楽しい七夕が終われば、今度は期末テスト。
七夕の後からずっと勉強してたから、たぶん大丈夫だと思う。
恋人ができたからって成績を落とすわけにはいかないもんね。みんなはお仕事と勉強を両立、私も恋と勉強を両立させなくちゃ。
テスト期間中は、テストが終わったら学校も終わり。
仕事まで時間がある子が多いみたいで、テスト期間中なのに放課後はなんだか和やか。
今日は咲弥くんと一緒にTerra-Cottaに行く約束をしてる。咲弥くんは職員室に用があるみたいだから、先に校門のところで待っていよう。
校門に行くと、やけに賑やかだった。
女の子たちがたくさんいて、キャーキャー黄色い声が飛んでる。
その真ん中に、サングラスを掛けた男の子が立ってた。高等部の制服だ。
ぼんやり立っていると、女の子の1人が私に気づく。
「桃弥先輩。ほら、あの子が藤崎結來って子ですよ」
その子が私を指差した瞬間、周りの子たちの視線が一斉に私に集まった。
サングラスの人が、女の子たちを掻き分けて私の前にやってくる。
「あんたが咲弥の彼女?」
と、突然なにこの人!?
みんな私と咲弥くんのこと知ってるとはいえ、こんな大勢の前で言われるなんて……。
「あ、あの、どちらさまですか……?」
「え、俺のことわかんない?」
本気で驚いた様子でサングラスを取ったその人の顔は……咲弥くんそっくり!?
あ! この人、咲弥くんのお兄さんだ!
そういえば『桃弥先輩』って呼ばれてたっけ。
「高等部3年、綾瀬桃弥。これでも俳優やってるんだけど、あんまりテレビとかネット見ない人?」
「す、すみません……」
お兄さん……綾瀬先輩も私と咲弥くんが付き合ってること知ってるんだ。
綾瀬先輩は私の頭からつま先まで見て、「へえ」と可笑しそうに言った。
「一般人と付き合ってるとは噂に聞いてたけど、ほんっとに普通の子だね。驚いた。ま、そういう擦れてないとこが咲弥にとっては物珍しかったのかもしれないけど。あいつ、芸能界のことしか知らないから」
ええっと、褒められてはない……よね。
なんとなく居心地が悪い。咲弥くんのお兄さんだし、先輩なんだから失礼がないようにしないといけない。けど。
「兄貴!!」
叫ぶような声が飛んできて、グイッと腕を引かれる。それと同時に、咲弥くんが私と綾瀬先輩の間に入ってきた。
「結來に何してんだよ!」
「何もしてないって。この子お前の彼女なんだろ。兄貴として挨拶しとこうと思ってさ」
「じゃあなんで結來がこんな怯えてんだよ」
怯えてる?
そっか……私、綾瀬先輩のこと怖かったんだ。
「こんな売れっ子芸能人見たことなかったから、驚いたんじゃねえの? ビックリさせてごめんね、結來ちゃん」
「気やすく呼んでんじゃねえよ」
「独占欲の強い男は嫌われるよ。ああ、お前まともな彼女初めてだっけ。じゃ、舞い上がるのも無理ないか」
咲弥くんに睨みつけられても、綾瀬先輩はどこ吹く風。先輩はポケットに手を突っ込んだ。
「でも、兄ちゃんガッカリだよ。お前の彼女がこんな普通の子なんてさぁ。お前と全然釣り合ってないじゃん」
「は……っ」
咲弥くんが顔をしかめた。
「咲弥なら、もっとレベル高い子狙えただろ。中等部にもアイドルとか女優の子がいくらでもいるじゃんか。一般人にしても、もっと美人でかわいい子にしとけば……」
「黙れよ」
聞いたこともないような低い声で、咲弥くんが遮った。
咲弥くんの握った拳が震えてる。
「結來のこと悪く言うのはやめろ」
「お前のために言ってんだよ。相手はちゃんと選べ。レベル高い子といっぱい恋愛すると、演技にも磨きがかかるぞ。俺みたいにな」
「俺は兄貴みたいにころころ彼女を変える男にはなりたくない」
「ピュアなことで」
綾瀬先輩が鼻で笑った。
咲弥くんは下を向いて、私の手を引く。
「行くぞ、結來」
「う、うん」
振り返ると、綾瀬先輩が不敵な笑みを浮かべていた。
Terra-Cottaで席に着くなり、咲弥くんが注文したオレンジジュースを一気飲みした。
「あー、なんなんだあいつ! 結來にあんなこと言いやがって!」
「咲弥くん、私なら気にしてないから」
「気にしろよ。ったく、高等部からわざわざ嫌がらせに来たのか」
釣り合わない。
綾瀬先輩に言われた言葉は驚いたけど、あんまりショックじゃなかった。
「私は本当に気にしてないよ。だって、釣り合ってないのは本当だから」
