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四、人身売買オークション①

 西の都へ着いたシェルたちはフォイの選んだ宿屋へとチェックインした。宿屋の主人はとても気さくで、


「ようこそ、旅の方! この町の名物になったサーカスでも楽しんで、ゆっくり過ごしておくれ!」


 そう言って手続きをしてくれた。フードを目深に被ったゼールはその主人の言葉を聞き漏らすことなく、


「サーカスって?」


 そう聞き返した。宿屋の主人は嫌な顔一つせず、この町に数年前やってきたサーカス団のことを話してくれる。


「元は旅の一座だったらしいんだが、この町を気に入ってくれてね。それからこの町の観光を担ってくれているよ」


 お陰で今、この西の都は観光が盛んな町に変わったと言うことだ。


「たくさんの人が来てくれるのは、うれしいことですよ」


 宿屋の主人はそう嬉しそうに話しながら、シェルたちを部屋へと案内してくれた。

 話を聞いたシェルは何だか胸が温まる気持ちになった。サーカスは人間国にもあったが、もちろんシェルはたことはない。しかし獣人国の国民たちが自分たちで町を盛り上げている様子を聞いていると、何だか嬉しくなる。

 シェルは自分の荷物を部屋に置くと、隣のゼールとフォイの部屋を訪れた。フォイは相変わらずの笑顔でシェルを部屋の中へと招き入れてくれた。


「おかしな話もあるものですね」

「本当だな」


 シェルが部屋の扉を閉めたのを確認した後、フォイが口を開いた。その言葉にゼールも同意する。シェルには二人が何について話しているのか全く分からない。


「この町のサーカス、か……」

「人身売買の話が南の町で出た頃と、時期は一致しますね」

「どう言うことですか?」


 シェルは黙って話を聞いていたが、とうとうしびれを切らして口を挟んでしまった。そんなシェルをゼールはいちべつすると、


「サーカスがこの町にやって来た時期と、人身売買の話が出た時期が一致してるんだ」


 そう端的に説明してくれた。

 シェルはその言葉を聞いて納得する。ゼールはサーカス団のことを疑っているのだろう。


「一度、そのサーカスを見に行っても良いかもしれないな」


 ゼールのこの決断にシェルは思わず胸が躍ってしまった。不謹慎なのは重々承知なのだが、どうしても初めてるサーカスに心が躍ってしまうのだ。

 そんなシェルの様子が伝わったのだろう、ゼールは冷たい声でシェルに言った。


「浮かれるようなら、お前だけ留守番をさせるぞ?」

「そっ、そんな!」


 反射的に返したシェルの声は泣きそうだ。そんなシェルにゼールはごく真剣な声音で返す。


「遊びじゃないんだ」

「分かっております!」


 シェルはとっに返した。この調査がくいくかどうかで、自分の目的であるいけにえだった女性たちの消息がつかめるかもしれないのだ。そう考え直し、シェルは何とか浮ついた気持ちを静める。スーハーと何度か深呼吸をしているシェルをゼールは横目で見ると、すぐに視線をフォイへと向けた。その視線を受け、フォイはすぐに一礼すると、部屋を出ていくのだった。

 二人きりになった室内で、ゼールはまだ深呼吸を続けるシェルへと声をかけた。


「おい」

「はっ、はい!」


 突然声をかけられたシェルの返事が裏返る。ゼールはそんなシェルの反応など気にした様子もなく、


「お前、本当に自分の王宮から出たことがないんだな」


 少しあきれた口調で言われ、シェルは恥ずかしくなる。しかし事実なため何かを言い返すことも出来ない。シェルが黙ってうつむいてしまったを見て、ゼールは言う。


「お前に必要なのは、理想を口にする前にまずは自分の国の国民たちを肌で感じることじゃないのか?」


 王宮にいるだけでは、町民や商人たちとの関わりはないだろう。しかし国を支えている大多数のこう言った国民たちの生活を感じられなくては、いい政治を行うことも不可能だ。

 ゼールはそう考えているそうだ。


「だから俺は……、って、おい。何を泣いてるんだ?」

「あ……、す、すみません……」


 シェルはゼールの考えを聞きながら、いつの間にか泣いていたようだ。流れてくる涙を拭いながら思わず謝ってしまう。そんなシェルを見たゼールは盛大なため息を吐き出した。


「はぁ~……。ったく、どうしたって言うんだ」


 言葉はぶっきらぼうだったものの、その声音は優しいものだった。だからシェルは思わず自分の中の感情を吐露してしまった。


「自分が、恥ずかしくて……」


 自分は政治のことなど全く勉強をしてこなかった。それは王位継承に自分は関係がないと割り切った結果だった。自分はきっと、父王の決めたレールの上で生きていくのだと思っていたのだ。それが人間国の姫に生まれたものの宿命だとどこかで諦めていた。

 しかし、ゼールと出会ったことで少しずつ変われた気がしていた。父王の思惑に反発したのも初めてだった。こうやって少しずつ変わっていく自分に、正直酔っていたところもあったかもしれない。

 そう考えたら、シェルは恥ずかしくて仕方がなかった。


「私……、私、は……、あの……」


 しゃくり上げる声では上手く言葉に出来ない。それもシェルの中ではもどかしく、どうしてこうなったのか分からなかった。

 そんなシェルの様子をゼールは黙って見守ってくれていた。先を急がせることもなく、ただ黙ってシェルがむのを待っている。


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