終演後、客席を出るとロビーには人がたくさんいた。
みんなグッズを買ったり、リュウノスケのパネルの前で写真を撮ってる。
「結來ちゃんが連れて行かれちゃうからビックリしたよ~」
「私も驚いたよ。緊張したぁ……」
「お姉ちゃん、怖くなかったの?」
「幻月は結構怖かったかな。でもリュウノスケくんが助けてくれるって思ってたから、大丈夫だったよ」
花凛ちゃんと柚は、私が選ばれて気が気じゃなかったみたい。柚はもう樹みたいに泣いたりしないけど、やっぱり怖かったんだろうな。
「結來ちゃん、咲弥に面会行ってこねえの?」
隅谷くんは、今にもグッズを見に走り出しそうな樹と手を繋いでてくれた。樹はすっかり隅谷くんと仲良しだ。
「でも、関係者以外行っちゃダメなんでしょ?」
「結來ちゃんなら大丈夫だって。楽屋口に行けば村岡さんいるから、話してみろよ。樹と柚は俺と花凛ちゃんで見とくから」
そんなの悪いよ……って断ろうとした。けど――
「いいの?」
「いいからいいから。ゆっくりしてこいよ」
「行ってらっしゃい! 咲弥くんによろしくね」
「ありがとう、お願いします。2人とも良い子にしててね」
隅谷くんと花凛ちゃんのお言葉に甘えて、私は1人楽屋口に向かった。
2人には悪いなと思ったけど、でもどうしても私、咲弥くんに会いたくなっちゃったから。
楽屋口に行くと、村岡さんが立っていた。
「結來ちゃん! さっきはお疲れさま。いやぁ、生贄に選ばれちゃうなんて僕もビックリしたよ」
「私も驚きました。ところで、あの……咲弥くんと面会ってできますか?」
「OKだよ。キミが来たら通すように言われてるからね」
村岡さんに案内してもらって、『綾瀬咲弥』と書かれた楽屋に入った。
「結來!」
ドアを開けるなり、衣装から着替えていた咲弥くんが飛んできた。
「見に来てくれてありがとな。さっきは兄貴がごめん」
「ううん、すっごく楽しかった。咲弥くん、めちゃくちゃカッコよかったよ」
咲弥くんが頭を掻いた。村岡さんが笑う。
「咲弥くん、今日のために毎日頑張って稽古してたもんね~。結來ちゃんにカッコイイところ見せたくて一生懸命だったんだよ」
「ちょっ、村岡さん!」
慌てる咲弥くんがなんだかかわいい。さっきまでカッコイイヒーローだったのに。
「いやあ、でも今日の咲弥くんは気迫が違ったね。もう今日で5公演目だけど、今までで1番良かったよ。やっぱり――」
「やっぱり悪役が良かったからじゃね?」
咲弥くんが咄嗟に身構える。振り返ると、ドアの前に綾瀬先輩が立ってた。
黒いジャージ姿で、首にタオルを掛けてる。
「今日は俺も本気出したから、咲弥も乗せられて上手いこといったんだろ」
「何が本気だよ。急に台本にないことやりやがって。みんな困ってただろ」
「アドリブも生の舞台の醍醐味だろ」
そこまで言って、綾瀬先輩は恨みがましい目を咲弥くんに向けた。
「咲弥、お前本気で蹴り入れてきただろ。リアルに吹っ飛んだからな」
「悪い悪い。兄貴に釣られてつい本気になった」
咲弥くんの嫌味に、綾瀬先輩が鼻で笑った。
そして、私の方へ視線が向けられる。
「お前ら、まだ付き合ってんの?」
「え、あ、それは……」
「兄貴、結來に何か言ったのかよ」
「結來ちゃんに咲弥は相応しくないから別れろって」
瞬間、咲弥くんの目が釣り上がった。
「結來にそんなこと言ったのか!」
「言ったよ。芸能人と一般人が付き合っても幸せになれないってな。結來ちゃんはお前と違って賢いから、すぐわかってくれたよ」
