントはそう言うと、胸を張って高らかにこう宣言した。
「私は、異種族の女性が大好きだ! 中でも人間国の人間を愛している!」
「はい?」
「へ?」
高らかな宣言に、ゼールもシェルも間の抜けた反応をしてしまう。そんな二人の反応を見てもヴェルナントは態度を崩すことはない。
「私はね、この獣人国で人身売買オークションが行われていると知って、彼女たちを救うために参加していたのですよ!」
そうしてヴェルナントは、自身が人身売買オークションに手を染めた動機を説明し始めた。
元々、ヴェルナントは異種族の女性に興味があった。それは別に彼女たちの人権を無視して扱うことではなく、むしろ彼女たちの人権を守り、かつ、彼女たちにこの獣人国で心地よく過ごして
人身売買オークションを知って、自分以外のよからぬ
「彼女たちは自分を
「バカか、お前」
持論を展開するヴェルナントにゼールは冷ややかな言葉を突きつけた。
「いくら正論を並び立てて、自分の行いを正当化しようとしても、お前が彼女たちを落札している時点で彼女たちの人権は無視されているんだよ」
「それは違います」
ゼールの言葉に異を唱えたのは、先程ゼールの元
「ゼール様は、私のことを、私の存在を無視しました。それは惨めで苦痛の毎日でした。与えられた責務をまっとうすることもできず、私は獣人国の王宮を追い出されてしまったのです」
生贄として来たはずの獣人国で、ゼールに無視をされ、どうやって生きていけば良いのか分からなかったピエネーは、更に何の保護もされずに役目を降ろされた。役目を降ろされた人間の生贄は、
『人間国へ帰るなり、このままこの国に居続けるなり、好きに生きろ』
そう言われて王宮を追い出されてしまう。何の保護もないまま追い出された生贄たちは途方に暮れていた。人間国に帰るにしても、そのつてが見つからない。
そうしているとシェルが捕まったように人身売買の密売人に捕まってしまったのだという。