次の日、朝の情報番組を見ると『綾瀬桃弥、侍戦士で兄弟対決!』と特集されていた。
綾瀬先輩は新たに現れた敵の幹部・
画面には侍戦士の袴を着た咲弥くんと、首まわりにファーの付いた真っ黒い豪華なマントを羽織る綾瀬先輩の撮影風景が流れていた。
メイキング映像が終わると、2人のインタビューが始まる。
「兄弟共演って初めてなんですよ。俺は特撮も初めてなんで、咲弥にいろいろ教えてもらおうと思って」
「兄ちゃんの方が先輩なんだから、何も教えることなんてないよ。兄ちゃんの胸を借りるつもりで頑張ります」
「でも敵同士なんだから容赦しねえぞ」
「こっちこそ、侍戦士の名に懸けて倒してやるからな!」
ニコニコ話す2人は、絵に描いたような仲良し兄弟に見える。昨日の険悪な雰囲気がウソみたい。
今日は朝から撮影があるみたいで、学校に咲弥くんの姿はない。
でも綾瀬先輩のニュースがあったからか、クラスでは珍しく侍戦士の話でもちきりだった。
私も花凛ちゃんと話していると、隣のクラスから隅谷くんがやって来た。
「やっと発表になったんだな。すげえ盛り上がってんじゃん」
「隅谷くんは前から知ってたの?」
「ちょっと前にな。だから最近は兄弟共演シーン多くって、学校の場面あんま出てこないんだよ。俺の出番もだいぶ減ってる」
「ええ!? 慎太郎くん出番減ってるの!?」
花凛ちゃんがへなへなと机に倒れ込んだ。
「咲慎シーンが楽しみで見てるのにぃ~」
「これからは兄弟シーンが見れるじゃんか」
「誰でもいいってわけじゃないの!」
隅谷くんはが演じるテンマは、戦いには関わらないけどリュウノスケの親友で、学校のシーンで一緒にいることが多い。
花凛ちゃんのスマホの待ち受けは、リュウノスケとテンマの写真だ。
「花凛ちゃんは綾瀬先輩のこと、好きじゃないんだっけ?」
「嫌いなわけじゃないけど、咲弥くんが桃弥先輩のこと苦手っぽいから心配なんだよね」
「あの兄貴を得意なやつなんてなかなかいないだろ。言っちゃなんだけど、俺様って感じで俺も苦手。咲弥とは全然違うタイプなんだよな」
俺様……私はまだ1回しか会ったことないけど、それでも威圧感はあった。
咲弥くん、大丈夫なのかな。
咲弥くんが登校してこないまま、午前中が終わった。
お弁当を食べた後、窓際に立って外を眺める。カーテンが風で広がって、私を包み込んだ。教室から遮断されて、1人だけの空間ができる。
咲弥くん、今日学校に来ないのかな。ああ、こういうときにスマホを持ってれば……
「結來っ!」
「わわっ!?」
突然、咲弥くんがカーテンの中に入ってきた!
「咲弥くん、学校来てたんだね。おはよう」
「おはよ、もう昼過ぎだけどな。なんとか午後は放課後までいられそうだよ」
「午前中は撮影? 大変だね」
「朝4時起きで撮影。もうめっちゃ眠い」
ふわぁ~と咲弥くんが大あくびをした。
疲れてるのに、授業中に居眠りをすることも絶対にない。頑張ってるんだな、咲弥くん。
「今日はみんな侍戦士の話してたよ」
「へえ、悔しいけどやっぱ兄貴の注目度ってすごいんだな」
普段学校で侍戦士が話題になることはあんまりない。それでもこんなに騒ぎになるんだから、芸能人だらけのうちの学校でも綾瀬先輩は注目されてるんだ。昨日だって、女の子たちに囲まれてたもんね。
「綾瀬先輩、悪役なんでしょ。先輩も侍戦士になるのかと思ったよ」
「そんなんだったらマジで困る。敵対する役なら素でできるから助かったよ」
「でもインタビューでは2人とも仲良さそうだったね」
「事務所から仲良し兄弟ってアピールするように言われてんだ。でもそれで兄弟共演が増えたら嫌なんだよな~」
ガクッ、と咲弥くんがうなだれた。
兄弟なのにそんなに苦手なんだ、綾瀬先輩のこと。
と思ったら、咲弥くんが「そんなことより」とパッと顔を上げた。
「結來に渡したいものがあるんだ」
「私に?」
