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episode15



 終演後、客席を出るとロビーには人がたくさんいた。

 みんなグッズを買ったり、リュウノスケのパネルの前で写真を撮ってる。


「結來ちゃんが連れて行かれちゃうからビックリしたよ~」

「私も驚いたよ。緊張したぁ……」

「お姉ちゃん、怖くなかったの?」

「幻月は結構怖かったかな。でもリュウノスケくんが助けてくれるって思ってたから、大丈夫だったよ」


 花凛ちゃんと柚は、私が選ばれて気が気じゃなかったみたい。柚はもう樹みたいに泣いたりしないけど、やっぱり怖かったんだろうな。


「結來ちゃん、咲弥に面会行ってこねえの?」


 隅谷くんは、今にもグッズを見に走り出しそうな樹と手を繋いでてくれた。樹はすっかり隅谷くんと仲良しだ。


「でも、関係者以外行っちゃダメなんでしょ?」

「結來ちゃんなら大丈夫だって。楽屋口に行けば村岡さんいるから、話してみろよ。樹と柚は俺と花凛ちゃんで見とくから」


 そんなの悪いよ……って断ろうとした。けど――


「いいの?」

「いいからいいから。ゆっくりしてこいよ」

「行ってらっしゃい! 咲弥くんによろしくね」

「ありがとう、お願いします。2人とも良い子にしててね」


 隅谷くんと花凛ちゃんのお言葉に甘えて、私は1人楽屋口に向かった。

 2人には悪いなと思ったけど、でもどうしても私、咲弥くんに会いたくなっちゃったから。


 楽屋口に行くと、村岡さんが立っていた。


「結來ちゃん! さっきはお疲れさま。いやぁ、生贄に選ばれちゃうなんて僕もビックリしたよ」

「私も驚きました。ところで、あの……咲弥くんと面会ってできますか?」

「OKだよ。キミが来たら通すように言われてるからね」


 村岡さんに案内してもらって、『綾瀬咲弥』と書かれた楽屋に入った。


「結來!」


 ドアを開けるなり、衣装から着替えていた咲弥くんが飛んできた。


「見に来てくれてありがとな。さっきは兄貴がごめん」

「ううん、すっごく楽しかった。咲弥くん、めちゃくちゃカッコよかったよ」


 咲弥くんが頭を掻いた。村岡さんが笑う。


「咲弥くん、今日のために毎日頑張って稽古してたもんね~。結來ちゃんにカッコイイところ見せたくて一生懸命だったんだよ」

「ちょっ、村岡さん!」


 慌てる咲弥くんがなんだかかわいい。さっきまでカッコイイヒーローだったのに。


「いやあ、でも今日の咲弥くんは気迫が違ったね。もう今日で5公演目だけど、今までで1番良かったよ。やっぱり――」

「やっぱり悪役が良かったからじゃね?」


 咲弥くんが咄嗟に身構える。振り返ると、ドアの前に綾瀬先輩が立ってた。

 黒いジャージ姿で、首にタオルを掛けてる。


「今日は俺も本気出したから、咲弥も乗せられて上手いこといったんだろ」

「何が本気だよ。急に台本にないことやりやがって。みんな困ってただろ」

「アドリブも生の舞台の醍醐味だろ」


 そこまで言って、綾瀬先輩は恨みがましい目を咲弥くんに向けた。


「咲弥、お前本気で蹴り入れてきただろ。リアルに吹っ飛んだからな」

「悪い悪い。兄貴に釣られてつい本気になった」


 咲弥くんの嫌味に、綾瀬先輩が鼻で笑った。

 そして、私の方へ視線が向けられる。


「お前ら、まだ付き合ってんの?」

「え、あ、それは……」

「兄貴、結來に何か言ったのかよ」

「結來ちゃんに咲弥は相応しくないから別れろって」


 瞬間、咲弥くんの目が釣り上がった。


「結來にそんなこと言ったのか!」

「言ったよ。芸能人と一般人が付き合っても幸せになれないってな。結來ちゃんはお前と違って賢いから、すぐわかってくれたよ」


