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episode14


 今日は待ちに待った夏休みのお楽しみ、侍戦士リュウノスケのイベントを観に行く日だ。

 樹は「あとなんかいねたらリュウノスケにあえる?」と毎日聞いてきた。昨日の夜は興奮してなかなか寝てくれず、でも今日の朝はすっごい早起き。途中で寝ちゃわないといいんだけど。


 樹と柚を連れて、イベント会場に向かう。

 会場は、近くに遊園地や商業施設がある大きな劇場だった。チケット、普通に貰っちゃったけど絶対高かったよね。


「結來ちゃん! こっちこっち~」


 待ち合わせ場所に行くと、花凛ちゃんが手を振っていた。隣には隅谷くんがいる。


「花凛ちゃん、隅谷くん。今日はよろしくね。妹の柚と弟の樹です。ほら、2人ともご挨拶して」


 と促しても、2人はポカンとして花凛ちゃんと隅谷くんを見てる。

 先に叫んだのは柚だった。


「花凛ちゃん!? フラワー×フラワーの!」

「花凛のこと知ってるの~? 嬉しい!」


 花凛ちゃんが『フラワー×フラワーです!』と手でお花の形を作った。これがフラワー×フラワーの挨拶らしい。


「結來ちゃんとはお友達なの。柚ちゃんも花凛とお友達になってくれる?」

「う、うん……」


 柚が恥ずかしそうにもじもじと私の後ろに隠れた。

 花凛ちゃん、今日は一段と可愛い。これがアイドルモードなのかな。


「テンマだー!!」


 今度は樹が隅谷くんを指差す。

 隅谷くんがメガネをキランと持ち上げた。


「テンマもリュウノスみにきたの?」

「おうよ。でも大丈夫か? 悪者が出てきたら怖くて泣いちゃうんじゃねえの?」

「ぼくこわくないよ!」

「おっ、強いな~。じゃ、一緒にリュウノスケを応援しようぜ!」


 隅谷くん、樹の前ではテンマくんでいてくれるみたい。樹はもう隅谷くんにベッタリだ。


 みんなで一緒に会場に入る。

 500人以上入りそうな広い客席、舞台上には階段やセットなどが用意されてる。

 こんな大きなステージに咲弥くんが立つんだ。


 客席を歩きながら、隅谷くんがメガネをはずした。


「とりあえず変装。俺の場合、このメガネはずせば気づかれないんだ」


 樹を喜ばせるために、わざわざメガネをしてきてくれたのかな。

 反対に花凛ちゃんがメガネを掛けた。


「私も変装しなきゃ。今日はお忍びだもんね」


 芸能人はやっぱり大変なんだなぁ。


 私たちの座席は、前から11列目。10列目との間は通路になっているから、すごく見やすい。

 一番左端に私、その隣に樹、隅谷くん、柚、花凛ちゃんの順に並んだ。


「この席、ちょっとしたお楽しみがあるぞ」


 隅谷くんが樹の頭越しに、私に耳打ちしてきた。


「お楽しみ? 樹、絶対喜ぶよ」

「ま、喜ぶかどうかはわかんねえけどな」


 隅谷くんがほくそ笑む。

 喜ぶかどうかわからないお楽しみって、一体なんだろう。



 侍戦士のストーリーは、地底に封印されていた鬼の軍団が復活してしまうところから始まる。地上を鬼の世界にするため、鬼たちは人間を鬼に変えようと暴れまわる。

 代々侍の家系に生まれたリュウノスケは、亡き父親から譲り受けた刀で鬼を倒していく。

 悪鬼幻月は鬼軍団のかしらの息子、という設定だ。


 ジャジャジャーン! と、聞き覚えのあるメロディーが流れた。

 侍戦士リュウノスケの主題歌だ。


「俺は神山リュウノスケ! みんな、今日は遊びに来てくれてありがとな!」


 咲弥くんの声が流れた。それだけで樹は大興奮だ。会場の子供たちも、大歓声を上げてる。


「もし鬼の軍団が来ても大丈夫! 俺が必ず、みんなを守るからな! みんな、全力で応援してくれよ!」


 アナウンスの途中で、ゴロゴロと雷のような音が流れた。咲弥くんの声が途切れて、会場が真っ暗になる。

 パッと照明がつくと、舞台上には黒い鬼のお面を付けた人たちがいた。鬼の軍団の手下たちだ。


「こんなところに大勢の人間どもがいるぞ! みんな鬼にしてしまうのだ!」


 鬼の1人がそう叫ぶと、鬼たちが客席に降りて来ようとする。樹がギュッと私の腕を掴んできた。

「大丈夫だよ」と声を掛けようとした瞬間――


「待てっ!」


 舞台上に現れたのは、咲弥くん……リュウノスケだ!