咲弥くんがカバンから取り出したのは、3枚のチケット。
「夏休みに侍戦士のイベントステージやるんだ。樹と柚と一緒に見に来てよ」
「いいの!? ステージなんてすごいね、ありがとう。絶対行くからね!」
「よかった。慎太郎から鶴屋さんも誘ってもらうことになってるからさ」
「わあ、じゃあみんなで行けるね。楽しみにしてるよ」
夏休みっていっても、うちは家族旅行なんて行けない。
樹と柚にどうやって夏休みの思い出を作ってあげるかが、毎年の悩みどころだ。
でも今年は最大の楽しみができた。テンマの隅谷くんとアイドルの花凛ちゃんも一緒なんて、樹も柚も驚くだろうな。
「最近ずっとアクションの稽古してたのはこれのためなんだ。イベントって言っても、結構本格的にバトルするんだぜ」
「そうだったんだ。咲弥くんのアクション目の前で見られるなんて嬉しい。あ……」
チケットをよく見ると、イベントのタイトルは『侍戦士リュウノスケVS悪鬼幻月! 真夏の大決戦!』と書かれてた。ってことは……
「綾瀬先輩も出るの?」
「……出る」
さっきまでの笑顔が消えて、めちゃくちゃ嫌そうな顔に変わってしまった。
「これの稽古と撮影で、ほぼ毎日兄貴と顔突き合わせてるんだよ。マジでしんどい……」
「綾瀬先輩って、撮影やお稽古でもあんな感じなの?」
「そりゃ兄貴もプロだから仕事となればマジメにやるけど、合間合間に隙を見てウザ絡みしてくんだよ。すごいめんどい」
そ、それは大変……。
綾瀬先輩、私にはともかく弟にはもっと優しくしてあげればいいのに。
「でもきっと兄弟共演を楽しみにしてる人はたくさんいるよ。幻月の格好してる綾瀬先輩、今日テレビで見たけどすごいカッコよかっ……」
「は……?」
咲弥くんの目が暗く沈んだ。と思った瞬間、肩を抱き寄せられる。
「俺以外のやつのこと、カッコイイとか言うなよ」
耳に咲弥くんの声が流れ込む。
「さ、咲弥くん!? ここ、外から見えちゃうかもしれないから……!」
「結來が兄貴にそんなこと言うからだろ。俺には言ってくれないのに」
「だ、だって……咲弥くんがカッコイイのは、当たり前だから」
「……っ」
そっと見上げると、咲弥くんの顔が赤くなってた。
「え、い、今なんて……?」
「咲弥くんがカッコイイのは当たり前だから、つい綾瀬先輩のことだけ言っちゃったの。ごめんなさい」
「い、いやっ、いい! 別に! 気にしてない!」
パッと私から離れて、咲弥くんがアワアワしてる。
見たことないくらいの大慌て。
「私、なんか変なこと言っちゃった?」
「違うって! もー、結來ってたまにすごいこと言うよな。天然?」
そんなの言われたことなかったけど、どうなのかな。
昼休みが終わる予鈴が鳴った。校庭に出てたみんなが校舎に戻ってくる。
「そろそろ席に戻らなきゃ」
「待って、結來」
咲弥くんが窓の淵に手をついた。
「夏休み、イベントと撮影で忙しくてデートする時間ないかもしれない。ごめんな」
「えっ、ううん! 大丈夫だよ。私のことは気にしないで」
「結來って、聞き分け良すぎて俺の方が寂しくなるんだけど」
咲弥くんが小さく息を吐いた。
「結來は、俺といられなくて寂しくないの? もっと一緒にいたい~とか言わないわけ?」
「寂しいけど、でもお仕事は大切だよ」
仕事は大切。それはお母さんをいつも見てるからよくわかってるつもり。
だから私にできることは、応援をすること。
「私も咲弥くんと一緒にいたいよ。でも樹みたいに侍戦士を楽しみにしてる子供たちがたくさんいるんだから、頑張ってほしいの」
「結來って、マジで大人だよな」
「私はまだ子供だよ」
私たちの笑い声に、チャイムの音が重なった。
「デートはできないけど、その分イベントめちゃくちゃ頑張るからな」
「うん! 咲弥くんのカッコイイ姿、バッチリ見に行くからね!」
「ちょっ、だから不意打ちで言うのやめろって」
咲弥くんの照れてる顔、なんだかかわいいなぁ。