 なあ? と綾瀬先輩が私を見据える。幻月のときと同じ、黒い瞳。

 今までの私だったら、何も言えなくなってたと思う。それどころか、綾瀬先輩の言う通りにしてた。

 だけど、今は違う。舞台上で叫んだあのときから、まるで私の中の何かが吹っ切れたみたいだった。


「綾瀬先輩、ごめんなさい。私、咲弥くんと別れません」


 きっぱりと言い切る私に、綾瀬先輩の頬がピクリと動いた。


「私と咲弥くんが不釣り合いだったとしても、でも私は咲弥くんのことが好きです。ずっと一緒にいます」

「結來……」


 驚いてた咲弥くんが、静かに笑うのが見えた。


「そういうことだ、兄貴。俺らを引き裂こうとしても無駄だぜ」

「俺は親切で言ってやってるんだけど? 絶対後悔するぞ」

「するわけねえだろ。今度結來に変なこと言いやがったら、次は蹴りじゃすまねえからな。結來は必ず、俺が守る」


 咲弥くんが私の手を引っ張った。


「えっ、さ、咲弥くん!?」

「村岡さん! 俺今日はこのまま帰るから! お疲れさま!」

「了解。お疲れさま」


 村岡さんに見送られて、私たちは控室を飛び出した。


「あららー。嫌われちゃったね、桃弥くん。弟が心配なのはわかるけど、過保護なのも大概にした方がいいよ」

「兄貴として、可愛い弟の心配をするのは当然でしょ」

「だったらもっと素直にならないと、咲弥くんに伝わらないよ。桃弥くん、本当は弟大好きなのにね~」



 咲弥くんに連れられて、劇場の裏口を出た。

 そこは芝生になっていて、テーブルとベンチが置かれてる。関係者の人が休憩に使うのかもしれない。


「ほんっと、ごめん! あのバカ兄貴が」

「ううん、大丈夫。それより、私……咲弥くんに話があるの」


 改めて向かい合うと、咲弥くんは「なに?」と首を傾げた。


「お付き合いのお試し期間……終わりにしてください」


 咲弥くんが目を見開く。

 本当は今日ここで、咲弥くんとお別れしようと思ってた。

 でも今伝えたいことは……


「私と、正式にお付き合いしてください」


 舞台上で叫んだとき、私の心は決まった。


「ホントに? ホントにいいのか?」

「うん、咲弥くんがいいなら」

「いいに決まってるだろ!」


 瞬間、咲弥くんに強く抱きしめられた。

 ぎゅうっと、咲弥くんに包まれる。


「さ、咲弥くん!?」

「舞台上で叫んでくれたの、俺めちゃくちゃ力になった。結來のためなら、俺マジでなんでもできると思った」

「咲弥くんが『俺が絶対に結來を助ける』って言ってくれたから……」


 だからあのとき声が出た。身体の奥から湧き上がってくるみたいだった。


「なあ、もう1回言ってくれよ」

「え?」

「咲弥くんが好き、って」


 耳に咲弥くんの唇が触れる。

 ボンッと顔から火が出たみたいだった。


「さっき兄貴には言ったじゃん。ちゃんと俺に言って?」

「さ、咲弥くんのこと……」

「うん?」


 ギュッと目をつぶって、咲弥くんの背中に腕をまわした。


「咲弥くんのこと、大好き」


 一般人と芸能人、大変なことだってあると思う。

 でも咲弥くん言ってくれたから。『ワガママ言ってもいい』って。


「ずっと咲弥くんと一緒にいたい。私のワガママだけど」

「そんなワガママだったら、いくらでも叶えてやるよ」


 咲弥くんの瞳に、私が映ってる。私の瞳の中にもきっと、咲弥くんがいる。


「大好きだよ、結來。ずっと一緒にいような」

「うん! 私も、大好き!」


 優しいそよ風が、私と咲弥くんを包み込むように吹き抜けて行った。




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