なあ? と綾瀬先輩が私を見据える。幻月のときと同じ、黒い瞳。
今までの私だったら、何も言えなくなってたと思う。それどころか、綾瀬先輩の言う通りにしてた。
だけど、今は違う。舞台上で叫んだあのときから、まるで私の中の何かが吹っ切れたみたいだった。
「綾瀬先輩、ごめんなさい。私、咲弥くんと別れません」
きっぱりと言い切る私に、綾瀬先輩の頬がピクリと動いた。
「私と咲弥くんが不釣り合いだったとしても、でも私は咲弥くんのことが好きです。ずっと一緒にいます」
「結來……」
驚いてた咲弥くんが、静かに笑うのが見えた。
「そういうことだ、兄貴。俺らを引き裂こうとしても無駄だぜ」
「俺は親切で言ってやってるんだけど? 絶対後悔するぞ」
「するわけねえだろ。今度結來に変なこと言いやがったら、次は蹴りじゃすまねえからな。結來は必ず、俺が守る」
咲弥くんが私の手を引っ張った。
「えっ、さ、咲弥くん!?」
「村岡さん! 俺今日はこのまま帰るから! お疲れさま!」
「了解。お疲れさま」
村岡さんに見送られて、私たちは控室を飛び出した。
「あららー。嫌われちゃったね、桃弥くん。弟が心配なのはわかるけど、過保護なのも大概にした方がいいよ」
「兄貴として、可愛い弟の心配をするのは当然でしょ」
「だったらもっと素直にならないと、咲弥くんに伝わらないよ。桃弥くん、本当は弟大好きなのにね~」
咲弥くんに連れられて、劇場の裏口を出た。
そこは芝生になっていて、テーブルとベンチが置かれてる。関係者の人が休憩に使うのかもしれない。
「ほんっと、ごめん! あのバカ兄貴が」
「ううん、大丈夫。それより、私……咲弥くんに話があるの」
改めて向かい合うと、咲弥くんは「なに?」と首を傾げた。
「お付き合いのお試し期間……終わりにしてください」
咲弥くんが目を見開く。
本当は今日ここで、咲弥くんとお別れしようと思ってた。
でも今伝えたいことは……
「私と、正式にお付き合いしてください」
舞台上で叫んだとき、私の心は決まった。
「ホントに? ホントにいいのか?」
「うん、咲弥くんがいいなら」
「いいに決まってるだろ!」
瞬間、咲弥くんに強く抱きしめられた。
ぎゅうっと、咲弥くんに包まれる。
「さ、咲弥くん!?」
「舞台上で叫んでくれたの、俺めちゃくちゃ力になった。結來のためなら、俺マジでなんでもできると思った」
「咲弥くんが『俺が絶対に結來を助ける』って言ってくれたから……」
だからあのとき声が出た。身体の奥から湧き上がってくるみたいだった。
「なあ、もう1回言ってくれよ」
「え?」
「咲弥くんが好き、って」
耳に咲弥くんの唇が触れる。
ボンッと顔から火が出たみたいだった。
「さっき兄貴には言ったじゃん。ちゃんと俺に言って?」
「さ、咲弥くんのこと……」
「うん?」
ギュッと目をつぶって、咲弥くんの背中に腕をまわした。
「咲弥くんのこと、大好き」
一般人と芸能人、大変なことだってあると思う。
でも咲弥くん言ってくれたから。『ワガママ言ってもいい』って。
「ずっと咲弥くんと一緒にいたい。私のワガママだけど」
「そんなワガママだったら、いくらでも叶えてやるよ」
咲弥くんの瞳に、私が映ってる。私の瞳の中にもきっと、咲弥くんがいる。
「大好きだよ、結來。ずっと一緒にいような」
「うん! 私も、大好き!」
優しいそよ風が、私と咲弥くんを包み込むように吹き抜けて行った。