これからオークション会場の責任者やサーカスの関係者への事情聴取が厳しく行われることだろう。そしてオークションで得た金銭の流れも追うことが出来るようになる。ここから先の捜査に関しては、もう王子であるゼールが出なくても進むだろう。
問題は、
「買われてしまった女性たちの行方、だな……」
ゼールはそう独りごちた。
オークション会場で怪しい人物の見当はついているのだが、さすがに仮面をしていたし名前までは分からない。
「あの男の
ゼールが思う怪しい人物とは、妖精の羽を持つ女性を落札し、シェルをも落札しようと最後まで声を上げていた男性だった。そこまで話を聞いていたシェルが、
「ヴェルナント様……」
そう
「シェル、どうしてお前がこの国の三大男爵家の名を知っている?」
「えっ?」
「ヴェルナント家は、この獣人国にいる男爵家の中でも三本の指に入る名家です」
補足してくれたのは先程、宿屋に戻ってきたフォイだった。シェルはその事実に驚く。まさかそんな名家の人間が、人身売買オークションの会場にいたとは。
シェルが、自分を落札するのはこのヴェルナントだろうと言う話を聞いた旨をゼールとフォイに説明した。その話を聞いたゼールの
「一旦、王宮に戻ってからヴェルナント男爵家へ向かうか」
ゼールの険しい声に、シェルとフォイは
それから王宮に戻った三人はすぐにヴェルナント男爵家へと向かった。
ヴェルナント男爵家は草原の中に広大な敷地を持っている。男爵家の邸宅に
三人は正装に身を包み、男爵家の
「
シェルは馬車にある小さな窓から外を眺めながらそう言った。緑豊かな庭園を馬車は穏やかな気候の中、規則正しい音を立てながら進んで行く。そのまましばらく進むと、遠くに屋敷が見えてきた。ヴェルナント男爵家だ。
馬車はヴェルナント男爵家の横で止まる。フォイ、ゼール、シェルの順で馬車から降りると、出迎えたヴェルナント家の使用人に三人は目を丸くする。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけてきたのは、先日オークション会場で落札されていた妖精の羽を持った女性だったのだ。女性は少し緊張した面持ちで、
「主人がお待ちです。こちらへどうぞ」
そう言って屋敷の中へと案内を始めた。屋敷の中に入った三人は目の前に広がる光景に更に目を丸くすることとなった。
三人を歓迎する使用人、その全てが女性なのだ。しかも異種族の。
「こいつは、一体……?」
さすがのゼールもこの状況を
「ゼール王子、こちらでございます……」
思わず立ち止まってしまったゼールたちに、先程馬車から降りたときにここまで案内してくれた女性が声をかける。ゼールは改めて気を引き締めると、その女性についていくのだった。
談話室に通された三人は、
「こちらでしばらくお待ちください。主人がすぐに参ります」
そう言われ、黙ってソファに座っていた。そうしてすぐに紅茶を運んできたメイドと共にこの広大な敷地と使用人の女性を
「お待たせ致しました、ゼール王子」
ヴェルナント男爵はゼールに深々と頭を下げる。舞踏会やパーティーで面識はあったが、こうして間近で言葉を交わすのは初めてなのだ。
そんなヴェルナント男爵の緊張がメイドにも伝わっているようで、紅茶を
「ごゆっくり、おくつろぎください」
震える声でそう言って退席しようとした女性の顔を見て、ゼールが固まった。メイドの顔に見覚えがあったのだ。
「お前……」
思わずそう声を出してしまうゼールへ、ヴェルナント男爵が言葉をかけた。
「王子、私のメイドに乱暴な言葉遣いはやめていただきたい」
その声は太く、威厳に満ちたものだった。下手をすると、王よりも王らしい威厳かもしれない。
ゼールはそんなことを思わせるこのヴェルナント男爵が幼い頃から苦手だった。年もかなり離れているヴェルナント男爵にはヒゲが良く似合っていて、まさに渋いおじさまと言った印象だ。
シェルも初めて会うこの男爵に、背筋がピンとなる思いだ。
「それで、王子。わざわざ私の屋敷に来てまで、何を聞きたいんでしょうか?」
地を震わすような男爵の言葉にゼールは単刀直入に切り込んだ。
「西の都で行われていた人身売買オークション、参加されていましたよね?」
「はて、何のことやら……」
ヴェルナント男爵はゼールの言葉にあからさまにとぼけている。そこでゼールは、
「先程ここまで案内してくれた女性、彼女、先日男爵が落札した子ですね?」
「それは……」
あまりにも唐突なこのゼールの言葉を、ヴェルナント男爵も予想できていなかったようだ。声が震えている。