 袴姿で剣を構えてる。客席から拍手と歓声が上がった。


「侍戦士リュウノスケ! 推して参る!」


 飛び降りたリュウノスケが、大勢の鬼相手に剣で立ちまわる。子供たちの声援が飛んだ。


「ほら、樹も応援しようぜ」

「がんばれー! リュウノスケー!」


 隅谷くんに言われて、樹が応援を始めた。

 リュウノスケの大立ち回りはテレビで何度も見たことがあるけど、生で見る迫力は段違い。汗を飛ばしながら、咲弥くんが懸命に戦う。

 私も声を出したくなっちゃうけど、さすがに恥ずかしい。


 無事鬼たちを倒し、舞台上には咲弥くん1人。


「みんな! ケガはなかったか? せっかくのイベントなのに、こんなところまで鬼たちがやってくるなんてな。油断できないぜ」


 舞台上にいるのは咲弥くんなのに、あれはリュウノスケなんだ。顔つきも違って見えて、いつもよりずっと遠い存在に見える。


 リュウノスケがステージを捌けると、入れ替わりに鬼たちがやって来た。


「またしても失敗だ。リュウノスケのやつめ!」

「こんなことがあの御方に知られたら……」


 怪しく、恐ろしいBGMが流れ始めた。これ、テレビでも聞いたことがある。

「来るぞ」と隅谷くんの呟く声が聞こえた。


「貴様ら、一体何をしている」


 現れたのは、黒い毛皮を首に巻き、金の刺繍が入った豪華なマントを羽織った……綾瀬先輩演じる悪鬼幻月だった。

 ワーッと、遠くから泣き声が聞こえる。まだ出てきただけなのに、すごい迫力。樹も怯えた顔で私を見上げてる。


 手下の鬼たちは幻月の前にひれ伏した。


「も、申し訳ありません。幻月様。またあの侍戦士が邪魔をしてきまして……」

「リュウノスケか。子供と見て侮り過ぎていたようだ。我が直々に手を下してやろう」

「幻月様自らが!」

「だが、念には念を。獅子は鼠を狩るときでも全力を出す。我の力を更に増幅させるため、生贄が必要だ」

「しかし、生贄などどこに……」


 幻月がニヤリと笑う。

 綾瀬先輩はいつもどこか怖いけど、幻月のときは黒いオーラでも出てるみたいだ。小さな子じゃなくても、背中がゾクッとする。


 バサッと幻月がマントを翻し、客席を指差した。


「人間どもなら、ここにいくらでもいるだろう。我の生贄となる人間を連れて来い! もたもたしていると、貴様らを端から食らっていくぞ」

「しょ、承知っ!」


 鬼たちがぞろぞろと客席に降りてきた。子供たちを値踏みするかのように覗き込み、時には連れて行こうとする。

 そこかしこから、子供たちのギャー! という泣き声と悲鳴が上がる。阿鼻絶叫だ。

 これは、敵に選ばれた子供が舞台上に連れていかれる演出だ。デパートのヒーローショーとかで見たことがある。

 今になって見るとおもしろいけど、小さい頃は怖かったなぁ。

 あ、もしかして隅谷くんの言ってたお楽しみってこれ?