芸能人の咲弥くんと冴えない一般人の私。
釣り合わないことなんて、最初からわかってた。
と、咲弥くんが頬杖をついて視線だけで私を見た。
「だから、そういうこと言うのやめろよ」
冷たい咲弥くんの視線が胸の奥に突き刺さった。
何も言えなくなった私を見て、咲弥くんも黙り込んでしまう。
しばらくして、咲弥くんが「あーもう」と頭をぐしゃぐしゃに搔き乱した。
「ごめん。結來に八つ当たりするとか、最低だな。俺」
「えっ、ううん! 私こそ、ごめんなさい」
「俺はさ」
咲弥くんが、まっすぐ私の目を見る。咲弥くんの瞳はすごくキレイで、まるで宝石みたいだった。
「俺は結來が釣り合ってないなんて思ったこと1度もない。だから、結來もそんな風に思うな」
「咲弥くん……」
ふう、と咲弥くんが肩を落とす。
「兄貴は性格が悪いんだよ。俺のやること全部文句つけてくる」
「咲弥くん、お兄さんと仲悪いの?」
「良くはない。5個も年上だからケンカしても俺が勝てないことわかってて、しょっちゅう絡んでくるんだよ。俺がマジでキレても笑ってるし」
「兄弟って結構そうなっちゃうよね」
「結來のうちは違うじゃん。ホント羨ましい」
咲弥くんがため息をついた。
私も柚とは5歳差だけど、あんまりケンカしたことはないな。5歳も下だとすごく小さい子って感じがするから、ケンカなんて可哀想になっちゃって。樹に対しては、もう自分が母親みたいな感覚だもん。
お店を出ると、目の前の道路に黒い車が止まってた。
「あ……」と咲弥くんが呟くと、車からスーツを着た眼鏡の男の人が出てくる。
「お疲れさま、咲弥くん。迎えに来たよ」
「村岡さん、迎えはいいって言ったのに」
「今日はいつもと違うスタジオでしょ。迷子になったら大変だから」
「子供扱いしないでくださいよ」
村岡さんと呼ばれた男の人は、「はいはい」と咲弥くんを受け流した。
「こんにちは」と笑いかけられて、私も反射的に「こんにちは」と返す。
「初めまして。僕、こういう者です」
スーツの懐から取り出した小さな四角い紙を渡される。名刺みたいだ。
『フロリックプロダクション マネージャー 村岡良太』
「結來、この人は俺のマネージャー。村岡さん」
「マネージャーさん!? は、はじめまして。私、藤崎結來です。咲弥くんとは同じクラスで、仲良くさせていただいて」
「うんうん、思った通りマジメでしっかりした子だね。安心したよ」
村岡さんがニコニコと言った。
私のこと、知ってるの?
「咲弥くんから聞いてるよ。恋人のお試し期間、なんだよね?」
「えっ、そ、そうですが……」
咲弥くんが片手で額を押さえる。
「村岡さん、こんなところでそんな話……」
「ああ、ごめんごめん。でもそれ聞いてから結來ちゃんに会ってみたいと思ってたんだよ。うちの咲弥がいつもお世話になってます」
「い、いえ、私の方こそ」
綾瀬先輩とは真逆で、私のこと良く思ってくれてるみたい。ホッとした。なんだか今日は極端な日だな。
「芸能人と付き合うなんて舞い上がっちゃう子が多いから、咲弥くんの初スキャンダルになるかと思ってドキドキしてたんだ。でも結來ちゃんなら咲弥くんに良い影響を与えてくれそうで嬉しいよ」
「私が、ですか?」
「結來ちゃんと付き合い出してから、咲弥くんますます頑張るようになったんだ。アクションもスタントマンなしで全部自分でやるとか言い出して、夏のイベントも……」
「村岡さん!」
咲弥くんが声を上げると、村岡さんが口を塞いだ。
「結來にはまだ秘密って言ったじゃないですか」
「ごめんごめん。結來ちゃん、楽しみにしててね」
なんだかわからないけど、咲弥くん頑張ってるんだ。
今でも十分危険なアクションしてると思うけど、それ以上のことをするなんて……楽しみだけどケガしないか心配だな。
「咲弥くんなんか今日機嫌悪い? あ、桃弥くんにでも何か言われた?」
ピクッと咲弥くんの肩が動いて、村岡さんが「なるほどね」とうなずいた。
「ケンカするほど仲が良いとも言うけど、ほどほどにね。桃弥くんも同じチームになったんだから」
「気が重いこと言わないでくださいよ」
「チーム?」
首を傾げると、村岡さんが周りを確認してから声を抑える。
「本当は明日解禁だから内緒にしててね。実は桃弥くんも、侍戦士に出演することになったんだ」
綾瀬先輩が侍戦士に!?
咲弥くんが、また額に手を当てて重いため息をついた。