 樹は泣いてこそいないけど、完全に恐怖で固まってる。


「なんだよ、樹。怖いのか?」

「ぼ、ぼくこわくないよ!」

「大丈夫だよ、樹。リュウノスケくんが助けに来てくれるからね」


 隅谷くんと私で励ましたけど、樹はキョロキョロと落ち着かない様子だった。

 その間に、鬼たちが目の前の通路にやってくる。


「幻月様の生贄になるやつはどこだ~?」


 鬼が柚を覗き込んで、腕を掴もうとした。柚は花凛ちゃんにしがみついて全力で首を振ってる。やっぱり柚もまだ怖いんだな。

 柚を諦めた鬼は、今度は樹の前にやってきた。


「幻月様の生贄にならねえか~?」


 黒い角をつけ、ギザギザした歯を剥き出しにした鬼のお面は、目の前で見るとかなり怖い。樹、だいじょ――


「ぎいやああああああ!!」


 樹が耳をつんざくような声で泣き出した。これには鬼も怯んでる。


「樹、大丈夫だよ」

「やだあああああ! こわいいいいい!!」

「よし、樹。俺が鬼なんか追い払ってやるからな! ええい! 鬼はーそとー!」


 隅谷くんが節分のように鬼を追い払う。樹は隅谷くんに必死でしがみついた。

 私はなんとなく申し訳なくなって、すみませんと会釈をした。

 誰かを生贄として舞台に連れて行かないと、話は進行しない。鬼の人も大変だよね。


 と、鬼の人が私の横にやって来た。


「お姉さん、お願いできませんかね?」

「えっ、へっ?」


 鬼役の人に囁かれる。

 私が戸惑っていると、腕を取られた。


「捕まえたぞー! 人間の娘だー!」

「おお! これで幻月様にお褒めいただけるぞー!」

「生贄だー! 生贄だー!」


 鬼たちが喜ぶ中、私はあれよあれよという間にステージに向かって連れて行かれた。

 後ろから「おねえちゃんがああああ!!」と樹の叫び声が聞こえてくる。振り返ると、隅谷くんが樹が追いかけて来ないよう捕まえていた。


 ステージに上がると、魔王が座るような禍々しい椅子に座り、足を組んでた綾瀬先輩こと幻月が私を見る。一瞬、素で驚いたような顔をした気がする。まさか私が上がってくるとは思わなかったよね。


 でもすぐに、幻月の顔に戻って吐き捨てるように笑った。そして、私のもとへやってくる。


「ふん、貴様らにしては良い仕事をしたじゃないか。人間の娘を食らえば、我はリュウノスケなどとは比べ物にならん力を手に入れることができる」


 目の前にやってきた幻月が、私の顎を掴んだ。グイッと上を向かされる。


「それにしても美しいな、娘。ただ食ってしまうというのもおもしろくない。我の妻になる気はないか?」


 ええっ、妻!? 綾瀬先輩、子供たちの前でそんなセリフ言っていいの!?

 綾瀬先輩の瞳は真っ黒で、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだった。綾瀬先輩が私の耳元で囁く。


「咲弥に会いに来たのか?」

「――っ!」

「猶予は夏休みまでだからな」


 咲弥くんと付き合っていられるのは、夏休みの間だけ。

 そう綾瀬先輩に言われた。お別れを言うなら、もう今日しかない。でも……


「悪鬼幻月!」


 咲弥くんの叫ぶような声。

 現れた咲弥くんが綾瀬先輩を睨みつけている。


「幻月、その子を離せ!」

「来たな、邪魔な小蝿め。この娘は我の生贄。娘を食らい、我は最強となるのだ」


 綾瀬先輩が私を後ろから捕らえた。でもこの格好、まるで抱きしめられてるみたい。

 咲弥くんの表情が、更に険しくなっていく。音を立てて、剣を引き抜いた。


「罪なき人を巻き込む外道、俺が成敗してくれる!」


 咲弥くんが私を見て、小さくうなずいた。

 その途端、綾瀬先輩が私を突き飛ばした。よろけた私を鬼の人たちが支えて、舞台の端に連れて行かれる。


「掛かってこい、リュウノスケ。ここが貴様の墓場となるだろう」

「はあーッ!」


 斬りかかるリュウノスケに、幻月も素早く刀を抜き受け止める。

 後ろに飛びのいたリュウノスケに、鬼たちが襲い掛かった。リュウノスケはたった1人、鬼たちと幻月を相手に戦う。

 でも多勢に無勢。徐々にリュウノスケは追い詰められていく。


「く……っ!」

「我の配下になるというのならば、命だけは助けてやってもいいぞ」

「俺に鬼になれって? お断りだ――ッ!」


 幻月は攻撃をひらりとかわし、剣を振り上げリュウノスケの剣を弾き飛ばした。


「な……ッ」

「剣がなければ侍戦士ではない。貴様はただの人間。下等な生物が、我に勝てるわけがない」


 剣を振り回す綾瀬先輩に、咲弥くんはぐるっと宙返りをしてかわした。

 すごい。咲弥くん、あんなこともできちゃうんだ。ずっとアクションの練習してたんだもんね。


 丸腰になったリュウノスケは舞台を飛び回り、幻月の攻撃に耐える。


「ははははっ、逃げてばかりでは我に勝てぬぞ」


 幻月の一撃が当たり、リュウノスケが吹き飛ばされた。舞台に倒れ込む。


 咲弥くん――!

 お芝居だとはわかってるけど、それでも心配になっちゃうよ。


 幻月が突然リュウノスケに背を向け、私を見据えた。そして目の前まで近づき、私の喉元に剣先を向ける。


「こいつがどうなってもいいのか? リュウノスケ」


 倒れたままの咲弥くんが目を見開いた。私を捕まえている鬼の人たちも顔を見合わせている。

 もしかして綾瀬先輩、台本にないことやってる……?


 息を飲んだ咲弥くんに、綾瀬先輩は高く笑う。


「はははっ、我が生贄に手を出すとは想定外だったか?」

「だ、黙れ! 幻月、どこまで卑怯な真似を」


 綾瀬先輩……幻月が私を黒い瞳で見下ろす。

 あのとき、咲弥くんと別れろと言ったときと同じ目だ。怖い。まるで本当に支配されてしまいそう。


 私は芸能界のことなんて何も知らない。だから綾瀬先輩の言うことが正しいと思った。

 別れた方がいい。このイベントが終わったら咲弥くんとのお試し期間を終わりにしよう。

 そう、思ってたけど……


「がんばってーーーー!!」


 自分でもビックリするほどの大声が出た。

 咲弥くんも綾瀬先輩も、驚いて私を見てる。私は綾瀬先輩に強い視線を向けた。


「リュウノスケくんは絶対に負けない。絶対に私を助けてくれるんだから!」


 綾瀬先輩が口を開こうとした瞬間、ざわざわしていた客席から「がんばれー!」の声が飛んだ。その声は徐々に大きくなっていって、柚と樹の声も聞こえる。

 そして、客席の大人たちも巻き込んで応援の大合唱が舞台に届いた。


「ちっ、耳障りな人間どもだ。無意味なことを」

「無意味じゃない……っ!」


 よろよろと、でも力強くリュウノスケが立ち上がった。


「人間はお前が思っているよりも弱くない。鬼よりも何よりも、俺たちは強い心を持っている」


 リュウノスケが剣を拾い上げる。


「みんな、ありがとう! 幻月は絶対に俺が倒す!」

「愚かしい真似を……ッ!?」


 その瞬間、リュウノスケが幻月の剣を跳ね上げた。高く飛んだ剣は、舞台の袖まで飛んで行ってしまった。

 ワアーッと客席から拍手と歓声が巻き起こる。


「貴様……ッ」

「その子に手を出したこと、地獄で後悔しろよ」


 リュウノスケが幻月を蹴り飛ばし、膝をついた幻月に刀を向ける。


「ふっ、今日のところは我の命、お前に預けておく」


 幻月がマントを翻すと、舞台が真っ暗になった。照明がつくと、幻月も鬼たちも消えている。


「侍戦士リュウノスケ。悪鬼幻月・成敗!」


 刀を掲げ、スポットライトを浴びる咲弥くんを大きな拍手が包んだ。

 咲弥くんがやって来て、私の手を取った。


「お疲れさま、ありがとうな。席まで送って行くから」

「さ……リュウノスケくん、ありがとう」


 咲弥くんと一緒に拍手の中、席まで戻った。まるで私まですごいことしちゃった気分だよ。


 席に行くと、樹がキラキラした目で迎えてくれた。


「おう、樹。お姉ちゃんは俺が助けたからな。どうだ、カッコよかったか?」

「うん! すっごいかっこよかった!」


 隅谷くんが「よっ」と拍手をする。


「さすがリュウノスケ、カッコイイ~! 痺れたぜ~」


 咲弥くんは照れた顔をして、「じゃあな」と手を振ってまた舞台へと駆け出して行った。




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